第48話:魔法の石(セメント)と住環境の劇的向上
建国2年、秋。
帝都の一角に設けられた工業エリアから、モクモクと黒煙が立ち上っていた。
「すげえ火力だぜ。アパラチアの無煙炭様々だな」
鬼頭陣が、耐火レンガで組まれた巨大な反射炉の前で、汗を拭いながら獰猛な笑みを浮かべた。
炉の中では、水運で大量に運び込まれた「石灰岩」と「粘土」が、石炭の圧倒的な熱量によってドロドロに焼成されている。
やがて冷やされてゴツゴツとした黒い塊になったそれを、水力ハンマーが轟音と共に粉々に打ち砕いていく。
「よし、これで『セメント』の量産体制は完璧だ。あとは任せたぜ、郷田!」
「おう! 最高のバトンを受け取ったぜ!」
郷田剛は、粉状になった大量のセメントを前に、ボロボロの単語帳を握りしめながら大声を上げた。
彼の目の前には、帝国標準語の教育を受け、すっかり統率が取れるようになった数百人の先住民(労働者)たちが整列している。
「Aroka! Seni, Mubi, Mujiwi!」(アロカ! セニ、ムビ、ムジウィ!:仕事! 石、水、全部!)
郷田が片言の現地語で指示を出すと、若者たちが一斉に動き出した。
セメントの粉に、川からすくった砂と砂利(骨材)、そして水を加え、巨大な木箱の中で力強くかき混ぜていく。
「Uri! Uri!」(ウリ! ウリ!:よし!よし!)
郷田がうなずく。
ドロドロの灰色の泥が完成した。
現代の魔法の建築素材、『コンクリート』である。
最初は「なぜ泥を作るのか」と不思議そうにしていた先住民たちも、数日前に流し込んだこの泥が、一晩で「巨大な一枚岩」のようにガチガチに固まったのを見て、すっかり腰を抜かしていた。
今や彼らにとって、郷田は地形を変え、石を生み出す「大地の精霊」にも等しい存在になりつつあった。
***
帝都の中央、全人口を収容するための「巨大要塞」の建設現場。
「Niya! Pita!」(ニヤ! ピタ!:私! 引く!)
カシャの甲高く通る声が響き渡った。
『ギギギギギッ……!』
彼女の的確な指揮のもと、先住民の若者たちが一糸乱れぬ動きでロープを引く。
真野が作った滑車式クレーンが回転し、ドロドロのコンクリートがたっぷりと入った巨大な木樽が、地上数メートルの高台へとふわりと持ち上がった。
「Tari! Nipaa!」(タリ! ニパ!:そこ! 止まれ!)
カシャが合図を出すと、樽がピタリと空中で停止する。
上で待ち構えていた作業員たちが樽を傾け、組まれた木製の型枠の中へとコンクリートを一気に流し込んだ。
『すげえな、あのカシャって娘……。空間把握能力が高すぎる。完全にクレーンを自分の手足みたいに使いこなしてやがる』
下から見上げていた郷田は、思わず感嘆の息を漏らした。
本来なら、数百キロのコンクリートを高所へ運ぶだけで、足場を組み、何十人もの人間が背負って登るという地獄の労力が必要だった。
それが、カシャの天才的なクレーン操作のおかげで、信じられないほどのハイペースで「現場打ち」が進んでいく。
「Uri! Kasha, Uri!」(ウリ! カシャ、ウリ!:よし! カシャ、凄い!)
郷田が親指を立てて大声で褒めると、カシャは満面の笑みでロープを力強く引いてみせた。
***
巨大要塞の建設と並行して、一般家屋のモルタル補強も急ピッチで進められていた。
木の枝を曲げて作った伝統的な家屋の外壁と内壁に、砂とセメントを混ぜた「モルタル」を塗りたくり、冬の隙間風を防ぐための処置である。
「よし、こっちの列は順調だな。次は……っと」
郷田が単語帳をパラパラとめくりながら次の現場へ向かおうとした時だった。
「Goda! Goda!」(ゴウダ! ゴウダ!)
