第54話:地質学のチートと「黒い血」の探求
建国2年、冬。
帝都から数キロ離れた、オハイオ川の支流沿い。
木々が切り開かれた雪景色の中に、高さ10メートルを超える「木組みの巨大な櫓」がそびえ立っていた。
『ドスンッ!!……ドスンッ!!』
櫓の頂上から吊るされた巨大な「鉄のノミ(掘削ビット)」が、幾度も幾度も地面に叩きつけられ、大地を震わせている。
滑車式クレーンを応用した『衝撃式掘削(ケーブル・ツール工法)』である。
「いいぞ! 真野が削り出した鋼管だ、何十回叩きつけてもビクともしねえ!」
泥と雪にまみれた郷田剛が、深い穴に吸い込まれていく太い鉄のパイプを見つめながら、獰猛な笑みを浮かべた。
「郷田さん! 落とす高さを、もうちょい上げますか!?」
櫓の中腹で、クレーンの太いロープを束ねた滑車機構を操りながら、活発な女性・カシャが大声で尋ねる。
彼女の空間把握能力と滑車操作のセンスは、今や帝国の土木工事において完全に不可欠なものとなっていた。
「ああ! 遠慮はいらねえ、限界まで引き上げてから一気に落とせ!」
「了解です! みんな、タイミング合わせて引くよ!」
カシャの号令とともに、屈強な先住民の労働者たちが一斉にロープを引く。
重さ数百キロの掘削ビットが引き上げられ、一気に落下して岩盤を打ち砕く。
***
「郷田さん。……先ほどから、引き上げられた泥の性質が変わってきました」
櫓の足元で、砕かれた岩の破片を採取していた青年・カヤが、冷静な声で報告した。
彼は地層と岩石の種類を見分けることに異常な執着と才能を持っており、今では郷田の右腕として「地質調査」の全権を担っている。
郷田はカヤが差し出したバケツの中の泥を手に取り、指先でこすり合わせた。
「……粒子が細かくて、水を通さない泥岩(頁岩)だな」
郷田がニヤリと笑う。
「ビンゴだ。ついに『蓋』にぶち当たったぞ」
「蓋、ですか?」
カヤが不思議そうに首を傾げた。
現代の地質学を知らない彼にとって、なぜ郷田が「この川沿いの地下を掘れば、燃える黒い水(石油)が出る」と断言できるのか、全く理解できていなかった。
「そうだ。いいか、カヤ。地面の下の地層ってのは、平らじゃねえ。波のようにグニャグニャと曲がってるんだ」
郷田は雪の上に木の枝で、波打つ地層の断面図を描いた。
「石油やガスは、水よりも軽い。だから、地中深くで作られた石油は、水に押し上げられてどんどん上へ向かって移動していく」
郷田は、波打つ地層の『山になっている部分』を丸で囲んだ。
「上へ向かった石油は、水を通さない硬い岩の層にぶち当たると、それ以上は進めず、この『地層の山の頂上(背斜構造)』に大量に溜まることになる。これが油田だ」
カヤは郷田の描いた図と、目の前のボーリング櫓を交互に見比べた。
「つまり……この場所の地下が、その『山の頂上』になっていると?」
「その通りだ。お前と一緒にこの辺りの崖や川岸の地層の傾きを調べ尽くした。その結果、この場所の地下に巨大なドーム状の溜まり場(背斜)があると完全に特定したんだよ」
郷田はバケツの中の泥岩をポンッと放り捨てた。
「それに、川の表面に、油膜が浮いてる場所があっただろ?」
「はい。嫌な匂いのする、虹色に光る水たまりがありました」
「あれは、地下の油が隙間から漏れ出してる証拠だ。……この足元には、間違いなく世界を変える『黒い血』が眠ってる」
郷田の瞳に、エンジニアとしての強烈な野心と狂気が宿っていた。
カヤもまた、郷田が読み解いた「大地の法則(地質学)」の美しさに、背筋がゾクゾクとするような興奮を覚えていた。
***
『ドスンッ!!……ドスンッ!!』
掘削作業は昼夜を問わず続けられた。
数日後。
地下数十メートルの硬い岩盤を打ち砕き続けていた時だった。
『……ガキンッ!!』
櫓の頂上から吊るされたロープが、フッと不自然にたるんだ。
「郷田さん! ビットの抵抗が消えました! 何も無い空間に抜けました!」
上で操作していたカシャが、ロープの張力の変化を敏感に感じ取り、叫んだ。
「抜けたか……! よし、全員作業ストップ! ロープを固定しろ!!」
郷田が叫んだ直後。
地中深くから、まるで巨大な獣が唸るような、不気味な重低音が響いてきた。
『ゴゴゴゴゴゴゴッ……!!』
足元の地面が微かに震える。
同時に、掘削パイプの隙間から、ツンと鼻を突く「強烈なガスと硫黄の匂い」が吹き出してきた。
「この匂い……! 来るぞ!」
郷田の顔色が変わる。
「全員、櫓から離れろ! カシャも降りろ! そして絶対に火を点けるな!!」
郷田の怒声に、カシャやカヤ、労働者たちが慌てて櫓から飛び退き、雪の中を走って距離を取った。
『ゴゴゴゴゴ……シュゴォォォォォォッ!!』
地鳴りはさらに大きくなり、パイプの中で「液体が凄まじい勢いで上がってくる音」が明確に聞こえ始めた。
何千万年もの間、分厚い岩盤の下で超高圧に圧縮されていた「黒い血」が、郷田たちが空けた一本のパイプという逃げ道を見つけ、一気に解放されようとしていた。
「見とけよ……。これが、帝国を次の次元へ引き上げる『最強のエネルギー』だ」
郷田が息を呑んで見つめる先で、パイプの先端から、噴出の兆候である泥水が勢いよく吹き上がり始めていた。




