第51話:新たな才能(チャパとミカ)の発掘
建国2年、晩秋。
巨大要塞の建設が一段落し、帝都には穏やかな活気が満ちていた。
狂熱の宴を経て、建国メンバーと先住民たちの距離は劇的に縮まっていた。
そして何より、彼らの間にあった「言語の壁」が完全に消滅しつつあった。
「おう、そこの木材はもうちょい右だ! ああ、そうだ! 完璧じゃねえか!」
「了解だ、郷田! 任せておけ!」
建設現場で、郷田剛が泥だらけの単語帳を見ることなく、若者たちへ的確な指示を飛ばしている。
若者たちもまた、何の淀みもなく郷田の言葉を理解し、笑い合っていた。
この数ヶ月の濃密な交流と、夜な夜なベッドを共にした妻たちとの会話は、彼らの語学力を限界まで引き上げた。
6人の脳内で、現地の言葉は完全に『日本語の感覚』として同期し、翻訳のタイムラグすら消え去っていた。
これ以降、彼らが現地語を話す際、母語である日本語を話すのと同じ思考速度で、高度な意思疎通が可能になったのである。
***
木工と金属加工を担う、真野巧の工房。
真野は水力ハンマーの稼働音を聞きながら、図面の修正に没頭していた。
『さて、そろそろ本格的な「工作機械」の設計に入らんとアカンな。今のヤスリがけじゃ、精度に限界がある』
彼がふと息を吐き、休憩がてら工房の外へ目を向けた時だった。
広場の隅で、防衛部隊の非番の若者たちが焚き火を囲んで談笑している。
しかし、その中の一人の青年だけが、会話に入ることなく、黙々と手元の「木片」をいじっていた。
青年の名前は『チャパ』。
体線が細く、狩りや力仕事はあまり得意ではない、少し大人しい性格の若者だ。
「……なんや、あいつ?」
真野が近づいていくと、チャパの膝の上には、奇妙な形に削られた小さな木片の集合体があった。
チャパが木の棒を指先で弾く。
すると、噛み合わされた別の木の歯車が回り、さらにその先に取り付けられた木の腕(リンク機構)がパタパタと上下に動いた。
「!?」
真野は目を見開き、思わずチャパの手元を覗き込んだ。
「おい、チャパ。そのオモチャ……お前が作ったんか?」
真野が流暢な現地語(今はもう彼にとって日本語と同義だ)で話しかけると、チャパはビクッと肩を震わせた。
「ま、真野さん……。ごめんなさい、仕事の邪魔をするつもりは……」
「ちゃうちゃう! 怒ってへんわ! それ、見せてみい!」
真野が半ばひったくるようにその木彫りを受け取り、様々な角度から観察する。
『……嘘やろ。歯車の噛み合わせ(インボリュート曲線に近い形状)と、リンク機構による「円運動から直線運動への変換」を、完全な独学で作り上げとる……!』
チャパは現代の物理学も機械工学も知らない。
ただ、「木と木を組み合わせれば、力が伝わって面白い動きをする」という直感と好奇心だけで、この精巧なからくりを削り出したのだ。
「お前……これ、頭の中でどう動くか想像してから削ったんか?」
「え、ええ……。なんとなく、ここを丸く削って噛み合わせれば、隣の木も回るかなって……」
真野の背筋に、ゾクッとした悪寒にも似た歓喜が走った。
「チャパ。お前、明日から俺の工房に来い。狩りも土木工事もせんでええ」
「え? でも、僕は力がなくて……」
「力が要る作業は他の奴にやらせる。お前のその『頭ん中の空間認識能力』を、俺によこせ。俺が本物の『機械』の作り方を叩き込んだるわ!」
真野は獰猛な笑顔を浮かべ、チャパの細い肩をガッシリと掴んだ。
***
時を同じくして、工業エリアの奥にある「化学プラント(酒の醸造所)」。
鬼頭が、発酵中のトウモロコシの醪が入った巨大な樽を腕組みして睨んでいた。
『……くそっ、気温が下がってきたせいで酵母の動きが鈍いな。発酵のピークが読めねえ』
