第30話:黒い岩が燃える日(動力革命への助走)
「アメリカ帝国」の建国宣言から一夜明けた朝。
オンドル拠点のさらに奥、川沿いの崖が崩れた一帯には、活気に満ちた異様な光景が広がっていた。
「おうおう! もっと掘れ! 表面の泥土を退かせば、あとは全部『お宝』だぞ! こいつが、お前たちの新しい家を創るんだ!」
郷田の野太い号令が響き渡る。
彼が指揮しているのは、タラックをはじめとする村の屈強な若者たち数十人だった。
彼らは重い石斧や、硬い木の棒を使い、斜面に剥き出しになった「真っ黒な地層」を懸命に削り落としている。
少し離れた場所では、郷田の意図を最も早く理解し、彼の背中を追いかけるようになった青年カヤが、泥だらけになりながら獣皮の袋に「黒い石」を次々と詰め込んでいた。
『……岩を掘って、どうするのだ? 我々は家を失った。新しい家を建てるための木を切り出すのではなく、なぜこんな汚れた石を集めるのだ?』
タラックたち村の若者たちの頭の中には、疑問符が浮かんでいた。
彼らにとって、土を掘るという行為は、家を建てるための平地作りか、せいぜい罠を仕掛ける程度の意味しか持たない。
ましてや、こんな薄汚れ、触れば手が真っ黒になるだけの脆い石を大量に集める理由など、見当もつかなかった。
だが、昨日「神の使い」たる彼らに絶対的な服従を誓った以上、誰も不満を口にする者はいなかった。
ただ黙々と、郷田の指示に従って黒い石の山を築き上げていく。
郷田はカヤの肩をバンバンと叩き、山積みになった黒い石の塊を見下ろしてニヤリと笑った。
「よし、第一陣はこんなもんでいいだろう。拠点に運ぶぞ!」
***
オンドル拠点の前の広場には、真野が石と粘土で組み上げた「特製の炉」が口を開けて待っていた。
真野は腕を組み、貧乏揺すりをしながら、今か今かと郷田の帰還を待ちわびていた。
「遅えな郷田の野郎。俺のハンマーを持つ手が疼いて仕方ねえってのに……」
「落ち着け真野。石炭が逃げるわけじゃない」
広場の木陰で、九条が石板に何やら計算式を書き込みながら冷ややかにたしなめる。
その横では、冴島と東、鬼頭も、それぞれの作業の手を止めて広場に集まってきていた。
やがて、郷田を先頭に、重い獣皮の袋を背負った若者たちが拠点へと登ってきた。
彼らは指示されるまま、炉の前に黒い石をドサドサと積み上げる。
それを見た真野の目の色が、獲物を見つけた肉食獣のようにギラリと変わった。
「……来たな。マジで質の良さそうな無煙炭だぜ」
真野は真っ黒な石の塊を一つ手に取り、うっとりとした目でその断面を撫でた。
周囲を取り囲むように見学していたアナヒータや長老ワパナキたち村人は、真野のその異様な執着ぶりに首を傾げていた。
「クジョウ様……。マノ様は、なぜあの汚れた石をあのように喜んでおられるのですか?」
アナヒータが、通訳の合間に不思議そうに九条に尋ねる。
九条は石板から顔を上げ、冷徹な瞳で炉を見据えた。
「昨日、約束したな。あの嵐にも吹き飛ばされない『強固な家』を、お前たち全員に与えると」はは
「はい。ですが、そのためには太い木が要るのでは……」
「木では不十分だ。我々の築く居住区は、土(粘土)を圧倒的な熱で焼き固めた『石』で組み上げる。だが、木を燃やして得られる熱(温度)には限界がある。木炭に加工して風を送っても、せいぜい千度から千二百度が関の山だ。それでは大量の建材を安定して焼くことも、その先にある『鉄』をドロドロに溶かすこともできない」
九条の言葉を、アナヒータは完全には理解できなかった。
『鉄』という概念自体が、この時代の彼らには存在しないからだ。
「……見ているがいい。あれが、新しい家を創り、世界を変える『新しい血』だ」
九条の視線の先で、真野が炉の中に枯れ草と細い木の枝を入れ、火打ち石で種火を作った。
パチパチと木が燃え上がり、火力が安定したところで、真野は郷田たちが運んできた「黒い石(石炭)」を、スコップ代わりの木の板で炉の中へ大量に放り込んだ。
そして、真野は自ら作った手動の「ふいご(獣皮で作った送風機)」を力強く押し引きし、炉の中に大量の空気を送り込み始めた。
ゴォォォォォォォォッ……!!
