第86話:光の帝国と、広域防衛網の構想、そして除雪車による強行突破
建国4年、冬。
骨の髄まで凍りつくような冷気が支配する帝都の夜に、かつてない重低音が地響きのように響き渡っていた。
「チャパ! ダイナモの回転数はどうなっとる!?」
「毎分1200回転で安定しています! 直流ダイナモも交流送電網も、計器に異常ありません!」
初期発電所の巨大なコンクリート建屋の中。
真野の怒鳴り声に、油まみれのチャパが計器を睨みつけながら応じる。
建屋の中央に鎮座しているのは、発電専用に設計された『巨大な定置型ディーゼルエンジン』だ。 トラックや重機で培った多気筒エンジンの技術をベースに、シリンダーのボア径を限界まで拡大。船舶用エンジンのような圧倒的なトルクを生み出す分厚い鋼鉄の塊が、定置型の巨大な発電機と直結されている。
「よし……! 各区画のブレーカー、叩き込め!」
真野がメインスイッチの巨大なレバーを押し込んだ。
バチッ!! という鋭い音と共に、電流が太い銅線を駆け巡る。
その終点にあるのは、真空引きされたガラス球の中に竹の炭化繊維を組み込んだ『白熱電球』。
そして、高台の鉄塔に設置された『巨大な炭素アーク灯』である。
「うおおおっ……!?」
「な、なんだこれは……! 太陽が、太陽が落ちてきたぞ……!」
建屋の外で様子を窺っていた先住民の市民たちから、悲鳴にも似た驚愕の声が上がった。
新月の完全な闇に包まれていた帝都の中枢エリアが一瞬にして、真昼のような眩い『光』に包まれたのだ。
「……やりおった。本当に、夜をぶっ壊しおったで……!」
真野は、自らの頭上で煌々と輝く白熱電球を見上げ、震える声で呟いた。
煤臭いオイルランプや、揺らめく松明の火とは次元が違う。
それは、自然界の法則をねじ伏せ、物理的に「太陽」を創造したも同義であった。
***
統治局の最上階。
オンドル式の床暖房が効いた執務室の窓から、眼下に広がる「光の海」を見下ろしながら、九条は静かにワイングラスを傾けていた。
「……見事だな。これで夜間操業が、より効率的になる。帝国の進化スピードは、ここからさらに倍増するぞ」
「ガハハ! 違いねえ! まったく、真野の野郎、本当にやりやがったぜ!」
部屋の奥のソファでは、鬼頭が豪快に笑いながらグラスを煽っていた。
そのさらに奥の寝室では、アナヒータが産まれたばかりの長男・シオンに添い寝をしている。彼女には産後の完全な休養が厳命され、執務の一切は九条が一人で回していた。
九条の視線の先、鉄塔に据え付けられた『炭素アーク灯』の暴力的で圧倒的な光が、帝都の中央グラウンドを真昼のように照らし出していた。
放電のジリジリという音を掻き消すように、防寒具を着込んだ市民たちがボールを追いかけ、熱狂的な歓声を上げているのだ。
「蹴球か。……アーク灯の光の下で夜試合とは、随分と贅沢な娯楽を手に入れたものだな」
「あいつら、日中の仕事が終わってもボール蹴ってやがるからな。第一回大会でうちの防衛部隊に優勝賞品を持っていかれた土木部隊の連中なんて、目の色変えて夜間練習してやがる」
鬼頭は窓枠に寄りかかり、眼下のグラウンドを面白そうに見つめた。
「今じゃ、工場や農業部門からも参加希望のチームが爆発的に増えすぎててな。この中央グラウンド一つじゃ、練習のローテーションすら全然回らねえんだとよ」
「ほう。……なら、場所の確保はどうするつもりだ?」
九条がグラスを揺らしながら尋ねる。
「ガハハ! それが傑作なんだよ! 悔しがってる土木部隊の連中が、春に北の造船港へ送る予定の『新型ブルドーザー(デチューン重機)』を真野の工房から借り受けて、居住区の外れの空き地を強引に整地しやがったんだ。遊びの場所を作るついでに、重機の『動作確認』とオペレーターの『習熟訓練』を兼ねるっていう名目でな」
鬼頭は肩を揺らして笑った。
「真野の野郎も、『春の本番前に初期不良の洗い出しができる』ってんで喜んで貸し出しやがった。遊びのために自発的に土木インフラ整備してやがるんだから笑えねえよな」
