第九話 お、れ、が、何をしたアアアァァァ!!!
朝食を食べてから数十分後、俺たち活気あふれる冒険者ギルドにいた。
相変わらず、ぎこちない歩調でカウンターへ向かうと、そこには前の受付嬢さんではなく、五トンのダンベルで筋トレしているバルガスのオッサンがいた。いや、この世界の物質の密度よ。
「おう小僧! 二日ぶりだな! あの後、楽しめたか?」
にやぁ~、と口元を歪ませ、こちらの反応を楽しむように目を細めた。
ちっ、こいつ知ってたのかよ!
「オッサンが期待してるようなことはなかったよ」
「……そうか」
おい! 残念そうな顔してんじゃねえ! こちとら大変だったんだぞ!
俺はそう内心で毒づいて、呆れ顔でオッサンに依頼の受注を頼む。
「オッサン、俺たちの前に広がる因果の旋律にくだらないノイズを混ぜるな。それよりも我が魂に宿る深淵の魔獣を鎮めるに値する、何か面白いものを頼む」
(※訳:お願いだからこれ以上気まずい雰囲気を乱さないで! 隣のセナの視線が絶対零度並みに冷たくて、俺の童貞ソウルがもう消滅しそうなの!!)
俺はいつものように冷徹なオーラを全開にしてオッサンを見据えた。
ギルドに来た俺たちが何か依頼はないかと聞いたところで、オッサンは、目を悪戯っ子のような笑みを浮かべて、受付のテーブルの上にゴトっと一組の禍々しい黒の光を放つ手錠を置いた。
「ちょうどいい、お前らみたいなコンビにピッタリな依頼があるぜ。これはな、とある貴族からの持ち込む依頼だ。宮廷魔術師たちが総出で調べても正体がさっぱり分からなかったらしくてな。ギルドの超有能な部下に頼んで途中まで調べてもらったんだが――」
「ちょっと、何よこれ?」
オッサンの説明が終わるより早く、セナが怪訝そうな顔で手錠に手を伸ばした。
セナの白い指先が、その未知の手錠に触れた、その瞬間だった。
ガチィィィン!!!
不気味な金属音が響き、手錠は生き物のように跳ね上がると、セナの右腕と俺の左腕をガッチリと繋いだ。
「「は?」」
呼吸が止まった。
セナのスカイブルーの瞳が、これ以上ない程大きく見開かれた。
「え、え、え、ちょちょちょ――」
触れた瞬間、俺とセナが繋がっただけでなく、手錠から漆黒の魔力が溢れだし、俺たちの周囲に他者の侵入を絶対に許さない絶対不可侵の結界が張り巡らされたのだ。
「ちょ、ちょっとこれ、何なのよぉぉぉっっっ!? 触れただけなのに、なんで守ると繋がっちゃってるのよ!?」
突然の事態にセナが大騒ぎし始める。
「おいおい、人の話は最後まで聞けって」
オッサンは、頬杖を突きながら呆れ顔で言う。
「その手錠にはな、マウストゥマウスの熱ーいディープな接吻を交わさねえと取れないっていう呪いがかかってるんだよ」
「「はあ!?」」
俺とセナの驚愕の声が重なる。
「な、な。な、何言ってるのよ!? この変態エロオヤジィィィ!!!」
セナは一瞬で顔をトマトのように真っ赤に染め、俺の腕掴んだままプルプルと震えだした。
おいおい、何だこの可愛い生物は…………この生物は俺が守らないと死ぬ!
俺はクールに前髪をかき上げると、低くハスキーな声で言った。
「ふっ、そんなもの我が漆黒の魔術で打ち砕いて見せよう」
クールな反面、
やばいやばい、いきなり本番のディープキスだと!? 死ぬ死ぬ死ぬ! 十億年熟成された俺のDTソウルが、確定で消滅してしまうだろ!?
