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新大陸建国記 〜未開のアパラチア山脈から始まる世界蹂躙〜  作者: tky
第4章:天然のハイウェイと近代住居の誕生

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第46話:急激な人口流入と「人間のソフトウェア」のアップデート

建国2年、夏。


うだるような熱波が、切り開かれたばかりの帝都を覆っていた。


春先の青銅砲による圧倒的な蹂躙と、その後の冷徹な降伏勧告。


武力と経済による絶対的な庇護を求めて、アベナキ族の生き残りや周辺の小部族が、次々と帝都へと押し寄せていた。


その結果、当初は数十人規模だったオンドル拠点の人口は、わずか数ヶ月で「約800人」へと膨れ上がっていた。


***


「……次。そこ、列を乱すな!」


冴島陸は、白衣の袖をまくり上げながら、苛立ち交じりに声を張った。


彼は植物紙を綴じた「手製の単語帳」をパラパラと素早くめくり、該当するページに目を落とす。


この数ヶ月、単語帳と首っ引きで第一村の言葉(帝国標準語)を学習してきたおかげで、冴島の発音自体はかなり流暢になってきていた。


しかし、次々と押し寄せる異なる部族の人間たちを前に、とっさに出るのは、やはり単語の羅列だった。


「Matta! Tari, Peho!」(マッタ! タリ、ペホ!:ダメだ! そこで、待て!)


冴島が声を張り上げるが、彼の目の前には、腹を押さえてうずくまる者、謎の湿疹を掻きむしる者など、見知らぬ部族の人間たちが長蛇の列を作っている。


「Niya! Niya Mitusi!」(ニヤ! ニヤ ミツシ!:俺だ! 俺が食う!)


「Matta! Kira, Nipaa!」(マッタ! キラ、ニパ!:ダメだ! お前は、止まれ!)


配給と診察の列への割り込みを巡って、言葉の異なる部族間で小競り合いが始まった。


『……くそっ、言葉が通じないってのは本当に厄介だ。「感染症」や「衛生観念」という言葉自体が、あいつらの言語システムに存在しない』


冴島は内心で悪態をつきながら、ひたいの汗を拭った。


異なる文化、異なる言語を持つ先住民たちが、この狭い居住区に密集したのだ。


タラックたち最初の村人たちには、少しずつ衛生のルールを教えてきたが、新しく来た連中は違う。


川の上流で平気で排泄を行い、そのすぐ下流で水を飲むような連中である。


手洗いの習慣すらない。


水系感染による小規模な疫病の発生は、冴島からすれば火を見るより明らかだった。


即席の隔離テントへ患者を押し込み、ヤナギの樹皮の煎じ薬を処方する。


患者の一人が、茶色い液体を不審そうに嗅いでいた。


『ええと、「飲む」は……これだな』


冴島はポケットの単語帳を指でなぞり、冷ややかな視線で患者を射抜いた。


「Mene. Kira, Mujiwi Mene. Wuri.」(メネ。キラ、ムジウィ メネ。ウリ。:飲め。お前、全部飲め。良くなる。)


「さっさと飲め。お前らの祈祷師の胡散臭い踊りより、こっちの化学物質(サリチル酸)の方が確実に効くんだよ」


後半の日本語は彼らには通じていないはずだが、冴島の凄みのある冷気だけは伝わったのか、患者は渋々薬を飲み込んだ。


***


一方、建設現場でも絶望的な混乱が起きていた。


「バカ野郎! Aroka! Kira, Aroka Matta!」(アロカ! キラ、アロカ マッタ!:仕事! お前、仕事終わってない!)


郷田剛の怒号が、夏の空に響き渡る。


彼の手にも、泥と汗でボロボロになった単語帳が握りしめられていた。


来るべき冬の寒波とハリケーンに備え、全人口を収容するための「巨大な中央要塞」と「既存家屋のモルタル補強」のプロジェクトが始動していた。


しかし、肝心の労働力となる新住民たちが、全く思い通りに動かない。


「Kusakameku! Mubi?」(クサカメク! ムビ?:重い! 水は?)


汗だくになった若者が、勝手に木材を放り出して日陰へ向おうとする。


「ああっ、もう! どこ行くんだよ! Matta! Tari, Peho!」(マッタ! タリ、ペホ!:ダメだ! そこで、待て!)


