第41話:有刺鉄線の量産と大砲の鋳造
建国2年、春。
長く過酷だった雪が溶け始め、新居住区の周囲には暖かな日差しと共に生命の息吹が戻りつつあった。
完成したばかりのレンガ造りの家屋は、オンドルの熱を完璧に逃さず、村人たちに「凍死の恐怖がない冬」を初めて経験させた。
だが、建国メンバーたちの顔に安堵の色はない。彼らの視線はすでに、春の訪れと共に活発化する「外部の脅威」へと向けられていた。
***
「……オラァッ! Ara pina! Sanke nubi maka! (もっと引っ張れ! 水の力に負けんなよ!)」
高台の工房から、真野巧の荒々しい怒号が響き渡る。
冬の間の徹底した言語学習とインフラ作業を通じ、建国メンバーたちはもはや単語の拾い読みではなく、現地の言葉を流暢な「作業用コマンド」として使いこなすようになっていた。
ゴォォォォッという水車の駆動音と共に、真野が新たに組み上げた『伸線機』が凄まじい音を立てて稼働していた。
炉で真っ赤に熱せられた細い鉄の棒が、徐々に穴の小さくなる鋼のダイス(金型)を次々と強引に通過させられていく。
ギギギギギギッ……!!
水車の暴力的なパワーによって引っ張られた鉄は、ダイスを通るたびに引き延ばされ、最終的には細く長い『鉄線』となって巻き取られていく。
「Urito! (よっしゃ、ええぞ!) Naha kausu! (次はトゲ付けや!)」
真野の流暢な指示で、チャパたち先住民の助手が、二本の鉄線を撚り合わせながら、一定間隔で短く切った別の鉄線を巻き付け、先端を鋭く斜めにカットしていく。
「Aui……! (痛っ……!)」 「アホ!Mata michi! (素手で触るな言うたやろ!) Tupi pakusai nisuku! (革の手袋せんかい!)」
指先から血を流した助手に現地語混じりで怒鳴りながらも、真野の口角は深く吊り上がっていた。
完成したのは、悪魔のようなトゲを無数に備えた鋼の紐――『有刺鉄線』のロールだ。
「ハッハァ! 大量生産の極みだな。相変わらず狂ったスピードで吐き出しやがる」
工房に顔を出した郷田剛が、巻き取られた有刺鉄線の山を見てニヤリと笑った。
「おう、土方ゴリラ。注文の品や、持ってけ。……ホンマ、あの熊の一件以来、九条の野郎も容赦のう『鉄条網要塞にしろ』とか言うてきよるからな。こっちは夜通しやで」
真野は額の汗を拭いながら、忌々しそうに、だがどこか嬉しそうに吐き捨てた。
郷田は革手袋をはめた手で有刺鉄線のロールを一つ担ぎ上げる。
その凶悪なトゲが革に食い込むのを感じながら、彼は目を細めた。
「こいつは最高だ。木や土の壁じゃ質量で押し切られるってなら、敵の運動エネルギーそのものを削ぎ落とす『絡みつく壁』を作ればいい。このトゲが服や肉に食い込めば、人間だろうが獣だろうが、二度と前には進めねぇ」
***
数日後。
居住区の外縁部では、郷田の指揮のもと、異様な光景が広がっていた。
「Pakamu hituku, pimu! (杭を互い違いに打て!) Mata pina, tari toku! (ピンと張るんじゃねぇぞ、わざとたわませて空間を作れ!)」
郷田のよどみない現地語の指示を受け、先住民の若者たちが丸太の支柱を次々と地面に打ち込んでいく。
そして、その支柱の間に、真野の工房から運ばれてきた『有刺鉄線』が幾重にも、幾何学的な模様を描くように張り巡らされていく。
「Keku yu... Kausu. (なんだ、これ……チクチクする)」
「Pimei...? Mata, kacha... (糸……? 違う、硬い……)」
タラックたち若者は、最初は細い鉄線を見て首を傾げていた。
だが、作業中にうっかり衣服や皮膚を引っ掛けた瞬間、その凶悪さに気づいて顔色を変えた。一度絡みつくと、もがけばもがくほどトゲが深く食い込み、肉を裂くのだ。
「……完成だな」
完成した防衛線を視察に訪れた九条蓮が、冷徹な声で呟いた。
外側から順に、
幅三メートルの『塹壕(堀)』。
内側に向けて鋭く尖った丸太を打ち込んだ『逆茂木』。
高く盛られた『土塁』。
そしてその上に、何十重にも複雑に絡み合うように張り巡らされた『有刺鉄線の柵』。
「物理的な多層防御の極致。これで、どれだけの質量や数が押し寄せようと、足止めは完璧に機能する」
九条の満足げな言葉に、郷田は太い腕を組んで頷いた。
「ああ。戦車でも持ってこねぇ限り、絶対に抜けねぇ鉄条網要塞の完成だ。……あとは、ここで足止めした敵を『粉砕する火力』だな」
「それは、あの狂人どもが今まさに仕上げている最中だ」
九条の視線は、再び高台の工房へと向けられた。
***
高台の工房のさらに奥、厳重に囲われた特設の作業場。
そこでは、真野と鬼頭陣が、異様な熱気の中で巨大な「土の塊」と対峙していた。
「……炉の温度は限界突破しとる。銅と錫の合金比率も完璧や。溶湯の準備はええで」
真野が、耐熱レンガで組まれた巨大な反射炉の中を見つめながら、鋭い声で告げる。
冬の間に、郷田の地質調査をもとに先住民たちを動員して採掘しておいた大量の銅鉱石と錫。
鉄を溶かして大砲を作るにはまだ炉の温度管理と技術的なハードルが高すぎたため、彼らは融点が低く、それでいて十分な強度を持つ『青銅』を砲身の素材に選んでいた。
二人の目の前には、砂と粘土を固めて作った巨大な筒状の鋳型が、垂直に立てられている。
「よし。俺の作った黒色火薬の爆発力(圧力)を、一方向に完全に指向させるための筒……。頼むぜ、真野のオッサン」
鬼頭の目が、軍人特有の極度の興奮に血走っている。
「アホ。誰に向かってモノ言うとんねん。肉厚の計算も、砲身内部の応力分散も、完璧に引いた図面通りや。……流すぞ!」
真野がテコを引き、炉の出湯口を開く。
ドロドロに溶けた黄金色の青銅が、眩い光と凄まじい熱線を放ちながら、土の鋳型へと注ぎ込まれていく。
ゴォォォォォッ……!!
「ハッハァ! いいぞ! 食え! 腹いっぱい飲ませてやれ!」
鬼頭が灼熱の飛沫を浴びるのも構わず、狂ったように笑い声を上げる。
溶けた金属が型を満たしていく。
それは、弓と槍しか存在しないこの未開の大地に、数世紀分の歴史を飛び越えた『破壊の化身』が産声を上げる瞬間だった。
「……あとは、じっくり数日かけて冷やして固めるだけや」
真野は出湯口を閉じ、ドッと床に座り込んだ。
その顔には、職人として極限の仕事を成し遂げた充足感が浮かんでいる。
「冬の間に仕込んどいた『弾』と『火薬』は腐るほどある。……春になれば、どこかの部族がこの豊かすぎる村の匂いを嗅ぎつけてやってくる可能性がある」
鬼頭は、まだ赤く発光している巨大な土の鋳型を愛おしそうに撫でた。
彼らの作り上げた鉄条網の絶対防衛線と、面で蹂躙する火砲。
それは、外部からの侵略者を、絶望のどん底へと叩き落とすための「悪魔の歓迎準備」であった。




