第50話:夜の宴と、惹かれ合う男女
建国2年、秋の夜。
帝都の中央広場には、幾つもの巨大な焚き火が焚かれていた。
パチパチと爆ぜる炎の周りで、800人を超える先住民たちが、これまでにない異様な熱気と興奮に包まれていた。
「Uri! Mujiwi, Mene!」(ウリ! ムジウィ、メネ!:凄い! 皆、飲め!)
「Koko, Sukote! Uri!」(ココ、スコテ! ウリ!:ここ、火! 良い!)
若者たちが陶器のカップを掲げ、顔を真っ赤にして叫んでいる。
鬼頭と冴島が造り上げた、アルコール度数60パーセント超の密造酒。
初めて「純度の高いアルコール」を摂取した彼らの脳髄は、過酷な肉体労働の疲労から完全に解放され、強烈な多幸感と弛緩状態にあった。
打楽器のリズムが鳴り響き、男も女も入り乱れて踊り狂う。
部族間の言葉の違いや、これまでのわだかまりなど、暴力的な『酔い』の前では完全に溶けて消え去っていた。
「アカンな、こりゃ。完全にラリっとるわ」
広場の端で、真野巧が自ら削り出した木のジョッキを傾けながら、呆れたように笑った。
「まあええか。俺らも、ずっと張り詰めっぱなしやったからな」
真野はそう呟き、強烈な酒を喉の奥へ流し込んだ。
***
一方、広場の中心近くにある一番大きな焚き火のそば。
インフラ開発の要である郷田剛は、かつてない『包囲網』の中にいた。
「Goda! Mitusi, Uri!」(ゴウダ! ミツシ、ウリ!:郷田! ご飯、美味しい!)
宴の仕切り役であり、誰よりも社交的な女性・ルルが、こんがりと焼けた鹿肉の塊を郷田の口元へと運んでくる。
「お、おう……サンキューな、ルル。もぐもぐ……美味え!」
郷田が鹿肉を頬張ると、今度は背中を『バシィッ!』と力強く叩かれた。
「Goda, Mene!」(ゴウダ、メネ!:郷田、飲め!)
振り返ると、豪快な笑い声を上げる大柄な女性・ティオが、なみなみと酒が注がれたカップを差し出していた。
彼女の明るさと度胸は、他の女性たちからも慕われる「肝っ玉母さん」のような存在だ。
「っはは! 痛えなティオ! よし、飲もうぜ!」
郷田が酒をあおると、今度はそっと袖を引かれた。
「Goda... Mubi...」(ゴウダ… ムビ…:郷田… 水…)
見れば、控えめで心優しいヘマが、強すぎる酒を和らげるための「水」を入れた水筒を差し出している。
彼女はいつも、無理をして前線で指揮を執る郷田の体調を気遣ってくれていた。
「Niya, Goda, Aroka, Uri.」(ニヤ、ゴウダ、アロカ、ウリ。:私、郷田の、仕事、好き。)
さらに、いつも笑顔の絶えない働き者のソラが、郷田の腕にギュッと抱き着いてきた。
『……おいおいおい。なんだこれ。俺の人生で、こんなモテ期が来るなんて聞いてねえぞ……!』
郷田は顔を真っ赤にしながら、頭を抱えた。
彼が成し遂げた、水路の開通、コンクリートの要塞、暖かく頑丈な家屋。
地形すら書き換えるその圧倒的な「土木の力」は、自然環境の脅威に晒され続けてきた先住民の女性たちにとって、最も分かりやすい『絶対的な豊かさと安全の象徴』だったのだ。
郷田はボロボロになった単語帳を取り出し、必死に言葉を探した。
「ええと……お前ら、ありがとう、は……」
「Niya, Kira, Mujiwi Uri!」(ニヤ、キラ、ムジウィ ウリ!:私、あなた、全部 好き!)
