第74話:反乱の鎮圧と事後発覚、そして公開粛清
建国3年の冬、新月の夜明け。
帝都の空を赤く染め上げていた炎は鎮火し、代わりに濃密な硝煙と血の匂いが冷たい朝霧に混じって漂っていた。
「……掃討完了。残敵は完全に沈黙しました」
中央広場。硝煙に顔を煤けさせた鬼頭が、無数の死体の山を前に低く報告する。
未知の爆発と毒煙幕、そしてマスケット銃の統制された一斉射撃。個人の武勇と狂気だけで突っ込んできたズガの軍勢は、その圧倒的で冷酷な面制圧力の前に完全に崩壊した。
数百人いた敵の本隊のうち、大半が広場と路地で肉塊へと変えられ、恐れをなして逃げ出そうとした者たちも、遊撃隊によって一人残らず狩り尽くされた。
***
時を同じくして、本丸(要塞)内部の救護室前。
血と油に塗れた建国メンバーたち――九条、東、鬼頭、冴島、そして真野が、重苦しい沈黙の中で集まっていた。
「……被害状況は」
九条が、感情の欠落した冷たい声で問う。
「市街地の一部が焼かれ、物資が略奪された。だが、防衛線構築のおかげで、市民の死者はゼロだ。……ただし」
東が手元の木簡に視線を落としながら、痛恨の表情を浮かべる。
「南ゲートの地上に居た守備兵5名が戦死した。知人による不意打ちで刺された隊長と、そのまま乱戦になり相討ちになった者たちだ」
「……そうか」
九条は短く応じ、目を伏せた。
「彼ら5名の遺族には、帝国が全責任を持つ。生涯にわたる最高ランクの生活保障と年金を約束しろ。彼らの意地がなければ、被害はさらに拡大していた」
奇襲を受け、かつ常備兵が少ないという絶対的不利な状況において、この程度の被害で抑え込んだのは奇跡的な戦果だった。
「……なら、なぜお前たちはそんな顔をしている」
九条の冷徹な視線が、向かいに立つ冴島と真野に向けられる。
市街地を防衛しきったというのに、真野の目は血走り、冴島の顔からはいつもの飄々とした笑みが完全に消え失せていた。
「……九条。東、鬼頭」
冴島が、地を這うような低く重い声で口を開いた。
「昨夜、避難してきたエルワたちを診察した。……エルワだけじゃない。ゼナも、マヤもだ」
冴島の言葉に、東と鬼頭の眉が微かに動く。
「……妊娠(初期から中期)だ。俺たちの妻たちは、新しい命を宿している」
「っ……!!」
その瞬間。
常に論理と理性を重んじてきた東の木簡が手から滑り落ち、鬼頭は息を呑んで硬直した。九条でさえも、その完璧なポーカーフェイスに微かな亀裂が走り、瞳孔が収縮した。
「俺たちは……自分たちの妻が身重であることにも気づかず、この野蛮な世界の最前線(現場)で働かせていた。……もし、昨夜の防衛線が抜かれていたら? 敵の刃が、このコンクリートの壁を越えていたら?」
冴島の言葉が、重い鉛のように彼らの胃袋を突き破る。
『無意識のうちに、俺は自分の子供を死の危険に晒していたのか』
父親となる男たちの脳裏に、ぞっとするような最悪の想像がフラッシュバックする。
腹を割かれ、火に焼かれる愛する妻と未ダ見ヌ我が子の姿。
「……ッ!!」
鬼頭がギリッと血が滲むほど奥歯を噛み締め、東は震える両手で顔を覆った。
「二度と……二度と、あいつらをこの壁(本丸)の外へは出さない」
すでに事実を知り、一夜を血の海の中で過ごした真野が、ドス黒い殺意を帯びた声で呟いた。
その場にいる全員が、無言で深く頷く。
現代人としての倫理観が完全に焼き切れ、絶対的な「庇護者(父親)」としての狂気的な防衛本能が、彼らの精神を完全に塗り替えた瞬間だった。
***
その数時間後、帝都の中央広場。
冷たい朝の光の下、何百人もの帝都市民が見守る中、捕縛された数名の男たちが引きずり出された。
反乱軍を手引きした内通者、ワバンとその手下たちだ。
「離せッ! 俺たちは悪くない!」
ワバンは地面に押さえつけられながら、血走った目で九条を睨みつけた。
「お前たちが……俺たちをゴミのように扱うからだ! 言葉が通じない連中を見下し、文字が読めない俺たちから誇りを奪った! これは、お前たちの傲慢さが招いた結果だッ!!」
ワバンの絶叫が、静まり返った広場に響き渡る。
新参の難民たちの中には、彼の言葉に微かに動揺を見せる者もいた。社会の歪み、急速な工業化がもたらした格差。ワバンの怒りには、確かに一つの「理」があった。
だが。
壇上から彼を見下ろす九条の目には、同情も、理解も、あるいは怒りすら存在しなかった。
ただ、ゴミを見るような無機質な冷たさだけがあった。
「お前の『感情』など、どうでもいい」
九条の低く冷徹な声が、広場の空気を凍らせる。
「理由が何であれ、お前たちは帝都の門を開け、守備兵を殺し、市民の命を危険に晒した。……システムの破壊者には、等しく死を与える」
「ま、待て! お前らだって、俺たちの労働力が……ッ!」
「撃て」
九条が冷酷に右手を振り下ろした瞬間。
一列に並んだタタンカたち射撃部隊のマスケット銃が一斉に火を噴いた。
パーンッ!!
情状酌量の余地など一切ない。
ワバンたちの身体が蜂の巣になり、物言わぬ肉塊となって崩れ落ちた。
広場を包んでいた動揺は、圧倒的で冷酷な暴力の前に、完全な『恐怖と服従』へと塗り潰された。
帝国の絶対的な法。
そして、「家族を脅かす要素は、一切の対話なく排除する」という、父親たちの狂気的な決意の証明であった。
***
公開粛清が終わり、静まり返った統治局。
九条と東は、すぐに次の深刻な問題へと向き合っていた。
「……東。油田プラントへ向かわせるはずだった定期便は、どうなっている?」
九条の問いに、東の顔に濃い疲労と焦燥が浮かぶ。
「当然、出港できていない。スラムの暴動と残敵掃討、火災の鎮火に港の工員たちも駆り出されていたからな。……サプライチェーンの大動脈が、帝都側で完全に止まっている状態だ」
油田プラントには、建国メンバーである郷田と、彼を支える7人の妻たちが住み込みで働いている。
「……もし、船が来ないという異常を察知した郷田が、軽武装の伝馬船か何かで様子を見に川を下ってきて、森に散っている敵の残党と鉢合わせたらどうなる?」
九条の言葉に、東が息を呑む。
もし、身重の可能性がある彼女たちに何かあれば。先ほどの「戦慄」が、再び二人の背筋を駆け上がる。
「……すぐに兵を向かわせろ」
九条は即座に決断した。
「真野たちが組み上げた、スクリュー付きの小型ディーゼル船を出せ。それにフル武装した兵士10名を乗せ、安否の確認と護衛のために最高速で川を遡らせろ」
「了解した。……郷田、頼むから大人しく待っていてくれよ」
物流の途絶という最悪の不安を抱えながら、黒煙を上げる鋼鉄の川船が、大自然の静寂が待つ北の油田プラントへと全速力で発進していった。




