第43話:圧倒的防御と絶望の鉄条網
「ウラァァァァァァァァッ!!」
春の陽光が降り注ぐ中、新居住区の正面に広がる平野から、地鳴りのような雄叫びが響き渡った。
『アベナキ』。
周辺一帯の部族から最も恐れられる好戦的な略奪者たち。顔や体に赤い土で戦化粧を施し、石斧や骨の槍を掲げた三百人の屈強な戦士たちが、怒涛の勢いで防衛線へと突撃してきていた。
彼らもまた、タラックたち周辺部族と同じ言語体系(OS)を共有していたが、その発声は野獣のように低く、粗野で暴力的な訛りを帯びている。
彼らの目には、レンガ造りの高い壁も、その手前に掘られた塹壕も、単なる「少し厄介な障害物」程度にしか映っていない。
『Sanke pata pisa, kacha kabe musi maka! Kabe seki musi, nisa mata! (サンケ パタ ピサ、カチャ カベ ムシ マカ! カベ セキ ムシ、ニサ マタ!=これだけの大軍で押し寄せれば、どんな硬い壁(柵)だろうが数秒で踏み潰せる! 壁の上にいる怯えた奴らは、引きずり下ろして皆殺しだ!)』
先頭を走るアベナキの戦士長は、獰猛な笑みを浮かべていた。
豊かな食糧、暖かい家、そして女たち。すべては力ある者が奪い取るのが、この森の絶対の掟だ。
「Haki nisa puku! Kacha kabe, maka!! (ハキ ニサ プク! カチャ カベ、マカ!!=まずはあの堀へ飛び込め! 硬い壁(柵)を、ぶっ壊せ!!)」
戦士長が号令をかける。
先陣を切った数十人の戦士たちが、幅三メートルの堀に向かって一斉に跳躍した。
だが。
「……ギャアァァァァァッ!?」
「Gwaa! Sita, sita aui! (グワァッ! シタ、シタ アウイ!=足、足が痛い!)」
堀の中に着地しようとした戦士たちの悲鳴が、雄叫びをかき消した。
堀の底と斜面には、郷田剛が緻密な計算で打ち込んだ無数の丸太――『逆茂木』が、外側に向けて鋭い牙を剥いていたのだ。
着地の勢いそのままに、太ももや腹を丸太の先端で串刺しにされ、数十人の戦士が一瞬にして絶命、あるいは身動きが取れなくなる。
「Mata poni! Mata pisa sita, puku! (マタ ポニ! マタ ピサ シタ、プク!=止まるな! 死んだ奴を足場にして、走れ!)」
後続の戦士たちは仲間の死に動じることなく、逆茂木に刺さった仲間の体を足場にして、レンガ壁の手前にある高く盛られた土塁へと殺到した。
彼らの勢いは凄まじかった。
まさに数の暴力。
土塁の上に張り巡らされた「細い紐のようなもの」など、彼らの鍛え上げられた肉体と突進力の前には、蜘蛛の巣程度にしか見えなかった。
「Maka!! (マカ!!=突き破れェッ!!)」
数十人の戦士が、勢いよくその「細い紐」――幾重にも絡み合うように張られた『有刺鉄線』へと突っ込んだ。
そして、真の絶望が始まった。
「Keku yu!? Aui!? (ケク ユ!? アウイ!?=な、なんだこれ!? 痛ッ!?)」
「Mata pimei! Sanke aui! (マタ ピメイ! サンケ アウイ!=糸じゃない! 噛み付いてくるぞ!!)」
突っ込んだ戦士たちの皮膚や着衣に、真野が削り出した『鋼のトゲ』が深く、残酷に食い込んだ。
獣の皮の鎧など、水力鍛造ハンマーで叩き締められた鋼の鋭さの前には紙切れ同然だった。
「Puku! (プク!=クソッ、離れろ!)」
パニックに陥った戦士が、無理やり体を後退させようともがく。
だが、それが致命的な間違いだった。有刺鉄線は、もがけばもがくほど別のトゲが別の部位に引っ掛かり、肉を深く裂くように設計されている。
ブチッ、ビリィッ!
