第62話:果てなき鋼鉄の要塞計画と、大地の開拓
帝都の中枢である執務室。
分厚い木製のテーブルの上には、オハイオ川水系の地図と、巨大な設計図が広げられていた。
建国3年の春。
いよいよ本格化する「石油採掘」と、その輸送効率化に向けた首脳会議が行われていた。
「現状、原油を専用タンカーでそのまま運んでいるが……全体の数割にあたる『ガスや泥(不純物)』を運ぶために、タンカーの容積と時間を浪費していると言える」
九条が、地図上の『油田』と『帝都』の二つの点を指差しながら、冷徹な声で状況を定義する。
「ああ。どう考えても非効率の極みだ」
東が気怠そうに石板のデータを叩きながら同意した。
「だから、油田のすぐ隣に『化学プラント』を建てる。現地で原油を精製し、必要な『軽油』『重油』だけを純度100パーセントのエネルギー体として専用タンカーに詰め込んで運ぶ。……これがサプライチェーンの最適解だ」
「おうよ。だがプラント建設の鋼材やセメントは、液体専用のタンカーじゃ運べねえ。そこで、こないだ真野が作った『小型ディーゼル貨物船』の出番ってわけだな?」
丸太のような腕を組んだ郷田が、野獣のような笑みを浮かべる。
東がニヤリと笑って郷田を見た。
「その貨物船の『帰り荷』の件、忘れるなよ郷田。資材を下ろして空になった甲板に、周辺の森で伐採した硬葉樹を限界まで積んで持ち帰るんだ」
「わかってるさ。いずれ敷く『鉄道の枕木』用だろ? 油田周辺のクリアリング(整地)も兼ねて、木材をガッツリ伐採してやるよ」
完璧に計算し尽くされた物流のサイクル。
しかし、図面を睨みつけていた郷田は、表情をスッと引き締めてプロの顔になった。
「だがな、九条。この工事は未開の大自然のど真ん中に、数十メートル級の分留塔を建てるんだ。滑車クレーンの限界もあるし、コンクリートの養生期間も要る。……工期は、どう短く見積もっても『秋』まではかかるぜ」
「構わない。半年かけてでも、完璧なシステムを構築しろ。……必要な物資と人員のロジスティクスは俺が全て手配する」
九条の確約を得て、郷田は力強く頷いた。
大自然をねじ伏せる、半年間に及ぶ巨大土木プロジェクトが幕を開けた。
***
数日後。帝都の工房と船着き場。
カンカンカンッ!! と、水力ハンマーが鋼鉄を叩く甲高い音が鳴り響いている。
「チャパ! そっちのボルト穴のクリアランス、もうコンマ数ミリ追い込め! 巨大な滑車を支える軸やぞ、ガタつきは命取りや!」
「はい、真野さん! すぐに削り直します!」
真野と弟子のチャパが、油と汗に塗れながら「巨大な滑車」や「ワイヤー用のウインチ」、そして「太い鋼鉄の支柱」を次々と錬成していた。
それらの部材は、川に浮かぶ小型ディーゼル貨物船へと運び込まれ、甲板に直接ボルトで強固に固定されていく。
『プラント用の巨大な陸上クレーンを、現地でどうやって組み立てるか? 答えは簡単や。そのクレーンを持ち上げるための「小さなクレーン」を、あらかじめ船にくっつけて持っていけばええんや』
真野は、貨物船に架装された「ジブクレーン(腕が旋回するタイプのクレーン)」のウインチを巻き上げ、動作テストを繰り返す。
船のディーゼルエンジンから動力を分岐させることで、人力とは比較にならないパワーでウインチが巻き上がっていく。
「よっしゃ、船側のクレーンの架装は完璧や! 郷田のオッサン! あとは現地で組み立てる『陸上用クレーン』の部材と、お前らのメシを積み込むだけやで!」
「ガハハハ! 助かるぜ、真野! さあ、行くぞ野郎ども! 手付かずの大自然に、俺たちの要塞を突き立てる第一歩だ!!」
郷田の怒号とともに、数十人の労働者を乗せたディーゼル貨物船が、黒煙を吹き上げながらオハイオ川を力強く遡上していった。
***
油田採掘拠点。
黒い原油を吹き上げるボーリング櫓のすぐ横に、重低音を響かせながらディーゼル貨物船が接岸した。
「よし、着いたぞ! カシャ! まずは船に架装した『ジブクレーン』を使って、陸上用クレーンの支柱を下ろすぞ!」
「了解、郷田さん! エンジン動力、ウインチに繋ぐよ!」
活発な女性・カシャが、貨物船の甲板でレバーを操作する。
船側のクレーンがうなりを上げ、重さ数百キロにも及ぶ「陸上用クレーンの基礎部材」を軽々と吊り上げ、川岸へと下ろしていく。
「よし、荷下ろしと並行して、周囲の森林を伐採しろ! プラントを建てる広大なスペースを作るんだ! 切り倒した木は枝を払って、帰り荷として船の甲板に積め!!」
郷田の指示で、先住民の若者たちが斧とノコギリを手に、鬱蒼と茂る広葉樹の森へと突入していく。
木が切り倒される轟音と、クレーンの金属音が大自然の静寂を完全に打ち砕く。
数時間後、帝都で加工された精巧なパーツ群が組み上がり、川岸に高さ十メートルほどの「陸上用デリッククレーン」が完成した。
「よし、クレーンは立った! 次は基礎工事だ! プラントの重さを支え切るための地盤を作るぞ! カヤ、地質はどうなってる!?」
「郷田さん! 表層の土を3メートルほど掘り下げれば、強固な岩盤層に到達します!」
地質調査担当のカヤが、図面と土のサンプルを見比べながら報告する。
郷田は迷わず指示を飛ばした。
「なら、そこまで一気に掘り下げるぞ! 掘り出した泥や残土は、川岸に回して突き固めろ! 洪水を防ぐための『防波堤(土塁)』として一ミリも無駄にせず再利用するんだ!」
「了解です!」
***
数日間に及ぶ過酷な掘削作業の末、巨大な穴の底に固い岩盤が露出した。
「よし、川から運んだ砕石を敷き詰めて突き固めろ! その上に型枠を組んで、ミキサーで練ったセメントを一気に流し込むぞ!!」
『プラントの命運は、この基礎の強度で全て決まる。上モノがどれだけ立派でも、足元が腐ってりゃ一瞬で倒壊するんだ』
郷田は自ら泥とコンクリートに塗れながら、アンカーボルトの位置をミリ単位で調整し、巨大な基礎の打設を完了させた。
「……ふぅ。とりあえず、第一段階クリアだな」
郷田は泥まみれの顔を拭い、夕日に照らされる巨大なコンクリートの塊を見下ろした。
カシャが水筒を差し出しながら、不思議そうに首を傾げる。
「郷田さん、これですぐに鉄の塔を立てるの?」
「いや。コンクリートが完全に化学反応を起こして、設計通りの強度(圧縮強度)を発揮するまでには、数週間の『養生期間』が必要なんだよ」
郷田はニヤリと笑い、切り開かれた広大な森と、帰り荷の木材を満載した貨物船を見遣った。
「その間に俺たちは、木材を切り出して帝都に送りつつ、次の資材が届くのを待つ。……秋まで続く、果てしない長期戦の始まりだぜ」
この日、大自然の真ん中に打ち込まれた巨大なコンクリートの楔は、やがて来る「鋼鉄の時代」の、揺るぎない土台となるのだった。




