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新大陸建国記 〜未開のアパラチア山脈から始まる世界蹂躙〜  作者: tky
第2章:奇跡の医療と建国の宣言

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第25話:予測不能の猛威と、絶対的な境界線

ゴォォォォォォォッ!!!


耳をつんざくような風の咆哮と、大地を直接殴りつけるような激しい雨の音が、世界を白く染め上げていた。


アナヒータは、オンドル小屋の部屋の隅で膝を抱え、ガタガタと震えていた。

物心ついてから何度も嵐を経験してきた彼女だが、こんなものは見たことがない。何の前触れもなく、あらゆるものをなぎ倒していく、異常な突風。


『大いなる精霊がお怒りだ……。世界が、壊れてしまう……!』


彼女の部族の常識では、このような自然の猛威に対して人間ができることは「祈ること」と「過ぎ去るのを待つこと」だけだ。

風が吹けば家は吹き飛び、水が来れば流される。それは人間が抗えるものではない。


だからアナヒータは、この斜面に建つ小屋も、強烈な突風にあっけなく引き裂かれ、自分たちは冷たい雨の暴力の中に放り出されるのだと覚悟していた。


だが――。


『……え?』


ふと、顔を上げたアナヒータは、異様な光景を目の当たりにした。


小屋の中央で、彼女を導く「神のごとき異邦人」たちは、誰一人として取り乱していなかったのだ。


「……あーあ。こりゃ酷えな。せっかく引いた水路のパイプが何本か飛んだかもしれん。また残業かよ……」


アズマが、頭を掻きむしりながら本当に面倒くさそうにボヤいている。


「しゃあねえだろ。俺たちの拠点が無事なだけでも御の字だ」


ゴウダは壁に太い腕を押し当てて振動を確かめ、ニヤリと満足げな笑みを浮かべていた。


彼らが焦っていないだけではない。

アナヒータは、自分が寄りかかっている壁が「全く揺れていない」ことに気づいた。


分厚い木の扉の隙間から見える外の世界は、猛烈な雨と風によって完全に白く濁り、一メートル先すら見えない狂乱の状態だ。

時折、バキィッ! という凄まじい音と共に、森の巨大な樹木がへし折られる音がすぐ近くで響く。


それほどの風圧を受けているはずなのに、彼らの建てたこの小屋は、太い丸太の筋交いと深く叩き固められた大量の土砂によって、ミシミシと低い軋み音を上げるだけで、一切の暴力を跳ね返し続けていた。


さらに、足元からはゴォォォォッという勢いよく水が流れる音がする。

ゴウダが小屋の周囲に掘らせていた「深い溝」だ。

滝のように屋根から落ちる雨水と、斜面を流れ下ってくる鉄砲水が、すべてその溝に吸い込まれ、小屋を迂回して安全に下流へと排出されている。

床への浸水は、一滴たりとも起きていなかった。


アナヒータのヘーゼル色の瞳が、驚愕に見開かれる。


『……祈りの力ではない。彼らは、あらかじめこの猛威が来ることを知っていて、大地の形を変え、木の骨を組み上げて……精霊の怒りを「殺して」いるのだ』


長老ワパナキたちが「無駄な重労働だ」「自然の理を分かっていない」と鼻で嗤っていた、あの泥だらけの土木作業。

それが今、圧倒的な「暴力(自然)」に対する絶対的な「盾」として機能している。


「……っ!!」


その時、アナヒータの脳裏に、ある凄惨な事実がフラッシュバックした。

この強固な盾を持たない、自分の家族がいる場所。


アナヒータは弾かれたように立ち上がり、分厚い壁の僅かな隙間に顔を押し当てて、眼下の低地――自分たちの村がある方向を必死に覗き込んだ。


だが、視界は完全なホワイトアウト。

何も見えない。


見えないが――「音」が聞こえた。


『違う……風の音じゃない……!』


眼下の遥か底から響いてくるのは、地鳴りのような重低音だった。

彼女たちが「大いなる母の恵み」と信じて寄り添って生きてきた穏やかな川が、未だかつてないほどの巨大な濁流となり、周囲の土砂や木々を丸ごと削り取って暴れ狂う、水流の咆哮。