俺の心は爆速ビート。
「キス、って……それもディープキス……!? 守と、私が……っ!?」
消え入りそうな声で、上目遣いに俺を盗み見てくるセナ。
大丈夫か? 俺の心臓の音聞こえてないよな?
「フッ……あ、案ずるなセナ。世界を滅ぼす者たるこ、この俺の魔力を以ってすれば、このような呪縛など児戯に等しい。何に利用されたかなど知らぬぬが、我が聖魔術の光のの洗礼の前に、邪悪な呪いなど一瞬で塵に還るのみよ」
うああああああああああ!!!
ダメだもう無理、厨二病セリフも言えない。心拍数限界突破!!!
ああクソ。こんな地獄終わらせてやる!!!
「穿て、浄化の閃光! 【聖母の鉄槌】!!」
眩い純白の光が、徐々に聖母マリアの姿を形成していく。
ただし、その手には幼子ではなく、巨大なハンマーが握られていた。
聖母は、狂戦士たる目で、その巨大なハンマーを振り下ろした。
ガチィィィン!!!
この攻撃には、物理的な破壊力はなく、呪いを壊したり、聖魔術の相反属性である闇魔術の術式を叩き割る効果がある。
これは、暗黒空間にあったガラクタの呪いも壊した、太古の魔導書に書かれていた魔術だ。
これならば、この手錠の呪いも壊せるはず――!
「は?」
だが、その淡い期待はすぐに打ち砕かれた。
聖母の形をする光が手錠に吸い込まれたからだ。
「あ、あれ?」
「ガハハ! そうなるか!」
結界の外で、オッサンが実に面白そうに目を輝かせて、メモを取っていた。
「なるほど! その手錠は、放たれた魔術の属性が何であれ、全ての魔力を吸収して自分の結界を強化する『魔力喰らいの遺物』なんだよ! 聖魔術だろうが何だろうが、魔力を使えば使うほど、出られなくなるぞ!」
見れば、俺たちを囲む絶対不可侵の漆黒の結界が、吸い取った魔力を糧にして、元の数倍の厚みへと禍々しく膨れ上がっていた。
「…………っ」
ふと、セナの吐息が熱を帯びたのを感じた。
「ねえ、守。魔術がダメなら、もう本当に、あの、その……キス、するしかないわよ」
恥ずかしさと緊張、そして焦りが限界を迎えたセナが、潤んだスカイブルーの瞳で俺を真っ直ぐに見つめてくる。
手錠が短いために、セナの顔がぐっと至近距離まで近づいた。
やばい、やばいやばいやばい!!!
美少女の顔が目と鼻の先。
セナのフワリと香る甘い花の香りと、熱を帯びた吐息が、俺の唇をかすめる。
っていうか、よく同じ部屋にいたのに、この感情を抑えられたよな~。
俺は、セナの頬に手を添え、ゆっくりと顔を近づける。
「ん……」
はっ!?
俺は今何を!?
いかんいかん、クズ男になってしまうところだった!
俺は紳士なんだ!
俺は一度大きく深呼吸をすると、暗黒空間にいた時の記憶がよみがえってきた。
そうだ、暗黒空間にも魔力を喰らうガラクタはあっただろ。
そんな時どうしてた?
「セナ、耳塞いでろ。」
「え? うん」
「付与:物理攻撃耐性。部位強化:位耳」
セナにバフを掛けると、俺は心の中で叫ぶ。
圧倒的破壊力でぶち壊していただろ!!!
「【籠森流神殺拳:壊力】!!!」
今度は手加減なしだ!
放たれた俺の拳は、空気摩擦によって炎を纏い、手錠の鎖へと着弾した。
超絶的な物理圧力が、手錠の原子結合を直接破壊していく。
あまりの威力に、鉄の鎖は悲鳴をあげる暇さえなく、キラキラと輝く漆黒の粉へと変わり果てていく。
そして、全てが消滅し終わった後。
ドバァァァァァン!!!
拳が置き去りにした衝撃波と破壊音が、凄まじい爆音となって遅れて轟き、それと同時に、限界を迎えた球状の結界の表面にピキリと美しい亀裂が走った。
パリィィィン……!