郷田が身振り手振りで止めようとする。


『くそっ、「基礎のコンクリートが固まるまで動かすな」って現地語でどう言うんだ! そもそも単語帳に載ってねえ!』


知っている単語を必死に並べる郷田だが、他部族の若者は不思議そうな顔をして首を傾げるだけだった。


「アカンな、こりゃ」


木陰で水力旋盤の図面を引いていた真野巧が、呆れたようにため息をついた。


建国事業が進むにつれ、彼の中の標準語という「取り繕い」はとうに消え去り、自然体の関西弁に戻っていた。


「剛、お前もだいぶ単語で指示出せるようになってきたけどな。部族が違うと、そもそも言葉のニュアンスが通じへんのや。それに『定時に働いて定時に休む』っちゅう概念が、あいつらの頭には無いんやから」


「そんなこと分かってるよ!」


郷田は頭を抱え、地面に広げた図面を睨みつけた。


「タラックたちの言葉なら、『Aroka』(アロカ:仕事)って言えば通じるようにはなってきた。だが、新しく来た連中は言葉が違うから、全体の工程管理の概念が伝えられねえんだ! このまま冬までにハコモノ(インフラ)を完成させなきゃ、新たに増えた200人は凍死するかもしれないんだぞ!」


物理的な資材はある。労働力としての「人数」もいる。


建国メンバー側の語学力も、単語帳があれば何とか意思疎通できるレベルにまで成長してきた。


だが、多種多様な部族が入り乱れたことで、それを有機的に動かすための「共通の言語基盤」が、致命的に欠如していた。


***


その夜。


オンドルが完備された本部棟(旧拠点)に、建国メンバー6人が集められた。


「処理落ちだ。完全にメモリがパンクしてるぞ」


東航平が、床に寝転がったまま気怠げに言い放つ。


「俺たちも、毎日単語帳と睨めっこして、ようやく現地の言葉を片言じゃなく話せるようになってきたってのにさ……。新しく来た連中は言葉も常識も違いすぎる。このままじゃ、インフラを作る前に社会システムがクラッシュするぜ」


「笑えねえな」


鬼頭陣が、黒色火薬の詰まった小袋を弄りながら鼻で笑った。


「片言の単語で『撃つぞ』って脅せば言うことは聞くが、言葉の通じない連中が800人も密集してりゃ、そのうち暴動が起きるぜ。いっそ火薬で吹き飛ばして、管理できる数まで減らすか?」


「バカなことを言うな。彼らは我々の帝国を支える重要な労働力であり、将来の『市民』だ」


静かに、だが冷徹な響きを持った声が、部屋の空気を一変させた。


九条蓮である。


彼は壁に掲げられた巨大なガントチャート(工程表)を見つめながら、ゆっくりと振り返った。


「冴島の言う通り、衛生観念の欠如はバイオハザードを引き起こす。郷田の言う通り、労働の概念がなければインフラは建たない。そして何より、部族ごとに違う言葉を話していては、我々の指示が末端まで行き届かない」


九条の目が、冷たい光を帯びる。


「我々は致命的な見落としをしていた。ハコモノ(インフラ)をどれだけ拡張しようと、その中で動く『人間のソフトウェア』がバラバラの規格では、国というシステムは崩壊する」


『ソフトウェア、か』


郷田が唸る。


「要するに、あいつらの中身を『一つの規格』に統一するってことか?」


「その通りだ。他部族の言葉はすべて廃止する。我々が最初に接触し、言語解析を終えた『タラックたちの言葉』を、これより【帝国標準語】として制定する」


九条は頷き、傍らに控えていた美しい少女へ視線を向けた。


「アナヒータ」


「はい、蓮様」


九条とのコミュニケーションを通じて日本語を完璧にマスターし、さらに第一村の言葉を「ローマ字」の規則に当てはめる文字システムをも理解した第一秘書、アナヒータだった。


「明日から、全住民を対象とした『帝国式・義務教育プロトコル』を強制実行する。我々が現地語を覚えるのと同じように、彼らにも帝国標準語とローマ字を叩き込め。責任者はお前だ」


「承知いたしました。すべては、完璧なシステムの構築のために」


アナヒータは、九条への絶対的な忠誠と、飛び抜けた知性を宿した瞳で、深く一礼した。


***


翌朝。


居住区の中央広場に、800人の先住民が集められた。


彼らの前には高い演台が組まれ、九条とアナヒータが立っている。


周囲には、真野が作り上げた凶悪な特製クロスボウを持った治安維持部隊が睨みを効かせていた。


九条は一切の感情を交えず、帝国標準語で語りかけた。


単語帳を頼る他のメンバーとは違う。自ら音を解析し、構造を理解した九条の発音と文法は、既に完璧なレベルに到達していた。


「Kurisuta, Mujiwi.」(クリスタ、ムジウィ。:聞け、全ての者よ。)