「……なるほど。真野の工房で組んだばかりの重機に、実地テストで負荷をかけることができる上に、操縦の練度も上がる。合理的な口実(ガス抜き)だな。構わん、好きにやらせておけ」
九条の口元に、冷徹な笑みが浮かんだ。
『圧倒的な光のインフラによる「神格化」と、蹴球という「強烈な娯楽(ガス抜き)」。これで市民たちの不満は完全に逸らされ、システムへの依存度はさらに深まる』
九条は窓から離れ、デスクの上に広げられた広域地図を指差した。
「さて、本題だ。鬼頭、ヨキの経済交渉とこの『光の帝国』の噂により、春にはさらに広大な流域の部族たちが、我々の傘下に入ることになる」
「あぁ。だが、いくら俺たちが強くても、点在する集落を全部守ってやるほどの兵力はねえぞ。弓や槍を持たせたところで、外敵の群れに襲われたらひとたまりもねえ」
「だから、『面』で守る必要はない。地形を読み、敵が必ず通る『チョークポイント(要衝)』に、コンクリートの軍事基地を建造する」
九条は地図上のいくつかの渓谷や河川の合流点に、赤いピンを突き立てた。
「完成したマキシム機関銃と防衛部隊を、これらの拠点に駐留させる。遠距離からスナイパーで指揮官の頭を吹き飛ばし、接近した群れは機関銃の十字砲火でミンチにする。……傘下に入った部族の労働力と経済を回すための、『広域防衛網』だ」
「なるほどな。敵の侵入ルートを物理的に限定して、トーチカから致死量の弾幕を張るってわけだ。……悪くねえ」
鬼頭は残虐な笑みを浮かべ、首をポキポキと鳴らした。
「そのためにも、機関銃の『熱で歪む銃身』の問題を解決しなきゃならねえ。……春に北からどれだけレアメタルを持ち帰れるかにかかってるな」
***
建国5年の春。
エリー湖畔へ続く、約15キロの直線陸路(Vカット)。
そこにはまだ、冬の間に積もった分厚い雪が壁のように立ち塞がっていた。
「ガハハハ! 自然の雪解けなんか待ってられるか! 力こそパワーだ!!」
轟音と共に雪の壁を吹き飛ばしたのは、郷田が運転する『ブルドーザー(デチューン重機)』だった。
ディーゼルエンジンの圧倒的なトルクと、前方に据え付けられた巨大な排土板、そして後輪の巨大なキャタピラが、雪の壁など存在しないかのように物理的に踏み潰し、押し退けていく。
冬の間に帝都のグラウンド整備で十分なテストランとオペレーター訓練を終え、初期不良を完全に潰した追加投入組の重機車列である。
「郷田さん! 前方、カヤホガ川の仮拠点『造船港』が見えました!」
助手席の部下が叫ぶ。
雪煙を突き抜けた先には、強固な防壁に囲まれた造船港の仮拠点が姿を現した。
ブルドーザーの車列がエンジン音を響かせて拠点に滑り込むと、分厚い毛皮のコートを着たヨキが、通訳の青年と共に静かに出迎えた。
その周囲には、ショットガンを構えた土木部隊や、見張り塔から警戒を解く狙撃部隊の姿がある。
一人の犠牲者も出さず、彼らは完璧にこの過酷な冬を越えきったのだ。
「お久しぶりです、郷田さん。……相変わらず、無茶苦茶な突破力ですね」
「おうヨキ! 生きてたか! ほら、約束通り迎えに来てやったぞ!」
郷田が運転席から飛び降りると、ヨキは背後の巨大な倉庫へ案内した。
「私の『氷上交易』の成果です。ご査収を」
倉庫の扉が開かれると、郷田は息を呑んだ。
そこには、冬の間にプロペラソリで結氷した湖を駆け回り、ガラス玉や塩と引き換えに近隣部族から搔き集めた『レアメタル鉱石』や『自然銅』が、文字通り山のように積まれていたのだ。
「……すげえ。本当に一冬で、これだけの量を集めやがったのか」
「圧倒的な経済格差による等価交換です。……さあ、これを帝都に持ち帰りましょう。真野さんが、首を長くして待っているはずです」
ヨキの冷徹な笑みと共に、莫大な富がトラックの荷台へ次々と積み込まれていった。
***
数日後。
造船港を出発し、連水港で車列からディーゼル動力船へと乗り換えた郷田たちは、長大なオハイオ川水系を遡上し、約400キロ南の『帝都』へと帰還を果たした。
手漕ぎの舟なら何週間もかかる距離を、巨大なエンジンの推進力によって数日で走破した。
