第34話:植物紙の仕込みと糸紡ぎの開始
建国元年、秋。
「……あー、もう! やってられっか! なんで俺がこんな肉体労働しなきゃなんねぇんだよ!!」
ガチャポンプの設置で、肉体労働から解放される気満々だった東は、新居住区の広場に設営された仮設テントの中で絶叫していた。
ドサッ、バサバサッ!
彼が忌々しそうにテーブルへ放り投げたのは、文字や記号がびっしりと炭で書き込まれた、何十枚もの「薄い木の板」や「樹皮」の束だった。
「手首と肩がイカれるわ! 人口データ、資材の在庫、日々のカロリー収支……扱うデータ量が爆発的に増えてるのに、記録メディアが木と石のまんまとか、マジでふざけてるだろ!」
東は髪を掻きむしりながら、向かいの席で涼しい顔をして木の板を眺めている九条蓮を睨みつけた。
「おい九条! メディアの物理的な重量が、俺のデータ処理速度のボトルネックになってるんだよ! わかるか!? 現代のITエンジニアに、メソポタミア文明の書記官みたいなマネさせんじゃねぇ!」
「落ち着け、東。お前の言いたいことは痛いほど分かる」
九条は東の怒りを受け流しつつ、板に書かれた在庫データを指先でトントンと叩いた。
「建国宣言で周辺の避難民も吸収し、人口が急激に膨らんでいる。データを正確にトラッキング(追跡)できなければ、冬を越す前にこの国は内政が崩壊する。情報管理は国家の生命線だ」
『とはいえ、東の言う通り記録媒体のアップデートは急務だな。インプットとアウトプットの物理コストが高すぎる』
九条が思案する間もなく、東はバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「だから作るんだよ! 『紙』をな! 軽くて、薄くて、情報量がアホみたいに詰め込める最強のインターフェースをよ!」
東の目に、特有の「サボるためならどんな労力も惜しまない」という狂った光が宿る。
「九条、交渉だ。俺に『労働力』をよこせ」
「労働力だと?」
「ああ。冴島と九条が『千歯扱き』を入れたおかげで、脱穀にかかりきりだった女たちの手が空いただろ? それに、俺の『ガチャポンプ』のおかげで、毎日往復してた水汲み部隊の女たちも丸々フリーになったはずだ」
東はニヤリと笑い、九条に顔を近づけた。
「その『余剰労働力』、全部俺の部署に回せ」
九条は少しの間東の目を見つめ、やがて満足げに口角を上げた。
「……いいだろう。技術によるタスクの自動化が、人材の流動性を生み出したわけだ。許可する。徹底的に使い倒せ」
***
その日の午後。新居住区から少し離れた、川沿いの湿地帯。
ガチャポンプで水汲み地獄から解放され、東を「魔法使い」のように崇拝しているティオをはじめとする十数人の女性たちが、不思議そうな顔で彼についてきていた。
『まずは素材の調達からだ。原材料がないと始まらねぇからな』
東は気怠そうに立ち止まると、群生している背の高い植物――麻や楮に似た、真っ直ぐに伸びる茎を持つ植物を指差した。
「おい、よく見とけよ」
当然言葉は通じないが、東が声をかけると女性たちは真剣な眼差しで彼の手元に注目した。
東は石のナイフで植物の根元を切り倒すと、茎をポキリと折り、外側の青臭い皮をツーッと剥ぎ取ってみせた。
そして、そのさらに内側にある、白くて筋張った薄い層だけを丁寧に剥ぎ取る。
東はその白い繊維を両手で持ち、力強く引っ張って見せた。
ピンッ、と張るが、簡単には千切れない。
「ほらな? この内側の丈夫な皮……『靭皮繊維』って言うんだが、こいつが最強の紙のベースになる。木の枝や外側の皮はゴミだ、要らねぇ」
東はティオを指差し、切り倒した別の茎を渡した。
そして、外側の皮を捨て、内側の繊維だけを残すようジェスチャーで促す。
ティオはコクリと頷き、見よう見まねで茎を折り、不器用ながらも白い繊維を引き出した。両手で引っ張ってみて、その異常な丈夫さに目を丸くする。
「おー、いいねいいね。飲み込みが早い。それが第一工程だ。……じゃあ、次は量の問題だ」
東は両手を広げ、川沿いに広がるその植物の群生エリア一帯をぐるりと指差した。
「あそこからあそこまで、全部刈り取って皮を剥げ。俺が求めるデータ容量を満たすには、山のような繊維が要る。徹底的に刈り尽くせ」
ジェスチャーと気迫で「とにかく全部やれ」という意図を伝えると、女性たちは楽しそうに頷き合い、凄まじい勢いで植物の採取と皮剥ぎ作業を開始した。
