第90話:次なる時代への遺産
言語の違いについて、表現を割愛しております。
建国5年、盛夏。
北西の果て、スペリオル湖畔。強固な岩礁と遠浅の泥が入り混じる未開の湖岸線に、帝国初の大型湖上船『第一艦』が到達した。巨大な船がそのまま接岸できる都合の良い天然の岸壁は、残念ながら存在しなかった。
「よし! エンジン停止! アンカーを伸ばしながら勢いをつけてそのまま突っ込め!!」
郷田の号令と共に、第一艦は平底船の特性を活かし、浅瀬へ強引に船体を乗り上げ(ビーチング)させた。
湖への復帰は、エンジンの後進とアンカーの巻き上げで可能だという判断だが、念のため重機による押し込みも行う予定だ。
ガリガリと船底が川底の泥と砂利を削る重い音が響く。そこからが、帝国土木と機械の真骨頂だった。
「クレーン回せ! 接地面の泥に鉄板を敷け! 重機の重量に耐えられるよう、スロープの金属フレームをガチガチに組み付けるぞ!」
船上のウインチが唸りを上げ、分厚い鉄板と屈強な鋼鉄のフレームが次々と泥の上へ下ろされていく。数十トンの重機の重量に耐えうる強固な『金属スロープ』が船体から陸地へと架けられると、ディーゼルエンジンの轟音と共に、ブルドーザーが自走で上陸を果たした。
「ガハハハ! まずは仮設桟橋の構築だ! 大地を抉り取れ!!」
最初に大地を踏んだブルドーザーが猛烈なトルクで土砂を押し出して瞬く間に仮設桟橋を造り上げると、すぐさま部隊は二手に分かれた。
郷田率いる土木部隊は、来年の本格的な稼働を見据えた巨大な採掘港の基礎といった『拠点建造』に着手。
一方、全権大使のヨキは通訳を伴い、見物に来ていた現地の部族たちへ歩み寄った。
「やはり、ここ(スペリオル湖の未開地)までは我々の噂は届いていなかったか。当然、桟橋も銅の備蓄もないな。……よし、通訳。彼らにこの宝(ガラスと塩)を見せろ。秋の最終便までに『緑の石(自然銅)』を搔き集めておけばこれを与えると交渉するんだ」
現地民に新たな銅の集積を依頼した彼らは、空になった第一艦を直ちに反転させた。
船は往路のプロペラソリで確認していたエリー湖周辺の各部族を回り、集積されていた銅を次々と回収。
莫大な銅を積載して、中継地点である『造船港』へと帰還した。
***
建国5年、秋。 造船港では、第一艦が持ち帰った第一便の銅の荷下ろしが急ピッチで進められている横で、進水式を終えたばかりの巨大なタンカーが存在感を放っていた。
巨大なクレーンが銅の入った木箱を次々とトラックへと移し替えていく中、造船港に残っていた真野のもとへ、帝都の九条から届けられた『業務連絡の書類』が手渡された。
「……『持ち帰った第一便の銅は、直ちに油田プラント、造船港、連水港に建設中の分散型発電所の配電網とダイナモの構築に充てる。真野は帝都に帰還して電動化の普及に尽力しろ』、か。相変わらず、スケールのデカい無茶振りやで」
真野は油まみれの手で書類を丸めながら、ニヤリと笑った。
単なる未開地の探検ではない。
この銅一つが、帝国全土のインフラを次なる次元へと引き上げる国家プロジェクトの要なのだ。
「おいチャパ! 銅の荷下ろしが終わったら、第一艦に高炉用の耐火レンガとセメントを限界まで積み込め! 第一艦は、荷役作業が完了次第、採掘港へトンボ返りや!」 「了解しました! すぐに積み込みます!」
採掘港で資材を降ろせば、今度は現地民が集めた銅や、造船港へ持ち帰る機材を積んで再び帰還する。
