第38話:火薬の炸裂とプロの真骨頂
ジジジジジジッ……!!
鬼頭陣が点火した導火線の火花は、猛吹雪の中でも消えることなく、雪に埋もれたキルゾーンの中心へと吸い込まれていった。
三方を高いレンガ壁に囲まれ、背後を重厚な丸太のバリケードで塞がれた行き止まりの中庭。
そこに閉じ込められた数十頭の巨大狼たちは、足元で不気味な音を立てて進む「火花」に気づき、警戒するように低く唸り声を上げた。
だが、獣の知能ではそれが何を意味するのか理解できるはずもない。
彼らが「それ」の正体を知ったのは、まさに命が消し飛ぶその瞬間だった。
――ドゴォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!
夜の闇と吹雪を完全に吹き飛ばす、文字通り天地を揺るがす大爆発。
閃光と共に膨張した灼熱のガスが、竹筒の中に仕込まれていた大量の「鉄くず」や「鋭利な石」を、散弾のように周囲へ撒き散らした。
「ギャンッ!?」「キャインッ!!」
爆心地にいた数頭のマヒンガンは、悲鳴を上げる間もなく肉片となって四散した。
周囲にいた個体も、衝撃波と無数の破片を全身に浴びて深手を負い、血だるまとなって雪の上に転げ回る。
「……ッ!?!?!?」
壁の上で槍を構えていた先住民の若き戦士タラックは、あまりの轟音と閃光に腰を抜かし、壁の上でへたり込んだ。
鼓膜が破れんばかりの衝撃。冬の森を支配する無敵の怪物たちが、見たこともない「光と音の魔法」によって一瞬でゴミ屑のように吹き飛ばされたのだ。
「ア……アズマ、Manito(マニト=精霊の力、魔法)……?」
タラックは震える声で、近くにいた東航平に尋ねた。以前、広場で水を出したあの魔法と同じ類のものだと思ったのだ。
「あ? Mata(マタ=違う)だよ。魔法じゃねぇ、これは……Kute(クテ=火)と、Sanke(サンケ=力)だ」
東は耳を塞ぎながら、九条の単語帳の記憶を面倒くさそうに引っ張り出し、適当な現地語を繋げて答えた。
「ガハハハハッ!! どうよ、ウンコと灰から作った極上のスパイスの味は!!」
硝煙が立ち込める中、鬼頭は腹を抱えて狂ったように笑い声を上げていた。
彼の脳内には、火薬の燃焼速度、爆風の指向性、破片の拡散角度、そのすべてが「計算通り」に推移したことへの、技術者としての絶頂感だけがあった。
***
「ウォォォォンッ……!」
生き残った十数頭のマヒンガンたちは、完全にパニックに陥っていた。
群れの統率などとうに消え失せ、本能のままにこの「死の空間」から逃げ出そうと、垂直に切り立ったレンガ壁に向かって無我夢中で跳躍を繰り返す。
しかし、高さ四メートルの壁は、彼らの並外れた跳躍力をもってしても届かない。
「アカンな。ただの的当てゲームやないかい」
爆発の余韻が冷めやらぬ中、真野巧が壁の上に進み出た。
彼の手には、水力旋盤の完成によって極限の精度を与えられた、悪魔の武器『特製クロスボウ』が構えられていた。
「オイ、若いの! Naha(ナハ=次)のApi(アピ=弓)や! Pina(ピナ=引け)!」
真野の拙い現地語と手振りの指示を受け、助手の先住民の若者が、予備のクロスボウの弦にウィンチ(手回しの巻き上げ機)を引っ掛け、ギリギリと音を立てて引き絞る。
『人間の腕力じゃ到底引けねぇ、鋼の板バネの圧倒的な反発力。そして、水力旋盤で削り出したからこそ実現できた、暴発ゼロの精密なトリガーのシアー(引っ掛かり)』
真野は、狙いをすませて引き金を引いた。
――ドスゥゥゥンッ!!
