第29話:焚き火の前の会議と大いなる決断
嵐が過ぎ去り、未曾有の災厄から数日を経た夜。
オンドル拠点の広い室内には、パチパチと心地よい薪の燃える音だけが響いていた。
部屋の中央には、全員が持ち寄った干し肉やスープが並べられているが、誰も箸をつけようとはしていなかった。
空気は静まり返り、しかし、言葉にしなくとも全員の胸中にある「強烈な熱量」が、空間そのものを重く歪めていた。
「……さて」
沈黙を破ったのは、中央に浅く腰掛けていた九条蓮だった。
彼は冷徹な瞳で集まった5人の仲間を見回す。
「一連の『トリアージ』および『医療プロトコル』の運用結果、ならびに低地の村に対するインフラの優位性が証明された。村人たちの精神的支柱であった長老を含め、すべての民が我々にひさまずいた」
九条の言葉に、東がやれやれといった調子で肩をすくめた。
「そりゃそうだろうよ。あんな神業みたいな外科手術を見せつけられちまったら、誰だって足を向けて寝られなくなる。……で、次のフェーズはどうするんだよ、総司令官?」
東の問いかけに、郷田が腕を組み、低く唸った。
「医療だけじゃねえ。あの嵐と鉄砲水で、あいつらの住処は全壊した。今は辛うじて残ったテントや、高台に張った即席の雨除けで身を寄せ合ってる『避難民』の状態だ」
郷田は土木屋としての厳しい表情を浮かべた。
「俺が安全な高台を整地して、あの嵐でも絶対に吹き飛ばない強固な居住区を再建してやる必要がある。食糧の生産管理、農法のアップデート……やるべきことは山積みだ。だが、このままじゃ俺たちはいつまでも無償で家や飯を恵む『村の便利屋(神様)』で終わっちまうぜ」
「……違うな」
静かに口を開いたのは、鋭い目を光らせた鬼頭だった。
「俺たちがここで医療やインフラの恩恵を与え続ければ、あいつらは完全に依存する。それは優しさじゃねえ。……明確な『支配』の構造だ」
『……そうだ』
九条の口元に、冷酷で美しい笑みが浮かぶ。
「サバイバルは終わった。俺たちが直面しているのは、この広大な未開の地に『秩序』を構築するか否かというフェーズだ。……そして、忘れてはならない事実がある」
九条は手元に置いてあった、周辺の地形を描いた木簡を指先でトントンと叩いた。
「ここが史実通りの過去の北米大陸であるとするなら、このまま時が経てば、いずれ必ず、海を渡って『別の人間たち』がやってくる」
その言葉に、拠点の空気が一瞬で引き締まった。
「……白人の武装勢力、か」
冴島が、白衣の代わりに纏った毛皮の裾を整えながら、冷ややかに呟く。
現代人である彼らにとって、歴史の教科書に記された「大航海時代以降の植民地支配と、先住民たちの悲惨な末路」は共通の常識だった。
「圧倒的な銃火器と暴力を持って侵略してくる連中に対し、あの村の連中がどうなるか。言うまでもない。奴隷として狩られ、土地を奪われ、文字通り蹂躙されるだけだ」
九条は立ち上がり、全員の顔を一人ずつまっすぐに見据えた。
「俺たちは、それを許さない」
その声には、一切の迷いも、揺らぎもなかった。
「家を失ったあの脆弱な民を、俺たちのシステムと知識の庇護下に置き、いかなる外敵も寄せ付けない絶対的な要塞で包み込む。……つまり、ここで『国』を創る」
「……国、ねえ」
東はしばらく天井を見上げてフッと息を吐いた後、観念したように不敵に笑った。
「いいさ。どうせこのままダラダラ暮らしたって、俺はいつか退屈で死んでる。この世界全体のオペレーティングシステムを俺たちの手で書き換えてやるってんなら、喜んでコードを書いてやるよ」
「賛成だ」
郷田が豪快に笑い、テーブルをドンと叩いた。
「手始めに、あの路頭に迷ってる連中に『絶対に壊れない新しい家』を与えてやる。俺たちの建てたインフラと、俺たちが守り抜いた命だ。誰にも渡さねえよ。この大陸の土木権はすべて俺が握って、まずは居住区の再建、ゆくゆくはガチガチの要塞都市に仕上げてやる」
冴島も、冷徹な臨床医の目を光らせながら頷いた。
「医療も、公衆衛生も、農業も、すべて俺の管理下に置く。病気ごとの死者ゼロの完璧な社会を作ってみせるさ。好きなだけ予算……いや、好きなだけリソースを使わせてくれ」
「武器と火薬、そして徹底的な規律の維持は俺が引き受ける。一歩たりとも不法な侵入は許さない防衛線を築くぞ」
鬼頭が腕を組み、頼もしく言い放つ。
そして、真野が静かに、しかし熱を帯びた声で続けた。
「鉄を溶かし、機械を作り、この世界の物質の限界を俺がすべて突破してやる。……面白い、やろうぜ」
全員の意思が、完全に一つに収斂した。
誰も反対する者などいない。彼らはもはや、ただの遭難者ではない。
圧倒的な知性と技術を持つ、この世界の「絶対的支配者」だった。
「満場一致だな」
九条は静かに息を吸い込み、その冷徹で力強い声を小屋の隅々にまで響かせた。
「これより、我々6人は、この未開の大地に最初の『国家』の樹立を宣言する。国名は――アメリカ帝国。俺はその最高指導者(元首)となる」
ただのサバイバルから始まった物語は、この瞬間、歴史の表舞台を根底から塗り替える「建国の歴史」へとその姿を大きく変えた。
***
翌朝。
オンドル小屋の前の広場には、長老ワパナキをはじめ、奇跡の治療を受けて一命を取り留めたニカンや、タラック、アナヒータを含む村の全住民が整列させられていた。
彼らは、昨夜の間にメンバーたちが決めた新しい「国家のルール」について、アナヒータから伝え聞いていた。
家を失い、恐怖と疲労に苛まれている彼らの目には、逃れられない絶対的な帰属意識が宿っている。
広場の中央に、九条蓮がゆっくりと歩み出た。
その背後には、郷田、冴島、東、鬼頭、真野の5人の「建国メンバー」が、一切の隙のない圧倒的な威圧感を纏って控えている。
風が止み、世界が静まり返ったその瞬間。
九条蓮の低く、よく通る声が、先住民の言葉を発し、広場の隅々にまで明確に響き渡った。
「――今日より、この地は一つの国家とする。我々のシステムの下に生きる者には、絶対的な豊かさと安全を約束しよう。あの嵐にも吹き飛ばされず、濁流にも流されない『強固な家』を、お前たち全員に与える」
村人たちはその言葉の重みと、圧倒的な庇護の約束に、一斉に、そして深く地面に平伏した。
「だが、我々のルールを乱し、秩序を破壊する者には、いかなる慈悲も与えない」
彼らは知る由もなかった。
この小さな森の片隅で行われたわずか数人の宣言が、やがて全大陸を飲み込み、世界の歴史そのものを永遠に変えてしまう「巨大な覇権の歯車」の最初の一撃だったということを。