そして。


「ああっ……!!」


突発的なダウンバーストのピークが過ぎ、風向きが僅かに変わって、視界を覆っていた白い水のカーテンが、一瞬だけ薄らいだ。


その瞬間に見えた眼下の光景に、アナヒータの口から悲鳴が漏れた。


川辺の低地にあったはずの村の広場は、完全に黄土色の水底に沈んでいた。

夏を涼しく過ごすために風通し良く編まれていた住居ウィグワムは、その大半が跡形もなく消え去り、濁流の表面に無惨に千切れた樹皮の残骸が浮かんで流されていくのが見えた。


『兄上……! 長老様……! みんな……っ!!』


事前の避難指示も、何もない。

ただ「そこに住んでいた」というだけで、愛する同胞たちが濁流と暴風の中に引きずり込まれ、理不尽に命を散らしていく。


「行か、なきゃ……! 私が、助けに……っ!」


アナヒータは半狂乱になり、固く閉ざされた小屋の扉のつっかえ棒を外そうと駆け出した。

だが、その細い肩を、万力のような力強い手がガシッと掴み、強引に引き留めた。


「離して! クジョウ様、離してください!! 村が、みんなが死んでしまう!!」


涙ながらに叫ぶアナヒータを見下ろすクジョウの瞳は、極寒の氷のように冷たく、一切の感情が削ぎ落とされていた。


「行くな」


クジョウの低く静かな声が、嵐の轟音すらも圧してアナヒータの鼓膜を打った。


「今外に出れば、お前は一メートル先から飛んできた木片に全身を貫かれるか、足を取られて斜面を転げ落ちる。お前の命を無駄に捨てることは、俺が許可しない」


「でも……っ! ならば、どうすればいいのですか! このまま見殺しにするなんて……っ!」


アナヒータが泣き崩れると、クジョウは彼女から手を離し、隙間から何も見えない外の惨状を冷徹な目で見据えた。


「何もできない。俺たちには、天候をコントロールする魔法はない。……これが『平時の備え(インフラ)』を持たなかった者が支払う、冷酷な代償だ」


クジョウの言葉は、氷のように冷たく、そして残酷なまでに「真実」であった。


アナヒータはへなへなとその場に崩れ落ちた。

そうだ。彼らは神ではない。自然界においては、「強固な壁の中にいるか」「そうでないか」、ただそれだけの物理的な違いが、生死を隔てる絶対的な境界線なのだ。


『……私は、知ってしまった』


アナヒータは、揺れない床の上で、自分の無力さに打ち震えながら悟った。

精霊への祈りなど、嵐の前には何の意味も持たない。

真に命を守るのは、平時から泥にまみれて土を掘り、計算を重ね、自然の暴威を跳ね返すだけの「強固な仕組み」を築き上げることだけなのだと。


***


やがて。

永遠にも思えた暴風雨が、急速にその勢いを弱め始めた。

空を覆っていた黒い狂気が薄れ、嘘のように光が差し込み始める。


「……嵐が抜けたぞ」


ゴウダが扉のつっかえ棒を外し、重い木の扉を開け放った。

むせ返るような泥の匂いと共に、惨状を晒す眼下の景色がはっきりと見渡せるようになる。


クジョウは振り返り、部屋の隅で武器や荷物をまとめている他の五人に向かって、短く、鋭い号令を放った。


「フェーズを変える。これより『事後対応(災害救助モード)』に移行する。全員、村へ下りるぞ」


その声を聞いた瞬間、アナヒータは顔を上げた。

先程まで冷徹に見殺しにしたはずの彼らの目が、今は「たった一つの命も取りこぼさない」という、プロフェッショナルとしての異様な気迫オーラに満ちていた。


「アナヒータ。立て。お前は俺の『声』だ。涙を拭いて、走れ」


クジョウに手を差し出され、アナヒータは強く頷いた。

彼らの持つ圧倒的な力。それは単なる破壊や防御の力ではない。

世界そのものを理屈でねじ伏せ、庇護下に置くための「超文明の光」なのだ。


アナヒータは涙を拭い、クジョウたちの背中を追って、変わり果てた泥濘の村へと駆け出していった。

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