第44話:火器による一方的な蹂躙と戦意喪失
チロチロと燃え進む導火線の火花が、青銅砲の火門(点火口)へと吸い込まれた。
「さぁ、拝みな! 科学と火薬の神様をな!!」
鬼頭陣が狂気の笑みを浮かべながら後方へと飛び退く。
一瞬の、静寂。
そして――。
――ズドゴォォォォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
天地を根底からひっくり返すような、凄まじい大轟音。
高台に設置された青銅砲の砲口から、目も眩むような強烈な閃光と、大量の白煙が爆発的に噴き出した。
反作用の凄まじい運動エネルギーによって、数百キロの重量を持つ大砲本体が、砲架の車輪を軋ませながら数メートルも後方へと跳ね下がる。
放たれたのは、真野が削り出したソフトボール大の重厚な「鉄球」。
それは音速を超えるスピードで大気を切り裂き、有刺鉄線の手前で身動きが取れず「密集陣形(団子)」となっていたアベナキの戦士たちのど真ん中へと、一直線に突き刺さった。
***
『...Keku...? (…ケク…?=…な…なんだ…?)』
アベナキの戦士長は、後方から自軍の突撃を見守っていた。
だが、彼の視界で起きた出来事は、彼の脳の処理能力を完全に超えていた。
『...Keku pisa...? (…ケク ピサ…?=…今、何が起きた…?)』
落雷のような轟音が響いた直後。
前衛にいた数十人の屈強な戦士たちの体が、まるで『見えない巨大な丸太』で薙ぎ払われたかのように、一瞬にして空高く弾き飛ばされたのだ。
「Gyaaaa!! (ギャアァァァァァァッッ!!!)」
「Wiyo! Nila wiyo!! (ウィヨ! ニラ ウィヨ!!=腕が! 俺の腕がァッ!!)」
鉄球は、最初の数人の胴体を物理的に粉砕した後も運動エネルギーを失わず、密集した人間の肉と骨をボウリングのピンのように跳ね飛ばし、砕きながら、真っ直ぐに陣形を貫通していった。
戦士長は、自分の顔に生温かい液体が降り注いだのを感じた。
手で拭うと、それは真っ赤な血だった。数秒前まで雄叫びを上げていた副官の、上半身から先が完全に消失していた。
「Hiiii!! (ひ、ひぃぃぃぃぃッ!!)」
圧倒的なパニックが、残されたアベナキの戦士たちを支配した。
彼らは森の最強の捕食者であり、弓や槍による殺し合いには慣れ親しんでいた。だが、「光と轟音と共に、仲間が一瞬で肉塊に変わる」という現象は、彼らの常識の範疇にない『神の怒り』にしか見えなかった。
「Nisa! Manito! Kabe sota, seki Manito pisa!! (ニサ! マニト! カベ ソタ、セキ マニト ピサ!!=助けてくれ! 悪魔だ! 壁の向こうに、恐ろしい悪魔がいるぞ!!)」
「Puku! Saku puku!! (プク! サク プク!!=逃げろ! 森へ逃げろォォッ!)」
有刺鉄線から無理やり体を剥がそうとしてさらに肉を裂かれる者。
武器を放り出し、我先にと背を向けて逃げ出そうとする者。だが、密集しすぎた上に背後にも味方がいるため、逃げることすらままならない。
三百人で来襲した精鋭部隊は、逆茂木や鉄条網、そしてたった一発の砲弾によって数十人の犠牲を出し、残された約二百人の戦士たちはただただ震えるだけの烏合の衆へと成り下がっていた。
***
「…………」
高台の砲台陣地。
立ち込めていた硝煙が冬の風に流され、双眼鏡で着弾点の様子を確認した鬼頭の顔から、スッと血の気が引いた。
「……おいおい、マジかよ。大砲の威力ってのは……人間相手だと、ここまでエグいのかよ」