***
数時間後、広場に設営された作業用の仮設テント。
ティオたちが採取した、山のような『靭皮繊維』の束がドサリと置かれた。
「よし、上出来だ。次はこいつの不純物を抜く。単に水で煮るだけじゃダメだぞ、よーく見とけ」
東は、広場のかまどで大量に発生している「木灰」を両手ですくい上げ、ティオたちに見せつけた。
そして、水を張った大きな鍋の中にその灰をドサドサと放り込み、太い木の棒でグルグルとかき混ぜて見せる。
「ただの水じゃダメだ。この『灰』を混ぜた水で煮ることで、繊維の余計なカスが溶け出して柔らかくなるんだ。これが製紙のキモだからな」
言葉は通じないが、東が「灰を入れること」を指差して大げさに強調したため、ティオたちは『ただの湯ではなく、水と灰を混ぜて煮る』という重要な手順をしっかりと学習し、コクコクと頷き合った。
『植物の不純物は、アルカリ性の灰汁で煮込むことで溶け出す。これを教え込んどけば、明日からはあいつらだけで作業が完結するってわけだ』
「おい、ふくよかな姉ちゃん(ティオ)。さっき取ってきた繊維を、この灰汁の鍋にブチ込んで煮るんだ」
東がジェスチャーを交えて指示を出すと、女性たちは言われた通りに繊維を鍋に投入した。
数時間煮込んだ後、東はドロドロになった繊維を取り出し、今度はそれを川の浅瀬に沈め、流されないように石で重しをした。
「よし、これで『仕込み』は終わり。川の流れでアクと不純物を洗い流しながら、数日間放置(発酵・漂白)する」
東が両手をパンッと叩いて「終わり」の合図をすると、女性たちは「えっ、もう終わり?」というように目をパチクリとさせた。
「あ? なんだその目は。……まさか、仕事が足りないのか?」
東はため息をつくと、テントの裏から獣の毛(狩りで得たもの)や、秋に収穫して干しておいた麻のような植物繊維の山を運んできた。
そして、真野にあらかじめ作らせておいた「原始的な糸車」と「紡錘(コマのような道具)」を女性たちに配る。
東は紡錘の先に繊維を引っ掛け、コマをクルクルと回転させて、繊維を撚り合わせながら一本の細く強い『糸』にする手本を見せた。
「紙の仕込みをしてる間は、ひたすらコレだ。冬の防寒着を作るために、膨大な量の『糸』が要る。お前らの仕事は、今日からこの糸紡ぎだ」
女性たちは、バラバラの毛があっという間に丈夫な糸に変わる様子を見て、再び目を輝かせた。
彼女たちはすぐさま糸車と紡錘の前に座り込み、楽しそうにおしゃべりをしながら(言葉は分からないが)、驚異的なスピードで糸を紡ぎ始めた。
「……ふん。システムさえ構築しちまえば、あとは勝手に回るんだよ」
東は川辺の木陰にハンモックを吊るし、そこにゴロンと寝転がった。
『俺は管理者だ。実行は労働力がやってくれる。……あー、最高だぜ、異世界スローライフ』
ティオたちがせっせと働く音を子守唄に、東は深く目を閉じた。
***
同じ頃、高台の工房。
ゴォォォォォッ……!!
バイパス水路から流れ込む水が、巨大な水車を力強く回転させ続けている。
絶え間なく供給される莫大なエネルギーを背景に、真野巧は木屑にまみれながら、巨大な木枠の組み立てに没頭していた。
「あんなぁ、東のアホは糸紡がせて満足しとるみたいやけどな……」
真野は、削り出した木の歯車を噛み合わせながら、一人ごちる。
「いくら糸が山ほどあっても、それを手作業の機織り機で布にしとったら、一枚作るのに何日かかるねんちゅう話や」
『人間の手で、縦糸の間に横糸を通して、トントンやって……アホらしい。そんなチマチマしたスピードで、この増えまくった人口全員分の冬服なんか、間に合うわけがないんや』
真野の目は、水車と連動して高速回転する極太のシャフトに向けられていた。
「この有り余る『回転動力』……全部、機械の暴力的なスピードに変えたる」
彼が組み上げているのは、ただの機織り機ではない。
水車の回転エネルギーを、カムとクランクを使って「縦糸を上下させる直線運動」と「横糸を左右に弾き飛ばす往復運動」に変換する、悪魔のような自動機械――『水力織機』のフレームだった。
「ククッ……待っとれよ。お前らが手作業で紡いだ糸、俺の機械が一瞬で全部『布』にバケさせた上で……吐き出させたるわ」
真野の口から、職人としての底知れぬ狂気を孕んだ笑い声が漏れる。
手作業による前時代的な繊維産業は、真野の組み上げる巨大なカラクリによって、今まさに産業革命の洗礼を受けようとしていた。