空気が送り込まれる音が響く。
最初は、ただモクモクと息苦しい煙が上がるだけだった。
タラックたち村人は、『やはりただの石だ。燃えるはずがない』と顔を見合わせた。
だが、数分後。
「……ッ!?」
炉の中から、突如として真っ黒な煙の柱が天高く吹き上がり、同時に、今まで彼らが経験したことのない「異常な熱波」が、広場全体に叩きつけられたのだ。
「う、おおぉぉっ!?」
「熱い! 熱いぞ!!」
タラックたち若者や長老ワパナキが、あまりの熱気に悲鳴を上げて一斉に後ずさる。
数メートル離れているにも関わらず、まるで顔のすぐ横に太陽が降りてきたかのような、肌を焼くほどの強烈な輻射熱。
炉の中では、黒い石の塊が真っ赤に、いや、黄金色に発光しながら、凄まじい勢いで燃え盛っていた。
『石が……燃えている!? それも、森の木を全部集めたって出ないような、とんでもない熱さで……!!』
アナヒータは、熱さに顔をしかめながらも、その圧倒的な光景から目を離すことができなかった。
精霊の理を完全に超越した、未知の暴力的なエネルギー。
「ハハハハッ!! 燃える! 燃えるぞ!!」
炉のすぐ横で、上半身裸になった真野が、熱風を全身に浴びながら狂ったように高笑いしていた。
「最高だ! 最高の火力だ! これなら千五百度は余裕で超える!! まずは約束通り、村の連中の家を建てる『レンガ』を大量に焼いてやる! だが、それだけじゃねえ! いけるぞ九条、これなら鉄鉱石から『鋼』が錬成できる!!」
真野の叫びに、東が眩しそうに目を細めながら呟く。
「……とんでもねえエネルギー密度だ。これで俺たちは、木の伐採っていうクソ面倒なローテク作業から解放される。これからの動力源は全部こいつで回せるぞ」
「ああ。火薬の材料にも、化学プラントの熱源にもなる。……文字通り、文明の心臓だ」
鬼頭も、鼻を突く微かな硫黄の匂いを嗅ぎながら、獰猛な笑みを浮かべた。
吹き上がる黒煙と、黄金色に輝く石炭の炎。
その圧倒的な熱波を顔面に受けながら、建国メンバーである6人の男たちは、誰一人として後ずさることなく、不敵にその炎を見据えていた。
九条蓮が、ゆっくりと前に歩み出る。
炎の照り返しを受けた彼の冷徹な瞳の奥で、かつてないほどの巨大な野心の炎が燃え盛っていた。
「……よく見ておけ、アナヒータ。そして村の者たちに伝えろ」
九条の声は、燃え盛る炉の轟音すらも圧し、広場の全員の鼓膜を震わせた。
「これが『力』だ。我々の築く帝国は、この黒い岩を喰らい、お前たちの強固な家を創り、鉄を溶かし、巨大な機械を動かし、この広大な大地をすべて我々の形に塗り替える。……いかなる自然の猛威も、いかなる外敵の暴力も、この炎の前には無力だ」
アナヒータは震える声で、その言葉を母語に翻訳し、平伏する村人たちに向かって叫んだ。
村人たちは、もはや彼らを「魔法使い」や「神の使い」などという生ぬるい言葉では捉えられなくなっていた。
大地の骨(石)を燃やし、世界そのものを支配する「絶対的な王」。
アメリカ帝国の建国。
それは単なるサバイバルの終わりではない。
たった6人の現代人が、圧倒的な知識と、この「黒い岩」という無尽蔵のエネルギーを武器に、未開の大陸全土を蹂躙し、超文明国家を築き上げる「狂気の産業革命」の、真の幕開けであった。