まるで極上のガラス細工が清涼な音を立てて、結界が綺麗に割れる。
中に閉じ込められていた漆黒の粉は、結界の解除と共に光の粒子となってフゥッと霧散し、あとには完全に自由になったセナの手首だけが残されていた。
と、まあこんな綺麗な文で終わるはずもなく、ギルド内の惨状は阿鼻叫喚だった。
エネルギー自体は結界に阻まれたものの、内側からの超絶的な衝撃を受け止めた結界が、空間ごと激しく振動したのだ。
「ああぁぁぁあぁあ、耳がァァァァァ!!!」
「いてぇよぉ!!! かあちゃーーーん!!!」
拳のスピードが音速を突破し、生み出された爆音で、鼓膜が割れ、耳から血を流している人が数名。
「ぐばぁっ! 肋骨がバッキバキだぁ!!!」
「キッツ♡」
「あ、あ、あ、足がァァァァ!!!」
さらに空間振動による衝撃波によって、近くにいた者たちは吹っ飛び、全身が激しく床や壁に叩きつけられたいた。ん? 一人変なのいなかった?
それだけではない。
結界の底面から地面へと伝わった凄まじい共振は、ギルドの頑丈な石床を粉砕。バリバリと蜘蛛の巣上の亀裂を走らせ、ドゴォッ、と派手に陥没させてしまった。
「フフッ」
隣のセナが小さく不敵に笑い、軽やかな足取りで顔を青くしているオッサンへと歩を進める。
あっ、嫌な予感しかしない。
「バルガスさーん。悪ふざけで大変なことになっちゃったねえ。どうすんの~」
ドSモード発動だあ!!!
オッサンが罵倒されるところは見てみたいけど、仕返しはもっと利益になるようなことをしたい。だから、今は貸しにしておこう。
「大規模修復魔法、発動!」
眩い光がギルドの敷地を包み込んだ瞬間、散らばっていた瓦礫が巻き戻されるように修復され、元の美しいギルドが姿を現した。
「さ~てお次は、【聖癒の領域】展開!」
足元から爆発的に広がった巨大な魔法陣から天へと巨大な光が立ち上り、その領域にいた者たちの傷は、まるで最初からなかったかのように消え去っていった。
「ああ~、残念」
――やっぱりドMいるよな。どこでもいるんだなそういうやつ。
「皆さん、お騒がせしました。それで、オッサン。S級の討伐依頼を受けたいんだけど」
腰が抜けているオッサンに近付くと、俺は手を差し伸べた。
「ああ、分かった」
オッサンが俺の手を掴み、立ち上がろうとする、その瞬間、【籠森流神殺拳:発力】(籠森流神殺拳において、基礎中の基礎)を発動させる。軽い仕返しだこの。
「ん? どうした」
「いや、これ、痛い、ぐ、折れる折れる折れる俺悪かった悪かったから」
「分かればよろしい」
「……はあ、あっぶねえ。骨折れてんじゃねえか、これ」
ぶつぶつ言いながら、受付の中に入っていくと、美しい装飾がされた書状を持ってきた。
「なんだこれ?」
「すまんが、S級は今なくてな。これは、王国の周辺に数ある小国から直々に依頼されたSSS級魔獣【懐絶の魔竜】の討伐依頼だ。すでに王国が宮廷魔導士を送ったが小隊が三個全滅している。……だが規格外のお前らの初陣なら、これくらいで丁度いいだろ?」
「ああ。大丈夫か、セナ?」
「おそらく」
手渡された羊皮紙には、禍々しい竜の似顔絵が描かれていた。
これぞ、SSS級って感じだ。腕が鳴る。
「ククク……」
俺は不敵にほくそ笑み、不気味な声を発した。
「せいぜい我が血肉となり、糧となってもらおう……」
「「「うわぁ……」」」
「…………」
気まずい。