先ほどまでの軍人としての狂熱は消え失せ、彼の声には明らかな動揺が混じっていた。目に見える景色は、遠目でも分かるほど原型を留めない「血と肉片の道」だったからだ。
「……アカンな」
真野巧もまた、熱を持った青銅砲に手を置いたまま、顔を青ざめさせていた。
「図面の上での『計算』とか『運動エネルギー』と……実際の『肉』がミンチになる光景は、別モンや……。俺は、とんでもないバケモンを作ってもうた……」
兵器としての完成度を追求した技術者たちも、いざ生身の人間が物理的に粉砕される現実の惨状を前にしては、現代日本人の倫理観と生理的嫌悪感に引き戻され、絶句するしかなかった。
「……次弾は、必要ないな。制圧完了だ」
レンガ壁の中央から、九条蓮の冷徹な声が響いた。
彼だけは、眼下の地獄絵図を見ても眉一つ動かさず、ただ結果だけを論理的に評価していた。
「鬼頭、真野。お前たちの作った『暴力』は、彼らの心(OS)を根底から書き換えた」
九条の視線の先。
防衛線の手前では、パニックになって逃げ惑っていた約二百人の生き残りのアベナキ戦士たちが、もはや逃げることすら諦め、泥と血にまみれた地面に両膝をつき、ガタガタと震えながら壁に向かって平伏していた。
中には、恐怖のあまり失禁し、狂ったように許しを乞う祈りの言葉を叫んでいる者もいる。
***
『...Kujo musi, sanke Manito pisa... (…クジョウ ムシ、サンケ マニト ピサ…=…クジョウたちは、やっぱり人間の姿をした神様なんだ…)』
壁の上で槍を構えていたタラックたち村の若者たちは、信じられないものを見る目で、眼下の惨状を見下ろしていた。
彼らは、一度も槍を振るっていない。
ただ壁の上に立っていただけで、周辺一帯の部族が震え上がる最強のアベナキ戦士団が、血の海の中で土下座をしているのだ。
タラックは、震える手で持っていた石槍をそっと地面に置いた。
武力で戦う時代は終わったのだと、彼の本能が完全に理解していた。
「見事な結果だ。……冴島、怪我人は出たか?」
九条が振り返り、後方に控えていた冴島陸に尋ねる。
「ゼロだ。防衛線にすら触れさせていないんだから当然だろう。……向こうの肉片をかき集めて繋ぎ合わせろって言うなら、俺の専門外だがな」
冴島は白衣のポケットに手を突っ込んだまま、眼下の死体を見ても表情一つ変えずに肩をすくめた。
医者として人体の構造に精通している彼にとって、あれはただの「物理的に破損した有機物」に過ぎなかった。
「郷田。壁のゲートを開けろ」
九条は、眼下で平伏する二百人の群れを冷酷に見下ろしながら指示を出した。
「おいおい九条、マジかよ。まだ二百人残ってんだぞ? もし飛びかかってきたら……」
郷田剛が驚いたように眉をひそめる。
「構わん。獣の群れは、絶対的な『力の差』を理解すればすべて従う。……それに、これからの大規模インフラ工事を考えれば、二百人の屈強な『新しい労働力』は喉から手が出るほど欲しいからな」
九条の冷徹な瞳に、国家元首としての支配者の光が宿る。
彼は、震えるアベナキの戦士たちを「敵」としてではなく、自らの帝国を築き上げるための「人的資源」として値踏みしていた。
「さぁ、仕上げだ。この大陸のパワーバランスを、今日、完全に書き換えるぞ」
ギギギギギギッ……!!
郷田の合図と共に、重厚な丸太のゲートがゆっくりと引き上げられていく。
立ち込める硝煙と血の匂いの中、九条蓮は丸腰のまま、二百人の敵兵が平伏する戦場へと静かに足を踏み出した。
単なる生き残りのためのサバイバルは終わりを告げ、オーバーテクノロジーによる『アメリカ帝国』の建国が、今、全世界に向けて宣言されようとしていた。