空気を切り裂くような破擦音。
発射された太く短い鋼の矢は、人間の目では追えないほどの初速で撃ち出され、パニックになって壁をよじ登ろうとしていたマヒンガンの頭蓋骨を、硬い毛皮ごとあっさりと貫通した。
「ギャンッ……!」
狼の巨体が、糸の切れた操り人形のようにドサリと雪の上に崩れ落ちる。
装甲車すら貫く威力。
古代の森の生態系の頂点に立つ怪物が、ただの「柔らかい肉の的」に成り下がっていた。
「よっしゃ、次や! リロード遅れんなよ!」
真野は撃ち終わったクロスボウを助手に渡し、巻き上げが終わった二丁目のクロスボウを受け取る。
ウィンチを使った装填のタイムラグを、武器の「複数持ち」と「助手の分業」によって完全にカバーし、途切れることのない十字砲火を実現していた。
ドスゥン! ドスゥン! ドスゥン!
機械のように正確なリズムで、真野が矢を放つ。
そのたびに、壁の下で逃げ惑う巨大狼たちが、一頭、また一頭と確実に息絶えていく。
「……スゲェ……」
タラックたち先住民の若者たちは、自分たちの槍の出番など全くないことを悟り、ただ口を開けてその一方的な殺戮ショーを見下ろしていた。
彼らの部族において、マヒンガンとは何十人もの犠牲を出してようやく退けることができる「冬の災厄」だった。
それが今、鬼頭と真野という二人の男によって、まるであくびが出るような単調な「作業」として処理されているのだ。
***
「……終了、だな」
数分後。
レンガ壁の下の中庭には、完全に息絶えた数十頭のマヒンガンの死骸だけが転がっていた。
雪はどす黒い血で染まり、強烈な硝煙の匂いと、獣の血の匂いが混ざり合って鼻を突く。
「ふん。テストケースとしては上出来だが、少しあっけなかったな」
鬼頭は松明の火を消し、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「せやな。もうちょっと歯ごたえあるかと思っとったけど、これじゃあ俺のクロスボウの耐久テストにもならへんわ」
真野も、手持ち無沙汰になったクロスボウを肩に担ぎ、欠伸を噛み殺した。
圧倒的な技術の差がもたらす、残酷なまでの蹂躙劇。
彼らにとってこの防衛戦は、自然界の脅威を克服したというよりも、自分たちの作り上げた『インフラと軍事兵器の動作確認』でしかなかったのだ。
タラックは、無傷で戦いを終えた彼らの横顔を見つめながら、改めて心の底から戦慄していた。
『この人たちは、精霊の使いなんかじゃない。……もっと恐ろしい、森の理を根底から作り変えてしまう、別の世界の魔神だ』
だが、完全な勝利の余韻に浸りかけていたその時。
「……待て。何か、おかしいぞ」
ずっと沈黙を保っていた冴島陸が、雪の積もったレンガ壁の上から、キルゾーンのさらに奥――真っ暗な森の深淵をじっと見つめていた。
「風向きが変わった。……強烈な血の匂いと、火薬の音が、森の奥にまで届いちまったみたいだな」
冴島の言葉と同時に、猛吹雪の音を切り裂いて、地鳴りのような「重低音の咆哮」が響き渡った。
「ズガァァァァァァァァッッ!!!」
それは、先ほどのマヒンガンたちの遠吠えとは次元が違う、大気を震わせ、内臓を直接揺さぶるような圧倒的な質感を伴っていた。
暗闇の向こうから、巨大な木々をなぎ倒しながら「何か」が近づいてくる。
「……おいおい、マジかよ」
鬼頭の好戦的な笑みが消え、その顔に再び軍人としての極度の緊張感が走った。
吹雪の切れ間から姿を現したのは、倒れたマヒンガンたちすら丸呑みにできそうなほどの体躯を誇る、見たこともない『超巨大な熊』だった。
しかもその身体には、過去の戦いでつけられたと思われる無数の古い傷痕が刻まれ、片方の眼は白く濁り、そしてもう片方の眼は、強烈な血の匂いと空腹によって「完全な狂気」に染まっていた。
「……手負いの、バケモン熊か」
真野が再びクロスボウを構え直す。
圧倒的な勝利の空気は一瞬で吹き飛び、建国メンバーたちは、この世界が牙を剥く『本当の絶望』と対峙することになった。




