第101話:機関車の設計と、次なるメガプロジェクト
建国7年の春。
雪解け水が川を潤し、帝都に暖かな日差しが降り注ぐ中、重工業エリアの巨大な工房からは、大地を震わせるような重低音が響き渡っていた。
ズドドドドドド……ッ!!
分厚いコンクリートのテストベッドの上で猛烈な黒煙を吐き出しているのは、かつてオハイオ川水系を制覇した湖上船の動力、その発展型である「直列6気筒ディーゼルエンジン」だ。
「よし、止めろ! トルクの出力は安定しとる!」
真野の鋭い声に合わせて、弟子のチャパが燃料噴射のバルブを絞る。
轟音を立てていたエンジンが、シューッと排気音を残して静止した。
「……真野さん。シリンダーの熱膨張、許容範囲内です。各ギアの噛み合わせも問題ありません」
油に塗れた顔を拭いながら、チャパが手元の図面と計測器を見比べて報告する。
彼の手には、トラックや重機の開発で培った複雑なギアボックスの経験が完全に生きていた。
「上出来や、チャパ。……船のスクリューを回すのとはワケが違う。陸上で数十トン、いや数百トンの貨車をゼロから引っ張り上げるには、初動の『極低速・超高トルク』が絶対に必要やからな」
真野はエンジンの後ろに接続された、巨大で分厚いトランスミッション(変速機)を叩いた。
「はい。そのための特注減速ギアです。これを、あの巨大な動輪に伝達すれば……理論上は、どれほどの質量でも牽引できるはずです」
チャパの視線の先には、すでに工房の床に敷かれたレールの上で出番を待っている、漆黒の巨大な鋼鉄製フレーム(車台)があった。
それは、ベッセマー転炉が生み出した高品質な鋼を贅沢に使い、油圧プレスとリベット打ちで頑強に組み上げられた「機関車の骨格」である。
直径1メートルを超える分厚い鉄の車輪が、サイドロッドと呼ばれる太い金属棒で連結されている。
『……ここまで来たか』
真野は鋼鉄の塊を見上げながら、首に巻いたタオルで汗を拭った。
『安全な居住区におるエルワも、テツとスズの世話をしながら、この鉄のバケモノが走り出す日を心待ちにしとるやろな。……俺の最高傑作を見せたるで』
「チャパ! 息つく暇は無いで! 今日中にクレーンでエンジンを台枠にマウントする。ボルトのトルク管理、1ミクロンのズレも許さんからな!」
「はいっ!」
陸の王者となる『第1号ディーゼル機関車』の完成は、目前に迫っていた。
***
一方その頃、帝都の中枢にそびえ立つ統治局・指令室。
「……やはり、現在の『レアメタル原石』の輸送効率には、物理的な無駄が多すぎるな。現地製錬所の稼働を急ぐ必要がある」
窓の外の工業エリアを見下ろしていた九条は、振り返ってデスクの上に広げられた膨大な報告書を一瞥した。
妻であるアナヒータが育児のために現場を完全に離れて数年が経つが、彼女が構築し、帝国市民の事務官たちに徹底させた「完璧なマニュアル」のおかげで、帝国の情報集約システムは一切の停滞なく機能し続けている。
その的確なデータが示すのは、原石輸送によるエネルギーの浪費だった。
「ガハハ! 心配すんな。以前、湖上船で先行して運ばせた『耐火レンガ』の組み上げは、現地の駐留組が順調に進めてるぜ」
ソファーにどっかりと座っていた郷田が、丸めた分厚い図面で肩を叩きながら立ち上がった。
彼はデスクの上に広げられた北米大陸の巨大な地図を指差す。
「スペリオル湖畔の『採掘港』だ。あそこなら、レアメタルを溶かす高炉の冷却に必要な『無限の水』があるからな」
郷田の太い指が、湖畔のポイントを力強く叩く。
「原石の不純物を現地ですべて焼き飛ばし、純度100%の『インゴット(金属塊)』にしてから貨車や船に積む。以前の会議で決めた通り、これで輸送効率は何十倍にも跳ね上がる。……第一期鉄道が開通して土木部隊の手が空き次第、俺の部隊を追加投入して建屋の建造を本格化させる手はずだ」
「結構だ。予定通り進めてくれ」
九条は冷徹に承認を与えると、地図上のさらに別のポイント――はるか東の半島部分へと視線を移した。
「……だが郷田。急ぎで立ち上げてもらうプロジェクトはそれだけではない。もう一つ、新規の拠点がある」
「あん? まだ何かでかいモンを作る気か?」
「ああ。『銅』だ」
九条の言葉に、郷田が僅かに眉をひそめる。
「銅なら、北の交易や連水港から運ばせてる分で、今は足りてるはずだろ?」
「今の需要ならば、な。……だが、東とヨキが進めている情報網と、今後の全土電化計画のロードマップを計算すれば、現在のストックなど一瞬で消し飛ぶ」
九条の瞳に、恐るべき未来の情景が浮かび上がっていた。
「帝都を起点に、この大陸全土へ『電気』と『情報』の血管を張り巡らせる。そのためには、何千キロ、何万キロという途方もない長さの『銅線』が必要になるんだ」
九条は地図の東、後にキーウィーナー半島と呼ばれる未開の地を指差した。
「はるか東の半島に、純度の高い銅が大量に眠っているエリアがあるはずだ。そこに『銅専用の新規採掘港』を建造する」
「……なるほどな。鉄、油、レアメタルに続いて、次は情報と電力のインフラ(銅)を無限に引き出すってわけか」
郷田はニヤリと笑い、首の骨をボキボキと鳴らした。
「ガハハハッ! いいぜ、やってやろうじゃねえか。鉄道さえ開通すりゃ、帝都近郊の土木作業は一旦落ち着く。俺の部隊とデチューン重機をフル稼働させて、東の果てに前線基地をぶっ建ててやるよ!」
機関車という「空間」を圧縮する巨大な歯車が回り出すと同時に。
建国メンバーたちはすでに、はるか先の未来を見据え、大陸全土を支配するための次なるメガプロジェクトへと着手し始めていた。