「Gyaaaa!! Wiyo, pitu wiyo aui!! (ギャアアアアアッ!! ウィヨ、ピトゥ ウィヨ アウイ!!=肉が、腕の肉が痛い(裂ける)!!)」
「Siki! Kacha siki aui!! (シキ! カチャ シキ アウイ!!=目が! 硬いトゲが目にィィッ!!)」
勢いよく突っ込んだ前衛の戦士たちは、自らの運動エネルギーによって全身をズタズタに切り裂かれ、鉄線の網の中でまるで蜘蛛に捕まった虫のように、不気味な姿勢で固定されてしまった。
「Keku! Puku puku!! (ケク! プク プク!!=な、何をしている! さっさと進め!!)」
後方から押し寄せる戦士長や後続の者たちは状況が理解できず、前で立ち止まっている仲間を力任せに前へと押し出した。
その凄まじい「圧力」が、さらに悲劇を加速させる。
「Mata tusu! Poni! Mata tusu!! (マタ トゥス! ポニ! マタ トゥス!!=押すな! やめろ! 押すなァァァッ!!)」
後ろからの力によって、最前列の戦士たちは有刺鉄線にさらに深く押し付けられ、トゲが内臓に達するほどの致命傷を負いながら絶命していった。
そして、彼らの死体が鉄線に絡みついたまま「血だるまの盾」となり、後続の突進を完全に物理的にストップさせてしまったのだ。
わずか数分の出来事だった。
三百人の怒涛の突撃は、防衛線にすら触れることなく、有刺鉄線の手前で完全に「団子状態」となって硬直した。
***
「ガハハハハハッ!! どうだ!! これが現代土木と極悪非道な職人の合わせ技、『絶対防御要塞』だ!!」
レンガ壁の上。
見下ろす郷田は、腕を組みながら腹の底から笑い声を上げていた。
「おいおい、木や土の壁を力任せに殴るつもりだったんだろうが、張り合いがねぇなぁ! 人間の筋肉じゃ、絶対にこの鉄条網は抜けねぇんだよ!」
郷田の隣で槍を構えていたタラックたち村の若者たちは、信じられない光景にただただ目を見開いていた。
『...Nila api mata. Abenaki sanke, musi aui mata... (…ニラ アピ マタ。アベナキ サンケ、ムシ アウイ マタ…=…僕たちはまだ武器を振っていない。それなのに、あの恐ろしいアベナキの戦士たちが、勝手に痛がって死んでいく…)』
タラックの手の震えは、恐怖からではなく、圧倒的な「畏敬」へと変わっていた。
自分たちが毎日泥だらけになって張っていた「チクチクする硬い糸」が、これほどまでに恐ろしい悪魔の罠だったとは。
「……見事なものだ」
壁の中央で、九条蓮が冷徹な瞳で眼下の惨状を観察していた。
『人間の本能は、未知の痛みと拘束に対して極度のパニックを起こす。有刺鉄線の真の恐ろしさは、物理的な足止めだけでなく、死体を絡め取ってバリケード化させ、敵の部隊を「密集陣形(団子)」に強制してしまうことにある』
九条の脳内で、戦況の推移が完全に数式として処理されていく。
「被害ゼロで、敵の進軍速度を完全にゼロにした。……インフラ(防御)の目的は十二分に達成されたな」
九条は振り返り、後方の高台――『砲台』へと視線を送った。
そこには、赤く塗られた手旗を持った鬼頭の姿があった。
「防御(盾)の仕事は終わりだ。……ここからは、お前たちの出番だぞ、狂人ども」
九条が右手を高く上げ、そして力強く振り下ろした。
***
「……フヒッ、フハハハハッ! お出ましだぜ、九条からの『GOサイン』だ」
高台の砲台陣地。
鬼頭陣は、双眼鏡から目を離し、狂気に満ちた笑いを漏らした。
彼の目の前には、朝日を浴びて冷たく輝く青銅の悪魔――全長一・五メートルの『前装式青銅砲』が鎮座している。
「おうおう、見事に団子になっとるわ。あれじゃあ戦士やのうて、ただの的やないかい」
砲身の横で、真野巧が油まみれの手でニヤリと笑った。
「有刺鉄線で足止めされ、逃げ場もなく密集した三百人の歩兵……。現代戦なら、榴弾砲の十字砲火で一瞬でミンチにする最高のシチュエーションだ」
鬼頭は砲身の後ろに回り込み、角度と照準を微調整する。
数百メートル先の敵の密集地帯が、恐ろしいほどの精度で照準器に収まった。
「真野! 火薬の装填は終わってんだろうな!」
「アホ! とっくにパンパンに詰め込んどるわ! 分厚い木栓も噛ませた。あとは火ィつけるだけや!」
真野が導火線に結びつけた麻紐を指差す。
その奥の砲身には、ソフトボール大の重厚な「鉄球」が、鬼頭の調合した特製黒色火薬と共に、爆発の瞬間を今か今かと待ちわびていた。
「さぁて、未開の野蛮人ども。授業の時間だ」
鬼頭の右手に握られた松明の炎が、風に煽られてチロチロと揺れる。
「俺たちがこれからどんな暴力を叩き込むのか、その身をもって味わいな」
鬼頭は一切の躊躇なく、松明の火を導火線へと押し当てた。
ジジジジジジッ……!!
死の火花が、青銅の筒の中へと猛スピードで吸い込まれていく。 圧倒的な防御によって身動きを封じられた敵に対し、今「絶対的な火力」による蹂躙が始まろうとしていた。