船がこのピストン輸送で何往復もしている間、郷田たちは船の積載が終わるギリギリのタイミングまで粘り、採掘港での土木工事(インフラ構築)に時間を全振りしていたのだ。
***
建国5年、晩秋。
身を切るような冷たい風が吹き付けるスペリオル湖畔。
数ヶ月の突貫工事を経て、未開の荒野は重機によって深く抉り出されたドックの基礎と、強固な防衛陣地を備えた『採掘港』へと変貌していた。
「よし、今年の土木工事はここまでだ! ギリギリまで粘った甲斐があって、来年のインフラの基礎は完璧に仕上がったぜ!」
郷田は分厚い防寒コートの襟を立て、ドックに停泊する第一艦へ向かって叫んだ。
「機関長のチャパ! 今回の最終便で持ち帰る銅と重機の積み込みは完全に終わったか!?」
「郷田さん! 荷役作業、すべて完了しています!」
防寒服に身を包んだチャパが、甲板から顔を真っ赤にして報告した。
「よし! ならばトンズラだ! 今回の遠征の目的は完全に果たしたぜ!」
郷田が誇らしげに笑ったその時、岸辺で水面の状態を監視していた防衛部隊のタタンカが、声を張り上げた。
空からは、本格的な冬の到来を告げる白い雪が舞い落ちていた。
「郷田さん! 急いでください! もう水面がシャーベット状になり始めております! 完全に凍ったら、氷に閉じ込められて一貫の終わりです!」
「チッ……! ここまでか! ウインチを止めろ! 全員、船に乗り込め!!」
郷田の号令と共に、土木部隊や防衛部隊の兵士たちが一斉に甲板へと飛び乗る。
彼らを見送る現地の部族たちは、ヨキから与えられた圧倒的な富を握りしめ、他所者たちの巨大な船とインフラに平伏していた。
「機関長、出航や!! 氷に喰われる前に湖をぶっちぎれ!!」
ボォォォォォ……ッ!!
第一艦が強烈な汽笛を鳴らす。
直6ディーゼルエンジンが猛烈な黒煙を吹き上げ、巨大なスクリューがシャーベット状の氷を掻き回した。
平底船の強靭なトルクが、結氷し始めた湖の抵抗を強引に引き剥がし、ギリギリのタイミングで船体を南の航路へと押し出していく。
「……フッ、やりやがった! 本当にギリギリで冬将軍から逃げ切りやがったな!」
甲板で後方に遠ざかる採掘港を見つめながら、郷田が腕を組み、静かな達成感を浮かべる。 自分が設計に携わった強靭な船体と、土木屋として構築したロジスティクスが完璧に機能したことへの誇りだった。
「ええ。往路で手配したエリー湖で回収した分と、今回スペリオル湖の一部部族から回収した分を合わせれば、『計30トン』ほどの自然銅が手に入りました。初期の電化網を敷くには、十分な量です」
冷たい風の中でヨキが静かに頷く。
「おう。帝都に帰るぞ」
郷田は、雪の舞う空を見上げながら、父親としての顔でニヤリと笑った。
***
建国5年、冬。
外の世界は死の冷気に包まれ、本来なら全ての部族が飢えと寒さに怯える季節。 しかし、帝都は全く別の物理法則に支配されていた。
『初期ハイブリッド発電所』から送られる電力により、無数の白熱電球が夜の闇を真昼のように駆逐している。
そして、分厚いコンクリートで作られた居住区(要塞)の内部は、油田プラントから供給される重油をボイラーで燃やし、その熱を電動ポンプで循環させる『近代的な温水床暖房』によって、薄着でも春のような暖かさが保たれていた。
「あー、あったけえ。やっぱり重油ボイラーと電動ポンプの床暖房は最高だな」
郷田がソファに寝転がり、冷えたビール(試作品)を煽る。 ここは、統治局の最上階にある広大なリビングルーム。
