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新大陸建国記 〜未開のアパラチア山脈から始まる世界蹂躙〜  作者: tky
第4章:天然のハイウェイと近代住居の誕生

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第57話:化学プラントの始まり

建国2年、冬。


帝都を流れるオハイオ川の船着き場に、帆を張った一隻目の専用タンカーが滑り込んできた。


「接岸! すぐにパイプを繋いで!」


船首に立ったカシャが、甲高くよく通る声で指示を飛ばす。


すでに岸で待機していた防衛部隊の若者たちが、手際よく太いパイプのジョイントをタンカーの油槽タンクへと接続した。

パイプのもう一端は、分厚いコンクリートで作られた地下貯蔵庫へと繋がっている。


「よし、逆ポンプ稼働! 地下タンクへ流し込め!」


カシャの合図とともに、陸に設置されたポンプのレバーが力強く上下され始める。

タンカーのタンク内に充満していた漆黒の原油が、パイプを通じて勢いよく地下貯蔵庫へと吸い出されていった。


「うわぁ……。船から直接、地面の下へ吸い込まれていくのか」


船着き場で作業を手伝っていた先住民の若者たちが、目に見えない管の中を流れる圧倒的な質量に畏敬の念を抱いていた。


石炭や木材であれば、大勢の人間が重い袋を背負い、足場を往復する過酷な「荷下ろし」が必要だ。

しかし流体である石油は、人間がレバーを動かすだけで、自ら勝手に目的の器へと移動していく。


カシャは、あっという間に吃水を上げて(軽く浮き上がって)いくタンカーを見つめ、目を輝かせた。


『すごい……。郷田さんたちが言う「物流」って、こういうことなんだ。無駄な力が一切かかってない』


「第一号タンク、空になりました!」


「よし、パイプ切り離し! この船は上流へ戻して! 次の船、入れ!」


完璧なピストン輸送のサイクルが、帝都のドックでも淀みなく回り始めた。


***


時を同じくして、ドックから少し離れた工業エリア。


巨大な耐火レンガで組まれた塔(分留塔)の前で、鬼頭陣がニヤリと笑った。


「来たぜ……。地下タンクからの供給ライン、バルブ開け!」


『ゴォォォォォォッ!!』


塔の下部に設けられた炉では、アパラチアの無煙炭が灼熱の炎を上げている。

そこへ、送油管を通じて原油が連続的に送り込まれた。


「ミカ! 塔の各段の温度はどうなってる!?」


「待って、鬼頭。……うん、匂いと音で分かるよ」


鬼頭の直属の弟子である青年・ミカが、分留塔から伸びる複数の抽出パイプに顔を近づけ、目を閉じてクンクンと匂いを嗅いだ。


エタノールを用いた低温用の温度計は作れても、水銀が手に入らないこの地では、350度を超える分留塔の高温を測る計器はまだ存在しない。

この世界において、ミカのバケモノじみた「嗅覚」と「聴覚」は、プラントの稼働状態を正確に読み取る最強のセンサーだった。


「一番下の段は、ドロドロに焦げ付くような重い匂いがしてる。温度は一番高いはずだ」


「よし。約350度。原油の大部分が気化した証拠だ」


鬼頭が満足げに頷き、図面を指差した。


「いいか、ミカ。原油ってのは、色んな成分が混ざったスープみたいなもんだ。熱して気化させたガスがこの高い塔の中を昇っていくと、上に行くほど温度が下がる」


鬼頭は、塔の上部から下部にかけて伸びる抽出パイプを順番に指で叩いた。


「冷やされたガスは、成分ごとに違う温度(沸点)で再び液体に戻る。一番低い温度で液体になるのが一番上で、高い温度で液体になるのが下だ。この性質を使って、混ざり合った原油から『欲しい成分』だけを別々に取り出すんだよ」


「なるほど……。混ざっているものを、温度の階段でバラバラにするんだね」


ミカが感心したように頷いた直後、塔の「一番上」のパイプから、ツンと鼻を突く強烈な匂いが漂ってきた。


「……鬼頭。一番上から出てる気体、すごくツンとする。吸い込むと頭がクラクラしそうだし、なんだか『危ない匂い』がするよ」


ミカの警告に、鬼頭の目が鋭く光った。


「さすがだな、ミカ。そいつは『ガソリン』だ」


鬼頭は、一番上の抽出パイプから漏れ出る透明な液体を、ガラス瓶に少しだけ受け止めた。


「沸点が一番低くて、常温でもどんどん揮発する。……だが、引火性が高すぎて、今の俺たちの技術で作るエンジンには危険すぎて使えねえ。下手すりゃエンジンごと爆発する。こいつは一旦、溶剤か爆弾の材料として別保管だ」


鬼頭は手早くガソリンの抽出バルブを調整し、安全なタンクへ逃がした。


「じゃあ、本命はどれなの?」


「こいつだよ」


鬼頭がバルブを開いたのは、塔の『中段』にあたるパイプだった。


『チョロチョロ……トクトクトクトク……!』


そこから流れ出してきたのは、わずかに黄色みがかった、透き通るような美しい液体だった。


「おお……」


ミカが目を輝かせる。ガソリンほど攻撃的な匂いではなく、どこか油本来の重みを持った、安定した香りがする。


「こいつが『軽油』。そしてその一つ上から出るのが『灯油』だ。軽油こそが、真野の野郎が血眼になって作っている『ディーゼルエンジン』を叩き起こす、極上のメシ(燃料)だ」


さらに鬼頭は、下段のパイプを開く。

そこからは、ドス黒く粘り気のある「重油」が流れ出した。


「こいつは船や巨大なボイラーを燃やすのに使える。そして、気化せずに塔の一番底に残る真っ黒なヘドロが『アスファルト』だ。捨てる部分は一つもねえ」


「凄い……! ただの黒くて臭い水が、魔法みたいに別々の役に立つ水に変わった!」


ミカは、次々と抽出されていく成分を前に、化学という学問の恐ろしいほどの万能さに心を奪われていた。


***


数時間後。


九条と東が、分留塔の稼働状況を視察に訪れた。

油田現場で寝泊まりして陣頭指揮を執っている郷田に代わり、東が帝都側のインフラ管理を担っている。


「順調そうだな、鬼頭」


九条が、タンクに溜まっていく美しい琥珀色の軽油を見下ろし、満足そうに頷く。


「ああ。ミカの鼻のおかげで、温度管理は完璧だ。極上の軽油がジャンジャン取れてるぜ」


「一番底に溜まったアスファルトはどうする?」


東が気怠げに尋ねると、鬼頭はニヤリと笑った。


「とりあえず、工場の裏に掘った『粘土張りの巨大なプール』に流し込んでおく。アスファルトは常温になれば勝手にカチカチに固まるからな。容器なんて要らねえ。使う時にツルハシで砕いて熱すればいい」


鬼頭が親指で工場の裏手を指差すと、東は満足げに口角を上げた。


「……なるほどな。それなら保管コストはゼロだ」


東は、真っ黒なヘドロが流れ込むプールを見つめた。


「アスファルトに砂利と砂を混ぜて熱すれば、泥だらけの未舗装路を『完全な全天候型・舗装道路』にアップグレードできる。車輪の摩擦抵抗が激減すれば、俺が夢見る『完全自動物流ネットワーク』に一歩近づくからな」


九条は、稼働し続ける分留塔を見上げ、静かに息を吐いた。


「エネルギーの血液は、見事に全身へ行き渡った。……あとは、『心臓』だけだな」


彼らの視線は、帝都の奥深くにある工房――真野巧がマザーマシンとともに引きこもっている、金属加工の聖地へと向けられていた。

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