ルルが単語帳をパタンと閉じさせ、満面の笑みで郷田の頬にキスをした。
それを合図にしたように、ティオ、ヘマ、ソラ、そして断熱材を提案したミナや、クレーン操作の天才カシャまでもが、郷田の周りに集まり、楽しそうに笑い合った。
***
その光景を少し離れた場所から見ていた東航平が、深くため息をついた。
「郷田の野郎、完全にハーレムじゃねえか。まあ、あいつが一番体張ってインフラ作ってるからな」
そうぼやく東の背中を、ふわりと柔らかい手が揉みほぐしていた。
「Azuma, Uri?」(アズマ、ウリ?:東、良い?)
マッサージが得意な癒やし系の女性・セラが、東の肩の凝りを丁寧に解している。
「あー……そこそこ。最高だわ……」
東がだらしなく目を細めていると、料理の天才であるリナが、綺麗に盛り付けられた果実と燻製肉を持ってきた。
さらに、生活全般を完璧にマネジメントする包容力のある女性・マヤが、東の乱れた服の襟を優しく直す。
『……最高だ。俺がキーボード以外触らないで済む世界が、ついに完成しつつある』
東は、彼女たちに完全に養われているような心地よさに、静かに目を閉じた。
***
医療テントの近くでは、冴島陸が神経質そうに白衣のポケットに手を入れていた。
「Saejima, Mene.」(サエジマ、メネ。:冴島、飲め。)
ベテラン看護師長のシラが、落ち着いた微笑みとともに、薄めた果実酒を差し出す。
その背後では、薬草知識に長けたルミと、若く明るいミファが、冴島の指示した衛生管理のメモを熱心に復唱していた。
『……まったく。少し薬学を教えただけで、神様のように崇められるのは困るな』
冴島は内心で毒づきながらも、シラから受け取った酒を口に運んだ。
彼ら医療チームは、血の滲むような死闘を共に乗り越えた『戦友』としての強い絆で結ばれていた。
一方の鬼頭陣は、広場のど真ん中で、部族一の女戦士であるカーラや、弓の達人ナミたちと、車座になって豪快な飲み比べを行っていた。
「ガハハ! お前ら、女にしておくには惜しいくらい良いガッツしてやがる!」
「Kito! Mujiwi, Mene!」(キトウ! ムジウィ、メネ!:鬼頭! 全部、飲め!)
鬼頭の危険な匂いと圧倒的な強さに惹かれた『強い女たち』が、彼を囲んで大笑いしている。
火薬の管理を担う真面目なゼナが、火の粉が飛ばないようにハラハラしながら彼らを見守っていた。
***
高台の本部棟から、その狂熱の宴を見下ろしていた九条蓮が、冷徹な瞳を細めた。
「完璧な『化学反応』だな。アルコールという潤滑油が、我々と彼らの間にある見えない壁を完全に破壊した」
九条の背後に立つアナヒータが、静かに同意する。
「はい、蓮様。今夜を境に、各部族の女性たちから、郷田様たちへの正式な『婚姻の申し出』が相次ぐことになるでしょう。これは単なる男女の情ではありません。絶対的な庇護者との『血の同盟』を求める、彼女たちの生存戦略でもあります」
アナヒータの流暢な日本語による分析に、九条は小さく頷いた。
「それでいい。むしろ、望むところだ。俺たち6人の遺伝子と知識を受け継ぐ『第二世代』が生まれれば、それはこの帝国にとって最強のシステム(強固な基盤)となる」
九条は、眼下で笑い合う郷田たちと女性たちを見つめた。
「恐らく、俺たちは遠い未来から来た、異邦人のバグだった。だが今夜から……俺たちは本当の意味で、この大地に根を張る」
冷徹なプロデューサーの目から、わずかに『一人の男』としての温かな光が漏れた。
こうして、狂熱の宴をきっかけに建国メンバーと先住民の女性たちが結ばれ、巨大な家族の歴史が幕を開けたのである。




