第45話:敗者の吸収と巨大土木工事の再動
血と泥、そして強烈な硝煙の匂いが立ち込める戦場跡。
丸腰のままゲートをくぐり抜け、平伏する二百人以上のアベナキの戦士たちの前に立った九条蓮は、見下ろすようにして冷たい声を放った。
「Siki saku (シキ サク=顔を上げろ)」
九条の流暢な現地語の響きに、ガタガタと震えながら、アベナキの戦士たちが恐る恐る顔を上げた。彼らの目には、もはや戦意の欠片もなく、ただ「圧倒的な神」を見るような畏怖と絶望だけが満ちていた。
先頭で平伏していた戦士長――かつての獰猛な顔つきは見る影もなく、恐怖で頬を引きつらせた大柄な男が、震える声で言葉を絞り出した。
「Sanke Manito...! Nila puku, nila puku...! (サンケ マニト…! ニラ プク、ニラ プク…!=恐ろしい神よ…! 命だけはお助けを…! 我らはあなたの奴隷となります…!)」
戦士長の言葉を聞き、九条はフッと冷酷な笑みを浮かべた。
「Mata puku. Nila sanke... uli sanke (マタ プク。ニラ サンケ… ウリ サンケ=奴隷ではない。俺が求めているのは、有益な『労働力』だ)」
九条は、戦士長の前に歩み寄り、その震える肩に手を置いた。
「Nila sanke uli, kiluwa michi, uli uli (ニラ サンケ ウリ、キルワ ミチ、ウリ ウリ=俺たちの『法』に従い働くのであれば、お前たちの命は保障し、飢えも凍えもない『豊かな暮らし』を約束しよう)」
戦士長は信じられないものを見る目で九条を見上げた。
勝者は敗者を殺すか、すべてを奪い尽くすのがこの森の掟だ。だが、この得体の知れない存在は、「法に従えば豊かさを与える」と言っている。
「Api... (アピ…=だが、もし反逆すれば――)」
九条が背後の高台――白煙を上げる青銅砲を指差す。
「Kute Manito, kiluwa musi mata! (クテ マニト、キルワ ムシ マタ!=あの『雷の神』が、一瞬でお前たち全員を肉塊に変える!)」
「Hii!! Urito! Urito!! (ヒィィッ!! ウリト! ウリト!!=は、はいぃぃぃぃッ!! 従います!!)」
戦士長をはじめとする二百人の屈強な戦士たちは、再び地に頭をすりつけ、九条への絶対の服従を誓った。
「よし、交渉(OSの書き換え)は完了だ。……冴島、郷田! すぐに事後処理にかかれ!」
九条が背後へ鋭く指示を飛ばす。
「分かってる。この気温とはいえ、大量の死体と肉片を放置すれば、猛獣を引き寄せるだけでなく、深刻な感染症の温床になるからな」
冴島陸が、白衣の袖をまくり上げながらゲートから出てきた。
「生きてる奴は助ける。労働力は一人でも多い方がいい。……おい、そこのデカブツ(戦士長)!」
冴島は戦士長を指差し、単語帳で叩き込んだ言葉を、片言で放った。
「Kiluwa, eku, mata, kute! (キルワ、エク、マタ、クテ!=お前ら、集める、死んだ奴、火!) Aui, pisa, nila! (アウイ、ピサ、ニラ!=痛い奴、来る、俺のところ!)」
冴島の単語を並べただけの指示に、アベナキの戦士たちは恐怖に震えながらも立ち上がり、つい先ほどまで仲間だった者たちの遺体の回収と、重傷者の搬送という『最初の労働』に強制的に従事させられることとなった。
ここに、周辺一帯を恐怖で支配していたアベナキ族は、完全に九条の『帝国』の労働力として吸収されたのである。
***
「よし、これで労働力のボトルネックは完全に解消されたな」
居住区の中央広場。遺体処理と怪我人のトリアージが落ち着いた後、九条は建国メンバーたちを集め、今後のロードマップを再確認していた。
二百人の屈強な男たちの加入。これは、彼らのインフラ構築スピードを劇的に加速させる「カンフル剤」に他ならなかった。
「郷田。お前の出番だ」
九条の視線を受け、郷田剛は獰猛な笑みを浮かべて太い腕を組んだ。
「おうよ。これだけの『土方パワー』が手に入ったんだ。……ちまちました家作りなんかじゃ終わらねぇぞ」
郷田は、木の板に描かれた周辺の地形図――冬の間に、彼自身がアナログな測量器具(水準器とメジャー代わりの縄)と己の足を使って地道に書き上げた、精緻な等高線図のデータを指差した。
「まずは、この居住区から川までの『道』を整備する。今は獣道を歩いてるが、これからは手押し車を使って大量の物資を輸送しなきゃならねぇ。幅三メートル、ぬかるまないように砂利を敷き詰めた『舗装路』を作る」
「なるほど、ロジスティクスの強化か。確かに現状の獣道では、今後の大量生産・大量消費のフェーズには耐えられない」
九条が頷く。
「それだけじゃねぇ」
郷田の目が、狂気じみた土木屋の光を帯びる。
「真野が高台で回してる『水車』。あいつのバイパス水路をさらに拡張し、村全体に『上水道』を引く。東の野郎が作ったガチャポンプも便利だが、いちいち広場まで水を汲みに行くのはまだ『手作業』だ。俺は、各区画に自動で水が流れる『水路網』を張り巡らせてやる」
「……インフラの完全自動化か。いいだろう、やれ。アベナキの戦士たちは、お前の指示のもと、徹底的に土方として鍛え上げろ」
九条の許可が下りるや否や、郷田は広場に集められたアベナキの戦士たちのもとへ大股で歩き出した。
「Olah!! Puku! Nila bosu! (オラァッ!! プク! ニラ ボス!=おらァッ!! 動け! 俺、ボス!)」
郷田の片言の怒号と身振りに、アベナキの戦士たちはビクッと肩を震わせる。
「Urito haki, pata michi! (ウリト ハキ、パタ ミチ!=良い土仕事、たくさんメシ!) Api, mata puku, kabe nisa! (アピ、マタ プク、カベ ニサ!=だが、動かない奴、壁から落とす!)」
彼らは慌てて立ち上がり、渡された木と骨のシャベルや、真野が量産した鉄のツルハシを握りしめた。
かつて森を恐怖で支配した誇り高き戦士たちは、今日から、郷田の指揮下で泥だらけになって道を作る「土木作業員」へと強制クラスチェンジさせられたのだ。
***
「……ホンマに、無茶苦茶やりよるで」
高台の工房からその様子を見下ろしていた真野巧は、呆れたようにため息をつきながらも、自身の手は休むことなく動かし続けていた。
工房の片隅では、ティオをはじめとする女性たちが、猛烈なスピードで糸車を回している。 彼女たちが紡いだ糸は、真野が作り上げた『水力織機』に次々とセットされ、ガチャン、シャコン!というリズミカルな機械音と共に、あっという間に「分厚く丈夫な布」へと変貌していく。
「これで、春の衣替えと作業着の生産ラインは完全に追いついた。……あとは……」
真野の視線の先には、すでに図面が完成している『巨大な炉』と、『蒸気機関』のパーツ群があった。
「水力だけやない。天候に左右されん、絶対的な『火力』と『圧力』……。俺たちの産業革命は、まだ始まったばっかりやぞ」
職人の瞳に、狂おしいほどの熱が宿る。
敗者を吸収し、労働力を倍増させた「帝国」。
大量の死と絶望を糧にして、彼らのオーバーテクノロジーによる自然界への蹂躙は、さらにその速度と規模を増していく。