九条、鬼頭、郷田、真野、冴島、東の建国メンバー6人と、その妻たち、そして産まれたばかりの第一世代の子供たちが一堂に会していた。
部屋の隅では、アナヒータやエルワたち妻が、すやすやと眠る子供たちを愛おしそうに見つめながら、穏やかな談笑に花を咲かせている。
外の厳しい冬など嘘のような、絶対的な安全と平和がそこにはあった。
「……郷田、ご苦労だったな。お前とヨキが秋に送ってきた第一便の銅は、すでに銅線に加工して、各要衝に建造中の『分散型発電所』の配電網やダイナモに使わせてもらった。そして今回持ち帰った最終便の分も、倉庫へ搬入済みだ」
九条が、グラスを傾けながら労った。
「ああ。秋に届いた銅のおかげで、俺が設計したローカルグリッドの構築が進んでるぜ。すでに油田プラントと、造船港の発電所は稼働を開始した」
東がソファに深くもたれかかりながら、気怠げに報告する。
「ただ、連水港の発電所は、工事中に冬が来ちまって春に再開予定だがな」
「おう、その造船港やけどな」
真野が双子を抱きかかえながら、東に向かって口を開いた。
「俺が秋まで造船港に残って仕上げた『第二艦』も、冬前に進水式と動作確認を済ませて、今は第一艦と一緒にドックで越冬保管されとる。春になって燃料供給の血管が繋がれば、いよいよお前がサボれるレベルで物流が自動化されるで」
「防衛網の方も、順調だぜ」
鬼頭が、窓の外の雪景色を指差した。
「軍事基地の建造は、相変わらずの人員不足で着手できてねえ地域もあるし、そもそもあんな辺境の基地に引く電力はねえが……完成した要衝の機関銃防衛網は完璧に機能してる。略奪を目論む野盗の群れが来ようが、外部から侵略を企てる奴らが来ようが、近づく敵はマキシム機関銃で例外なくミンチだ」
「せやな。帝都の工作機械も『電動モーター駆動』へ切り替えが完了して、シャフトやベルト駆動の限界を超えて、生産効率は数倍に跳ね上がったで」 真野が拳を鳴らす。
圧倒的な火力による「絶対防衛網」の構築。
各拠点の電化と、モーターによる「超量産体制」の確立。
この5年で、彼らが一から削り出した技術と狂気は、ついにこの世界に絶対的な「光の帝国」を打ち立てたのだ。
「……なぁ、九条」
真野が、妻の腕の中で眠る自分の双子を見つめながら、ポツリと口を開いた。
「俺たちが死に物狂いで作ってきた機関銃も、毒ガスも、全部『悪魔の兵器』や。現地民を経済で搾取する仕組みも、見方によっちゃ非道なもんやろ。……やけどな」
真野は、我が子の小さな手に触れ、目を細めた。
「この子らが、夜の闇に怯えることもなく、飢えることもなく、温かい部屋で安全に笑っとる。……そのためなら、俺は何度でも悪魔の武器を作るし、何度でも世界を力でねじ伏せたろって思うんや」
「激しく同意するぜ」
郷田が笑う。
「俺たちの子供には、最高のインフラと、絶対に壊れない安全な国を残してやらなきゃならねえ。俺も一足先に現場からは退かせてもらって、来年からは帝国全土の『設計図』を描くことに専念させてもらうぜ」
九条は、窓の外で煌々と輝くアーク灯の光を見つめ、静かに頷いた。
「我々が背負うのは、この世界に対する傲慢と罪だ。だが、この国に生きる我々の家族と市民だけは、何があっても守り抜く。……この平和は、そのための絶対的な遺産だ」
吹雪く夜空の下。
光の帝国は、いかなる外敵も寄せ付けない強固な要塞として、その確固たる存在感を世界に刻み付けていた。
建国メンバーの狂気と、父親としての深き愛情。
その二つを内包したまま、彼らの国は拠点電化と超量産体制へと歩みを進めようとしていた。




