第23話:ペンシルベニアの確信(最強のチート立地)
「おい! 九条! みんな集まれ! とんでもねえモンを見つけちまったぞ!!」
拠点であるオンドル小屋の前の広場に、郷田のデカい声が響き渡った。
狩りや作業をしていたメンバーたちが、何事かと集まってくる。
郷田の顔や腕は真っ黒な煤で汚れ、その後ろには、同じく顔を真っ黒にしたカヤが、何か途轍もない秘密を共有したような興奮冷めやらぬ顔で立っていた。
「……随分と汚れてるな。なんだその黒い粉は」
九条が目を細め、郷田の手のひらにこびりついた黒い汚れを一瞥する。
「ただの汚れじゃねえ。……『石炭』だ。しかも、地表に剥き出しになった数メートル厚の特大コールシーム(石炭層)だ」
「……は?」
真っ先に反応したのは、機械・材料工学のプロである真野だった。
真野の目の色が変わり、郷田の胸倉を掴まんばかりの勢いで詰め寄る。
「おい郷田! 本当か!? 泥炭の勘違いじゃねえだろうな!?」
「俺の目を舐めるな。あれは完全に石炭紀の地層が隆起した正真正銘の無煙炭、あるいは瀝青炭だ。露天掘りで、山を削るだけで無限に掘り出せる」
真野の口が半開きになり、その場でワナワナと震え始めた。
『石炭が、無尽蔵に……!? ならば、鉄が溶かせる! 鋼が打てる! 木炭の火力限界を一気に突破できるぞ……!!』
「……郷田。それだけじゃないな? お前がそんな顔をしてるのは」
九条の冷徹な声が、真野の狂喜を遮るように場を制した。
郷田はニヤリと笑うと、背負っていた石斧を放り出し、足元の平らな地面を手のひらで均し始めた。
「ああ。俺の脳内で、今までバラバラだったパラメータが全部繋がったんだよ」
郷田は拾った木の枝で、地面に巨大な地図を描き始める。
まずは、右側に大きな海岸線(大西洋)。そこから内陸に向かって、斜めに走る巨大な山脈の線。
そして、その山脈の西側に、自分たちの横を流れる川から繋がる、巨大な水系の網(オハイオ川〜ミシシッピ川)を描き出した。
「いいか。まずは気候だ。冬の異常な大寒波と、夏のゲリラ的な熱気。これは大陸性気候の典型だ。次に植生。冴島、この辺の森の木と、東が水道管に使った竹はどう分析した?」
話を振られた冴島が、顎の無精髭を撫でながら答える。
「……広葉樹と針葉樹の混合林。それにあの竹は、北米大陸の東部から南部にしか自生しない固有種だ」
「そうだ。そしてこの、西に向かって緩やかに下っていく巨大な河川の地形。……極めつけが、地表に露出するレベルの、バカげた規模の石炭層だ」
郷田は地面に描いた巨大な山脈の西側、ちょうど自分たちがいる辺りの位置を、木の枝でガンガンと強く叩いた。
「ここは『北米大陸』だ。それも、アパラチア山脈の西側。……おそらく、ペンシルベニアのど真ん中だ!!」
『……ペンシルベニア……!!』
その言葉を聞いた瞬間。
九条、冴島、東、鬼頭、真野の5人は、息を呑み、完全に言葉を失った。
現代の知識を持つ彼らにとって、そこが「どういう土地か」は、説明するまでもない常識だったからだ。
「……マジかよ。ペンシルベニアって言ったら……」
東が、信じられないものを見るように地面の地図を見つめ、乾いた笑いを漏らす。
「ああ。アメリカの産業革命を根底から支えた、地球上で最も恵まれたチート立地だ」
鬼頭が、ギラギラとした目を血走らせながら東の言葉を継いだ。
「石炭だけじゃない。この一帯には、製鉄に不可欠な『鉄鉱石』と『石灰岩』が無尽蔵に眠っている。史実において、ピッツバーグを世界最大の鉄鋼都市に押し上げた完璧なリソースの塊だ」
「それに……」
郷田がニヤリと笑い、決定的な一言を放つ。
「少し足を伸ばせば、浅い地下には『原油』の巨大なプールが眠ってるはずだ。人類史上初の油田(ドレーク油田)が掘られたのも、このペンシルベニアだぜ」
石炭、鉄鉱石、石灰岩。
そして、究極のエネルギーである石油。
それらすべてが、未開の手付かずの状態で、自分たちの足元に眠っている。
『……ハッ。どんなゲームの初心者救済マップだよ。資源の初期配置設定がバグってやがる』
東は両手で顔を覆い、肩を震わせて狂ったように笑い始めた。
「ハハハッ……! 無敵だ。俺たちは完全に無敵だぞ! これなら一気に内燃機関までスキップできる! サボるどころの騒ぎじゃねえ、地球全体をハックできるぞ!!」
真野も、郷田の肩をバンバンと狂ったように叩いている。
「やりやがったな郷田!! これで旋盤も、動力機械も、全部作れる!! 」
男たちが異様な熱狂に包まれる中。
少し離れた場所からその様子を見ていたアナヒータとカヤたち先住民は、本能的な恐怖で肌を粟立たせていた。
言葉は分からない。地面に描かれた線が何を意味するのかも分からない。
だが、あの6人の異邦人たちから発せられる「気迫」が、突如として変質したことだけは痛いほどに理解できた。
それは、過酷な自然を生き延びようとする「遭難者」の目ではなかった。
大地を切り刻み、世界そのものを自分たちの形に作り変えようとする、恐るべき「支配者」の目であった。
「……九条」
郷田が、静かに腕を組んで地図を見下ろしている九条に声をかけた。
「舞台は揃った。土台の基礎は俺が作る。お前が、ロードマップを引け」
九条蓮はゆっくりと顔を上げた。
その冷徹で透き通った瞳の奥には、現代社会では決して見せることのなかった、純粋で狂気的な野心の炎が静かに燃え上がっていた。
「……ここが過去の北米大陸だとするなら、いずれ必ず、海を渡って白人の武装連中がやってくる」
九条の言葉に、場が静まり返る。
『インディアンの悲劇。史実通りに進めば、この大陸の先住民たちは、圧倒的な技術格差によって虐殺され、土地を奪われる』
「だが、俺たちはそれを許さない。……俺たちの『システム』の懐に入れた民は、誰一人として奪わせない」
九条は地面の地図を、軍靴の底で力強く踏み躙った。
「この脆弱な民を、俺たちのシステムで庇護する『国』を創るぞ。石炭を掘り、鉄を溶かし、銃を作り、いかなる外敵の侵略も寄せ付けない、絶対的な超文明国家をな」
ただのサバイバルが、明確な「建国」へとフェーズを変えた瞬間であった。 最強の知性と、最強の立地。 その二つが交わった時、原始の森に、世界の歴史を根底から書き換える狂気の帝国が、産声を上げようとしていた。