ざわついていた広場が、九条の静かで圧力のある声によって、水を打ったように静まり返る。


「Niya, Kujo. Kira, Wiguwamu, Mitusi, Mubi, Mujiwi Wuri.」(ニヤ、クジョウ。キラ、ウィグワム、ミツシ、ムビ、ムジウィ ウリ。:私は九条。お前たちに、家と、食糧と、水を、全て良くしてやる。)


他部族の者たちも、その威圧感と、身振り手振りで示される絶対的な自信に息を呑んだ。


「Matta, Kira, Kujo Ruewakan.」(マッタ、キラ、クジョウ ルエワカン。:だが、お前たちは、私の言葉を話せ。)


九条が顎をしゃくると、アナヒータが一歩前へ出た。


彼女の後ろには、東が漉いた植物紙の巨大な模造紙が掲げられている。


そこには、黒々と『A・I・U・E・O』の文字が書かれていた。


「Kuei! Niya Anahiita!」(クエイ! ニヤ アナヒータ!:こんにちは! 私はアナヒータ!)


彼女のよく通る声が響く。


「Kesa, Kira Teikoku Ruewakan Nukata. Matta Nukata, Kira Wuri Aki Machia.」(ケサ、キラ テイコク ルエワカン ヌカタ。マッタ ヌカタ、キラ ウリ アキ マチア。:今日から、お前たちは帝国のルールと言葉を学べ。従わない者は、この豊かで安全な土地から追放する。)


プロトコルの第一段階は【徹底した検疫と衛生管理】だった。


入国者は全員、冴島の指示で煮沸された石鹸水で体を洗い、髪を切られ、シラたち看護師によってシラミや病気のチェックを受けた。


拒否する者は、鬼頭の部隊によって容赦無くつまみ出された。


第二段階は【帝国標準語とローマ字の教育】。


毎晩、労働の後に広場に集められ、石板と木炭を使って「A・I・U・E・O」の母音から始まるローマ字の読み書きを徹底的に叩き込まれる。


異なる部族同士の会話は、自らの母語ではなく、九条たちが制定した「帝国標準語(ローマ字化された共通語)」を使うことが強制された。


そして第三段階、これが最も彼らの精神を改造した。


【時計を用いた時間管理】である。


広場の中央に、真野が削り出した巨大な「水時計」が設置された。


カンッ! カンッ! カンッ!


定刻になると、金属の鐘が鳴らされる。


最初は戸惑っていた先住民たちも、鐘の音に従って一斉に働き、一斉に食事を摂るという「均質なリズム」に組み込まれていく。


それは、自然と共に生きてきた彼らから野性を奪い、言葉を統一させ、巨大な歯車の一部へと作り変える、恐るべきプロセスだった。


***


数週間後。


九条は、要塞の足場の上から、広場を見下ろしていた。


鐘の音が鳴り響く。


すると、あちこちで休んでいた数百人の労働者たち(元は異なる部族の集まり)が、一糸乱れぬ動きで立ち上がり、郷田の指示に従って自分の持ち場へと戻っていく。


「Uri! Konkuriito, Aroka!」(ウリ! コンクリート、アロカ!:ヨシ! コンクリート、作業しろ!)


郷田が単語帳を見ながら大声で指示を出す。コンクリートという概念は新出の造語としてそのまま使われていた。


「Uri!」(ウリ!:ヨシ!)


労働者たちも、力強く帝国標準語で応じる。


異なる部族間の諍いは消滅し、全員が同じ服を着て、同じ言葉を話し、同じ時間に働き、同じ釜の飯(配給)を食う。


「見事なモンだな、九条」


隣に立った郷田が、満足そうに腕を組んで笑った。彼の手にはまだ単語帳が握られているが、ページをめくる回数は劇的に減っていた。


「あいつら、見違えるようにキビキビ動くようになったぜ。言葉が統一されたおかげで、俺の片言の指示でも確実に伝わる。基礎工事のペースが倍になった」


「当然だ」


九条は表情を変えず、冷徹な目で眼下の群衆を見つめ続けた。


「彼らの脳内に、帝国という名のOSオペレーティング・システムを強制インストールしたんだ。言葉というインフラが整えば、統治は劇的に容易になる」


九条の隣で、アナヒータが誇らしげに微笑んでいる。


「人間の均質化は完了した。これで我々も、気兼ねなく次のフェーズに進める」


九条は、遠くオハイオ川の水面を見つめ、次なる「ハコモノ」の展開へと既に思考をシフトさせていた。


「この800人の労働力と統一された言語基盤を使って、一気に物流を支配するぞ」

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