現代の設備なら、pHメーターや温度計、糖度計で一発で管理できる。
だがこの世界では、すべて人間の感覚と経験則で調整するしかなかった。
「おい、鬼頭」
背後から、ひょろりとした背格好の青年・ミカが声をかけてきた。
彼は冴島の農場を手伝っていたが、最近は酒造りの手伝いによく駆り出されていた。
「なんだ、ミカ。今忙しいんだよ」
「樽の中身、そろそろお湯を足して混ぜたほうがいいんじゃないか?」
「あぁ? なんでお前がそんなこと分かるんだ。昨日から見た目(ドロドロ具合)は変わってねえぞ」
鬼頭が怪訝な顔をすると、ミカは樽に顔を近づけ、クンクンと匂いを嗅いだ。
「見た目はそうだけど、匂いが昨日より『酸っぱく』なってる。それに、泡が弾ける音も、昨日より『低い』んだ。前回作ってた時は、こんな事は無かったから、このままだと、お酒にならないと思うよ」
ミカの言葉に、鬼頭の動きがピタリと止まった。
鬼頭は慌てて樽に顔を突っ込み、手で醪をすくって舐めてみる。
『……マジだ。わずかに乳酸菌の過剰発酵(酸敗)が始まりかけてやがる……!』
鬼頭は驚愕の目でミカを見つめた。
「お前……なんでそれが分かった? 匂いの違いなんて、俺でも気づかなかったレベルだぞ」
「なんでって言われても……。昔から、森の果実の熟し具合とか、毒キノコの微かな匂いの違いが、なんとなく分かるんだよね」
ミカは不思議そうに首を傾げた。
鬼頭は、背筋に電流が走るのを感じた。
『こいつ、pHメーターもガス検知器もないこの世界で、人間の五感(嗅覚・味覚・聴覚)だけで、微細な【化学変化】の限界点を見極めやがった。バケモノ級の観察眼だ』
「おい、ミカ。お前、冴島の畑仕事はもうやらなくていい」
「えっ? クビってこと?」
「違う。今日からお前は、俺の直属の弟子(R&D)だ。酒造りだけじゃねえ。もっとヤバくて面白い『魔法(化学)』の調合を、全部お前に仕込んでやる」
鬼頭は、狂気を孕んだ笑みを浮かべ、ミカの背中をバンバンと力強く叩いた。
***
その日の夜。
本部棟の大きなオンドルの部屋に、建国メンバーと、彼らが見出した「次世代のエリートたち」が集結していた。
九条の隣には、完璧な秘書として立ち回るアナヒータ。
冴島の傍らには、農学の知識をメキメキと吸収しているニカン。
郷田の背後には、地層の読みを完全にマスターしたカヤ。
そして今日、真野の横には少し緊張した様子のチャパが、鬼頭の横にはマイペースなミカが座っていた。
「揃ったな」
九条が、深い満足感を湛えた瞳で彼らを見回した。
「言葉の壁がなくなり、我々の知識を100パーセントの解像度で彼らにダウンロードできる環境が整った。そして、各分野のスペシャリスト(お前たち)の目から見ても、本物の『原石』と呼べる連中をピックアップできたわけだ」
九条の言葉に、真野と鬼頭がニヤリと笑う。
「ああ。チャパの空間認識能力はバケモノだ。こいつに図面の引き方と数学を教えれば、俺の右腕以上の働きをするぜ」
「ミカの五感もヤバい。化学プラントの安全管理と品質チェックは、こいつの『鼻』があれば万全だ」
九条は立ち上がり、壁に掛けられた巨大なアメリカ大陸の地図を指差した。
「今夜をもって、帝国の頭脳となる『R&D(研究開発)チーム』の基礎が完成した。彼らは、我々の技術を受け継ぎ、この国を次のフェーズへと押し上げる最強のエンジンとなる」
九条の冷徹な声が、部屋の空気を引き締める。
「サバイバルは終わった。基礎インフラも整った。ここから先は、彼らR&Dチームの力も使い……世界をひっくり返す『圧倒的な機械と動力の時代』へ突入するぞ」
燃え盛るオンドルの炎に照らされ、帝国は本格的な産業革命の第二段階へと足を踏み入れようとしていた。