その日の夜。帝都の本丸の会議室。 テーブルの上に広げられたレアメタルの輸入量が記載された書類を前に、重苦しい空気が流れていた。
「……あかん。圧倒的に足りんわ」
真野が腕を組み、忌々しそうに舌打ちをした。
「なんだと? あれだけ山ほど搔き集めてきたんだぞ!?」
郷田が声を荒げる。
「質は最高や。クロムもニッケルも含まれとる。……やけど、絶対的な『質量』が足りん。これ全部溶かして合金を作っても、お前が欲しがっとる超大型重機の『クランクシャフト』や『駆動系のギア』を作るには、全く量が足りんのや」
「くそっ……! じゃあ、大型のパワーショベルやブルドーザーの量産は、まだ先になるってことか……!」
将来の大運河構想を夢見ていた郷田が、悔しそうにテーブルを叩く。
その様子を静かに見ていた九条が、口を開いた。
「嘆く必要はない。最初から計画通りだ。このレアメタルは全て、マキシム機関銃の『強化銃身』と『マザーマシン』に全振りする」
九条は、真野の描いた図面の一つを指差した。
「クロム・ニッケル合金を使って、連続射撃の熱でも絶対に歪まない完璧な機関銃を量産する。その為に、マザーマシンの刃先を硬くする必要がある。……元より、重機に回す余剰分が出るなどとは考えていない」
「……土木インフラよりも、防衛の完成を優先するんやな?」
真野が確認するように尋ねる。
「ああ。傘下が増え、我々の経済圏が広がった今、最も恐れるべきは外部からの『略奪』だ。……シオンや、お前たちの子供たちがすやすやと眠るこの帝都の平和を、ただの運に任せるわけにはいかない」
九条の冷たく、そして父親としての執念に満ちた声に、郷田も真野も無言で頷いた。
「機関銃による絶対的な防衛網を敷く。……大型重機の量産とメガプロジェクトの始動は、その次だ」
「なら、今年の夏の遠征は大型重機抜きだな。目的を切り替えて、『銅の大量確保』と『来年に向けた未開地のインフラ構築』に絞るしかねえ」
郷田が腕を組んで計画を切り替える。
「それについては、好都合な手はずを整えてあります」 ヨキが口を開いた。 「冬の間、エリー湖の周辺部族と交易した際、秋までに『緑の石(自然銅)』と追加のレアメタルを集積し、船を着けるための簡単な桟橋を用意しておくよう依頼してあります」
「……なるほど。すでに先物取引を済ませているわけか。見事だ」
九条が満足げに頷く。
「ならば、そのスペリオル湖の未開の拠点を『採掘港』と命名しよう」
「夏までに造船港で第一艦(平底船)を進水させて、一気にその採掘港へ向かうぞ」
真野が図面を叩く。
「ヨキ。採掘港へ向かう往路で、プロペラソリ(滑空舟)を使って各部族の集落を回り、桟橋と銅の集積状況を確認して、必要な打ち合わせを済ませておくんだ」
九条が確実なロジスティクスを提唱した。
「承知いたしました!速やかな荷役作業が可能な環境を確保してみせます!」ヨキは深く一礼しながら宣言した。
「だが、未開の『採掘港』には、いきなりデカい船が着けられる岸壁なんかねえぞ」 郷田がニヤリと笑い、土木屋としての強行策を口にした。 「だから、第一艦の平底を活かして浅瀬に強引に乗り上げ(ビーチング)させて、船のクレーンで鉄板を敷き、金属フレームを組んでスロープを作る。そこからブルドーザーを自走で上陸させりゃあ、あとは俺が重機のパワーで一気に陣地と桟橋を造り上げてやるよ」
「採掘港に着いたら、お前たちはギリギリまで拠点建造を行え。そして第一艦には銅を積んで、造船港との間を往復(ピストン輸送)させる」 九条が全体の物流計画を定義する。 「空になった船に、往路で確認したエリー湖の各部族から銅を回収しながら造船港へ戻るのだ。」
「せやな。第一便の銅が早く届けば、各拠点の分散型発電所の構築がそれだけ早く始められる。このピストン輸送を回せば、秋には帝都の電化が一気に進むで!」
帝都の夜を煌々と照らす光の下で、次なる時代を切り開くための「絶対的な防衛力」の完成と、夏へ向けた完璧な「物流計画」が、今まさに決断された。




