第81話:次なるベビーラッシュと、託されたライフリング
建国4年、秋。
帝都を囲む森の木々が赤や黄色に色づく頃、安全なコンクリートで守られた居住区(要塞)からは、連日のように新しい命の産声が響き渡っていた。
「よぉーしよしよし! オムツ替えるからなー!」
「ティオさん! こっちの子もミルクです! ……ああっ、吐き戻しちゃった!」
「慌てない慌てない! ソラ、新しい布持ってきて! ルルは次のお湯沸かして!」
居住区の一角に新設された『帝国保育局』。
そこは、凄まじい熱量と活気に満ち溢れていた。
夏の終わりにアナヒータやエルワが出産したのを皮切りに、シラ、マヤ、リナ、ゼナたち「第一陣」の妻たちが次々と無事に子供を産み落としていた。
さらに、ティオ自身を含む「第二陣」の妊娠も発覚しており、帝都はかつてない規模のベビーラッシュを迎えていたのだ。
「ティオさん……本当に、すみません。私の子供まで……」
ベッドに横たわるアナヒータが、申し訳なさそうに微笑む。
彼女の腕の中では、九条の長男であるシオンがすやすやと眠っていた。
「バカ言わないの! 産後の体はとにかく休ませるのが一番なんだから!」
ティオは豪快に笑いながら、手際よく別の赤ん坊のオムツを替えていく。
「私たちも妊娠してるけど、まだお腹も小さいし体力は有り余ってる! それに、帝国市民の女たちも交代で手伝いに来てくれてるんだ。夜泣きの当番も、ミルクの準備も、全部システマチックに回してるから、あんたたちは安心して寝てな!」
「マニュアル化された『育児の分業システム』……ですね。東さんや九条様が考えそうなことです」
マヤが、隣のベッドからクスクスと笑う。
母親一人が孤立して育児の重圧を背負う現代のバグを、帝国は豊富な人手と徹底した分業によって完全に排除していた。
夫たちが外で「物理的な脅威」を粉砕する間、ティオたち妻たちは内側で「命を育む強固なインフラ」を構築していたのだ。
***
同時刻、黒煙を上げる機械R&Dの本工房。
「……というわけや、チャパ」
真野巧は、油まみれの黒板に描かれた複雑な設計図をチョークの先で叩いた。
そこには、銃身の内部に螺旋状の溝を刻み込むための、特殊な切削治具の機構が描かれている。
「金属薬莢が量産できるようになった以上、弾丸を回転させて真っ直ぐ飛ばす『ライフリング』は必須や。……それから、もう一つ」
真野は、隣にもう一枚の設計図を広げた。
「こっちは対極の武器……銃身の中がツルツルの『散弾銃』や。お前らが深絞りで造った分厚い真鍮の薬莢に、鬼頭やミカが『散弾塔』の上から溶けた鉛を水槽に落として量産した真ん丸の鉛玉をたっぷりと詰め込む。一発撃つごとに下のポンプをガシャンと引いて次弾を装填する『ポンプアクション式』や。……せやけど、俺はこの作業にはもうノータッチや。図面は引いた。あとはお前が、この50人の弟子どもを指揮して、ライフルとショットガンの量産ラインを回せ」
真野の言葉に、チャパの目が丸くなる。
「えっ……ぼ、僕がですか!? 機関銃の開発が終わったんだから、真野さんも一緒に……」
「アホか。機関銃はあくまで『防衛用』の固定砲台や。帝都のインフラと物流をさらに広げるためには、今の単気筒エンジンじゃ馬力が絶望的に足りへん」
真野は、黒板の隣に無造作に広げられた、もう一枚の巨大な設計図に視線を向けた。
「郷田のオッサンが、首を長くして待っとるんや。……6つのシリンダーが連動して爆発する、『直列6気筒』の大型ディーゼルエンジン。このクソ重たくてバカでかいクランクシャフトを、ミクロン単位の狂いもなく一本の鋼から削り出す。……これからの俺の時間は、全部こいつに注ぎ込む」
真野は、チャパの肩をガシッと掴んだ。
「お前なら出来る。薬莢の深絞りも、俺がおらん間にしっかりパラメータを管理して量産に乗せたんや。……小銃と散弾銃の生産は、お前に任せる。俺を楽させてくれ」
「……はいっ!!」
チャパの顔つきが、単なる弟子から、一つの工場を任される「工場長」の顔へと変わった。
真野は満足げに頷くと、巨大な旋盤の前に立ち、直列6気筒エンジンのクランクシャフトとなる分厚い鋼鉄の塊と睨み合いを始めた。
属人的な技術が、システムとして部下へと継承され、トップの人間はさらに先の「未知の領域」へと進む。
これこそが、帝国の工業力が爆発的に拡張していくメカニズムだった。
***
数週間後。
帝都郊外の射撃実験場。
パァァァンッ!!
