第20話:長老との対立とテスト農場の開始
村の祭祀を司り、十数年もの間「精霊の声を聴く者」として部族を導いてきた長老ワパナキは、ぬかるんだ春の土を踏みしめながら、深い溜息を吐いた。
長く厳しい冬を生き延びられたのは、間違いなくあの異邦人たち――クジョウと名乗る男たちがもたらした「煙の出ない熱」と、魔法のような罠の技術のおかげであった。
その点において、ワパナキも彼らには深く感謝している。彼らが何らかの強力な精霊の加護を受けていることは明白だった。
しかし、こと「大地」に関することとなれば話は別である。
『大地は、大いなる母だ。先祖代々受け継いできた調和の掟を破れば、必ずや精霊の怒りを買い、村は飢えに苦しむことになる』
ワパナキは、深く刻まれた顔の皺に険しい怒りを宿し、広場のはずれにある荒れ地を睨みつけた。
そこでは、異邦人の一人である無精髭の男、サエジマが、狂気の沙汰としか思えない行動に及んでいたのだ。
***
「……ああ。精霊よ、お鎮まりください」
ワパナキは震える手で、首から下げた動物の牙の護符を握りしめた。
遠く離れた荒れ地で、サエジマが土の上にしゃがみ込み、深く土を掘り返している。
そして、あろうことかその土を指先で擦り合わせ、匂いを嗅ぎ、少しだけ舌に乗せて味わい、ペッと吐き出したのだ。
『なんと禍々しい……! 大地の血肉を直接舐め回すなど、悪しき呪術師の所業ではないか』
ワパナキの傍らにいた他の長老たちも、恐れおののき、呪いを避けるように後ずさりしている。
サエジマは立ち上がると、ワパナキたちの族長の娘でもあるアナヒータに向かって、何か得体の知れない言葉で指示を出した。
アナヒータは戸惑いながらも、ワパナキたち村の者へ向かって声を張り上げた。
「サエジマ様が……ここへ『灰』と、細かく砕いた『獣の骨』、それに『動物のフン』を集めてこいと言っています。それらをすべて、この土に混ぜ込むと」
その言葉を聞いた瞬間、ワパナキの堪忍袋の緒が切れた。
「ならぬ!!」
ワパナキは血相を変えて叫び、杖を地面に強く突き立てた。
「アナヒータよ、お前は正気か! 大地は神聖なる命のゆりかごだ! そこに死の穢れである『骨』や、不浄極まりない『フン』を撒くなど、精霊への最大の冒涜である! 大地が死に、秋には一粒の糧も得られなくなるぞ!」
ワパナキの怒号に、アナヒータは怯んだように肩を揺らしたが、それでも彼女の瞳からは、異邦人たちへの絶対的な信頼の光が消えていなかった。
『……なぜだ。なぜ、あのように賢かった娘が、かくも簡単に狂気に呑み込まれてしまったのだ』
嘆くワパナキの視界の端に、あの冷酷な男、クジョウの姿が映った。
拠点から腕を組んでこちらを眺めているクジョウの瞳には、ワパナキへの怒りも、焦りも、憎しみすらなかった。
ただ、這い回る虫の生態を観察するような、一切の感情を排した「冷たい透き通った眼差し」があるだけだった。
『……ヒッ』
ワパナキは、猛獣に睨まれたような本能的な恐怖を覚え、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
あの男の目は、恐ろしい。自分たちとは見ている世界が根本的に違う。
クジョウの傍らにいる巨漢の男、ゴウダが何かを囁き、クジョウが静かに頷いた。
彼らはワパナキたち長老を無理に説得しようとはしなかった。ただ「あちらの土地で、好きにやらせてもらう」とだけ宣告し、完全に長老たちを放置(無視)したのだ。
***
それから数日。
ワパナキたち長老が冷ややかな視線を送る中、「テスト農場」と名付けられたその荒れ地では、さらに恐ろしい儀式が行われていた。
ワパナキが密かに目をかけていた優秀な若者、ニカン。
彼が、サエジマから渡された「結び目のついた紐」を握りしめ、地面に這いつくばっている。
ニカンは、太陽の昇る方角から沈む方角へ向かって紐をピンと張り、正確な直線を引いていた。そして、そこに等間隔で交点を打ち、骨とフンを混ぜ込んだ不浄の土を、小高く盛り上げていく。
『……な、なんだ、あの不気味な形は』
ワパナキは目を疑った。
森の木々も、川の流れも、動物の形も。自然界のあらゆるものは、緩やかな曲線と、無秩序な調和の中に存在している。
それこそが精霊の息吹であり、命の形だ。
だが、ニカンが作り上げているその畑は違った。
どこまでも真っ直ぐな線。
完全に等間隔に配置された、同じ形の土の山(畝)。
それは、自然界には決して存在しない「幾何学的な狂気」であった。
『……呪いの陣だ。あれは、大地を縛り付ける悪魔の陣に違いない』
ワパナキには、その完璧な直線と規則性が、自然の理を強引に捻じ曲げ、大地を支配しようとする傲慢な檻のようにしか見えなかった。
だが、ニカンたち若者の目は違った。
不浄な土にまみれながらも、彼らの目は、まるで新たな世界の真理に触れたかのように、キラキラと輝き、震えるほどの熱狂を帯びていたのだ。
「……あんな汚物を撒き、不自然な線を引いた土地で、作物が育つはずがない。精霊が怒り、彼らの畑は必ず枯れ果てる」
ワパナキは、隣に立つ他の長老に、自分に言い聞かせるように呟いた。
「そうだ。秋になれば、我々の伝統的な畑と、あの忌まわしい畑で、必ず結果が出る。……秋が来れば、若者たちも目を覚まし、精霊の教えの下に帰ってくるはずだ」
ワパナキは、首飾りの護符を握りしめ、天を仰いで深く祈った。
どうか、迷える若者たちを救いたまえ、と。
しかし、長老ワパナキは知る由もなかった。
クジョウが仕掛けたのは、武力による支配ではない。
秋の収穫期、圧倒的な「科学」と「論理」の前に、数倍という絶望的な収穫量の差がつき、数百年続いてきたワパナキたちの宗教観と権威が、根底から完全に崩壊させられる未来を。
異邦人たちが持ち込んだオーバーテクノロジーの種は、すでに不浄な土の中で、恐るべきシステムを根付かせようとしていた。