服の袖をちょいちょいと引っ張られ、郷田が振り返る。
そこにいたのは、村の女性たちの中でも一際手先が器用で、いつも見事な刺繍や裁縫をしていた「ミナ」だった。
控えめで大人しい性格の彼女だが、その目は真剣な光を帯びていた。
「どうした、ミナ? トラブルか?」
郷田が尋ねると、ミナは足元に置かれた「モルタルを塗る前の、木の骨組み」を指差した。
そして、抱えていた「乾燥した草」と「細かく刻んだ動物の毛皮」を、木の骨組みの『隙間』にたっぷりと詰め込み始めた。
「Goda. Koko, Maskik, Mujiwi.」(ゴウダ。ココ、マスキク、ムジウィ。:郷田。ここ、草、全部。)
彼女は草を詰め込んだ後、その上からモルタル(泥)を塗るジェスチャーをした。
「Uri. Uri?」(ウリ。ウリ?:良い。良い?)
ミナは首を傾げ、郷田の顔を上目遣いで見つめる。
郷田は目を見開き、雷に打たれたように立ち尽くした。
『……マジかよ。こいつ、壁と壁の間に空気の層と繊維を閉じ込める【断熱材】の概念を、自力で思いつきやがった……!』
伝統的なウィグワムは、ただ皮を被せるだけ。
郷田たちのモルタル塗りは、風を防ぎ頑丈にはなるが、コンクリートやモルタル自体は「熱を伝えやすい」ため、極寒の冬には壁そのものが氷のように冷たくなる欠点があった。
ミナは日々の裁縫の経験から、「服の中にフワフワしたものを詰めれば暖かくなる」という法則を、建築の壁に応用しようと提案してきたのだ。
「すげえぞ、ミナ! 大正解だ! お前、天才かよ!」
郷田は興奮のあまり日本語で叫び、ミナの両肩をガシッと掴んだ。
「Uri! Mina, Wuri! Aroka!」(ウリ! ミナ、ウリ! アロカ!:よし! ミナ、凄い! 仕事だ!)
郷田が親指を突き立てて満面の笑みで褒め称えると、ミナは顔を真っ赤にして嬉しそうに頷き、すぐさま他の女性たちを集めて断熱材の充填作業を指揮し始めた。
『カシャといい、ミナといい……この部族の女たちは、環境に適応するセンスがバケモノ揃いだな』
郷田は、頼もしく働く彼女たちの背中を見つめながら、どこか誇らしい気持ちになっていた。
***
数週間後。
初雪が舞い散る中、九条とアナヒータが高台から帝都を見下ろしていた。
「見事なものだ」
九条が冷徹な瞳で、眼下に広がる光景を捉える。
そこには、滑車と水運がもたらした大量の資材で作られた、堅牢なコンクリートの中央要塞。
そして、ミナの断熱アイデアを取り入れ、モルタルで白く綺麗にコーティングされた数百棟の一般家屋が整然と並んでいた。
各家屋の煙突からは、オンドルで燃やされる石炭の白い煙が、生命の息吹のように立ち上っている。
「蓮様のシステムと、郷田様たちの力が合わさった結果です。これで、この冬は誰一人凍えることはありません」
アナヒータが、完璧な日本語で静かに微笑む。
「ああ。ハコモノ(インフラ)と住環境は劇的に向上した。圧倒的な『暖かさと安全』は、彼らの中に帝国への絶対的な忠誠(信仰)を植え付ける」
九条はコートの襟を立て、小さく鼻で笑った。
「凍死の恐怖が消えれば、次は『余剰』が生まれる。人間の欲求のフェーズが変わるぞ」
冬の足音が本格化する中、アメリカ帝国はかつてないほどの豊かさと安全を手に入れ、次なる「文化的な爆発」への助走を開始していた。