乾いた銃声が響き、500メートル先にある人型の的(丸太)の「頭部」が、見事に吹き飛んだ。
「……すげえ。弾が風に流されず、糸を引くように真っ直ぐ飛びやがる」
鬼頭陣は、望遠鏡から目を離し、悪びれたように笑った。
彼の傍らには、真野の設計図を元にチャパたちが量産した『帝国式ボルトアクション・ライフル』が並べられている。
銃身の内部に刻まれた螺旋状の溝が弾丸に回転を与え、ジャイロ効果によって弾道が劇的に安定したのだ。
「これなら、マスケットの10倍以上の距離から、一方的に敵の指揮官の頭をブチ抜ける。……おい、お前ら!」
鬼頭が怒鳴ると、後ろで待機していた先住民の若者たち――特に視力が良く、狩猟の腕に覚えのある十数名の精鋭たちが背筋を伸ばした。
彼らの顔には、未知の兵器に対する畏怖と、選ばれたことへの誇りが入り混じっている。
「今日からお前らは、防衛部隊の中でも特別な存在……『スナイパー(狙撃)部隊』だ。タタンカたちの歩兵部隊が面で敵を抑える間、お前らはアウトレンジから敵の急所を的確に削り取る。……俺が直々に、風の読み方と呼吸法を叩き込んでやる」
「は、はいっ! 鬼頭様!」
若者たちが一斉に敬礼する。
「よし。次は近距離用のテストだ。タタンカ、お前ら歩兵部隊はこっちを使え」
鬼頭は、傍らに置かれていたもう一つの真新しい銃器――ポンプアクション式ショットガンを手に取った。
太いオールブラスの薬莢を装填し、先台を勢いよく手前に引く。
ガシャンッ! という、重厚で威圧的な金属音が鳴った。
そのまま、20メートル先の複数の的(丸太)に向けて引き金を引く。
ドガァァァンッ!!
轟音と共に放たれた無数の鉛玉が放射状に広がり、近距離にあった3つの的をまとめて木端微塵に粉砕した。
「す、すげえ……!! 面で吹き飛んだ!」タタンカが目を剥く。
「機関銃が設置できない機動戦や、森の中での近接戦闘では、こいつの『面制圧』がモノを言う。照準を細かく合わせる必要もねえ。タタンカ、お前ら一般防衛部隊の近接戦闘用にはこれを配備する。……それから、これから未知の森を切り拓く郷田の土木部隊にも、猛獣(ヒグマや狼)避けの護身用として回してやれ。どんな化け物だろうが、至近距離でこれを食らえば一撃で挽肉だ」
「は、はいっ!」
『……俺のガキも、無事に産まれたからな』
鬼頭の脳裏に、先日ゼナとカーラが出産した自分の子供たち(マキとケン)の顔が浮かぶ。
身重の妻であるナミやココも、安全圏からこの部隊の創設を喜んでくれていた。
「近づく敵はマキシム(機関銃)とショットガンの弾幕でミンチにし、逃げる敵はこのライフルでキロ単位で追い詰めてブチ抜く。……この帝都の周囲数キロ圏内に、俺たちのガキを脅かす存在は、アリ一匹たりとも侵入させねえ」
父親たちの狂気的な防衛本能は、「面」と「点」の両極端から、帝都の防衛網を文字通り『不可侵の領域』へと昇華させていた。
そして、安全が完全に担保された今。
帝国の刃は、内側の防衛から、外側の圧倒的な資源を獲得するための「侵略(外交)」へと、その矛先を向けようとしていた。




