第89話:新たな水路の開拓
盆明けから仕事が忙しくて、ストックが無くなりました…
更新のペースが落ちますが、ご容赦願いますm(_ _)m
建国5年、盛夏。
強烈な日差しが照りつけるカヤホガ川の造船港に、けたたましいディーゼルエンジンの轟音が響き渡っていた。
「オラァ! 退避しろ! 堰をぶち抜くぞ!!」
郷田の怒号と共に、土木部隊が操るブルドーザーが唸りを上げ、川とドックを隔てていた丸太と土嚢の壁に突撃した。
ドゴォォォン!! という重い衝撃音と共に堰が崩壊し、カヤホガ川の大量の水が、巨大なすり鉢状のドックへと一気に流れ込んでいく。
濁流がドックの底を満たし、その中央に鎮座していた黒塗りの巨大な構造物が、ゆっくりと水面へと浮き上がった。
全長数十メートル。鉄骨のフレームと分厚い木材で組まれ、防水のピッチ(タール)で真っ黒にコーティングされた、帝国初の『大型湖上船(第一艦)』である。
「浮いたぞ! 浸水はどうや!?」
甲板から身を乗り出した真野が叫ぶ。
「ビルジ(船底の浸水)、全くありません! 事前の測量データ通り、この喫水ならカヤホガ川の浅瀬も問題なく抜けられます!」
船倉から飛び出してきた弟子のチャパが報告した。
「よぉし……! メインエンジン、始動!!」
真野が操舵室の重厚なレバーを押し込んだ瞬間。
船体の奥底に据え付けられた『直列6気筒ディーゼルエンジン』が、重々しい初爆の音を響かせた。
ズドドドドドン……ッ!!
煙突から猛烈な黒煙が吹き上がり、巨大なスクリューが水を掻き回す。直列6気筒の「完全バランス」による恩恵で、これほど巨大なエンジンにもかかわらず船体の振動は驚くほど少なく、圧倒的な推進力だけが船体を前方へと押し出した。
岸辺でブルドーザーから降りた郷田は、腕を組みながらその威容を静かに見上げていた。
「……ふん。やはり、南のオハイオ川で走らせてる船より、かなりデカいな」
その口元には、確かな誇らしさと静かな達成感が浮かんでいた。
自分たちが重機で無理やり抉り開けた巨大な『器』が完璧に機能し、これほど巨大な質量の船体を滞りなく水上へと解き放ったという土木屋としての成果が、郷田の胸を満たしていた。
***
進水式の熱狂が冷めやらぬ午後。
第一艦の巨大な船倉には、クレーンを使って次々と物資が積み込まれていた。
「採掘用のワイヤーウインチ、積み込みよし! 現地部族との交易用の『ガラス玉』と『精製塩』も指定量クリアです!」
「土木部隊のデチューン重機(小型ブルドーザー)も、ワイヤーでの固定を完了しました!」
第一艦の機関長に任命されたチャパが、甲板から声を張り上げる。 この第一艦は、北西のスペリオル湖周辺へ向けて片道千キロ以上の水路を開拓し、現地に眠る大量の「自然銅」を直接運搬するための巨大なカーゴシップである。 未知の領域へと踏み込むため、タタンカと部下である防衛部隊の精鋭数名も乗船していた。
「おう、郷田、ヨキ。いよいよ出発やな」
岸壁から、図面を丸めた真野が歩み寄ってきた。
「ああ。現地に着いたら、俺が重機で一気に採掘拠点の基礎と防衛陣地を築き上げてやる。……俺たちの土木力を、たっぷり見せつけてやるぜ」
郷田が拳を鳴らす。
未知の土地でのインフラ構築は土木屋の独壇場だ。
「そして、未知の部族がいれば、私が『富』で組み伏せます。ガラスと塩で労働力を買い上げ、採掘効率を最大化してみせましょう」 ヨキが冷たく笑った。 前線の外交と経済支配は彼の専門領域である。
「頼むで。……俺はここ(造船港)に残って、次のボトルネックになる『専用のオイルタンカー(第二艦)』の建造と、重油の受け入れインフラの整備に専念する。各拠点に分散型発電所を建てていく以上、燃料輸送のロジスティクス構築は急務やからな」
真野は第一艦の巨大な船体を叩き、真剣な表情に戻った。
「……ええか。冬になってエリー湖やこのカヤホガ川が結氷したら、船は完全に身動きが取れなくなる。去年の冬にお前らもプロペラソリ(エアボート)で走って見た通り、ここは冬には絶対に凍りつく。自然の氷の壁に閉じ込められたら、俺たちの機械の力でもどうにもならんぞ。……遅くとも晩秋には全員でここ(造船港)まで帰還するんや。いいな?」
「分かってるさ。短期決戦で片付ける」
「……で、郷田。俺の『超大型重機』が完成する来年まで、お前の本命である大運河も都市開発も物理的に着手できんわけやが……お前、秋に採掘地から帰ってきたら、次は何をするつもりや?」
真野の問いに、郷田は船に積まれた自分の重機を見上げ、ニヤリと笑った。
「ああ。俺は一足先に、現場から退くつもりだ」
「現場で泥にまみれる仕事は、そろそろ育ってきた若い連中や部下に任せる。俺は、帝国全土を繋ぐ物流網とメガプロジェクトの『グランドデザイン(設計)』に専念するぜ。お前の重機が揃ってから計画を練るようじゃ遅えからな」
「なるほどな。……ええ引き際や。俺も早く第一線から退いて、チャパたちに現場の組み立てを丸投げして、一日中図面だけ引けるようになりたいもんやわ」
真野は郷田の決断に心底同意するように深く頷いた。
「あくまで今は、俺たち機械屋が絶対的な工業力を蓄え、各拠点を『電化』させるためのフェーズっちゅうわけや。……ええで、来年には俺がお前の設計図を丸ごと現実にする『最高の玩具(重機)』を作ったるわ」
「期待してるぜ。さあ、行くぞお前ら! 帝国の次の時代を、俺たちの手で引き寄せてやる!」
郷田とヨキが甲板へ乗り込み、チャパへ合図を送る。
ボォォォォォ……ッ!!
圧縮空気を利用した強烈なエアホーンの汽笛が、夏の空を引き裂いた。
直列6気筒ディーゼルエンジンが唸りを上げ、船尾から白波が立ち上がる。
世界最大級の銅鉱床が眠る北西の果て、スペリオル湖方面へ向けて、帝国初の探検艦隊がゆっくりと、だが力強い航跡を描いてカヤホガ川を下っていった。
***
同日、夕刻。
帝都の中央グラウンドでは、仕事終わりの市民たちがアーク灯の眩い光の下で、熱狂的にサッカーのボールを追いかけていた。
その光景を、統治局の最上階の窓から見下ろしながら、九条は静かに報告書に目を通していた。
「……カヤホガ川の造船港より、第一艦の進水および出航の報告。郷田とヨキも無事に乗船したとのことだ」
「ガハハ! やりやがったなあの野郎ども。これでついに、北の大水脈とも物流が本格的に繋がりやがった」
ソファでくつろいでいた鬼頭が、嬉しそうにワイングラスを煽った。
「ああ。これからは陸路の整備と並行して、船による大量輸送の時代が来る。……周辺の部族はますます我々の経済圏に飲み込まれ、春に予測した通り、傘下入りを求める難民の数は爆発的に増え続けている」
九条は窓の外、点々と設置されたコンクリートの要塞の方向を見つめた。
そこには、スナイパー部隊とマキシム機関銃が配備され、言語の通じない外部の脅威を物理的にシャットアウトする「絶対防衛網」が敷かれている。
「第一艦が大量の銅を持ち帰れば、あのトーチカ群に『探照灯』を配備できる。そうすれば、夜闇に乗じて我々の陣地に近づくことすら不可能になる」
「違いねえ。夜でも真昼みたいに照らし出して、機関銃でハチの巣にしてやる。……これで俺たちの防衛網は完成だ」
部屋の奥の居住スペースでは、妻のアナヒータが長男のシオンに絵本を読み聞かせ、穏やかな笑い声を上げていた。
その平和な光景に、九条の冷徹な瞳がわずかに和らぐ。
「……俺たちの子供が育つこの国は、もう誰にも脅かされない。次なる時代の幕開けだ」
建国5年の夏。
水路という新たな血脈を手に入れた光の帝国は、圧倒的な工業力と絶対的な暴力を内包したまま、誰も見たことのない大国へと変貌を遂げようとしていた。




