第十話 ……なんで、なんで、なんで、どうして、なぜ! あんなことを言ってしまったんだ……
王国の国境沿い。
常人は立ち入ることすらできない。A級冒険者ですら、踏破に数年はかかる、この果てしない山脈。
名を【アビサル山脈】
鬱蒼とした木々が生い茂るその巨大な山々の連なりこそが、SSS級魔獣【懐絶の魔竜】の根城だった。
ギルドで討伐依頼を受注した俺は、気まずい雰囲気のセナの細い腰を強引に抱き寄せると、そのまま【空間転移】を発動した。
視界が一瞬だけ漆黒のノイズに染まり、次の瞬間には、俺たちは、魔竜が出た、と目撃証言のあった山脈の麓へと一瞬で転移した。
「えっ、えっ?」
あまりの一瞬の出来事にセナが目を白黒させているのを横目に見ていると、強烈な異臭が鼻腔を刺激した。
「なんだ、この匂い……」
足元に視線を落とした瞬間、そこに転がっていた人間の眼球と目が合った。
「…………!!!」
息を呑み、弾かれたように顔を上げると、そこに広がっていたのは、宮廷魔導士の精鋭小隊が三個全滅したという地獄の惨状だった。
地面のあちこちに散乱する、原形をとどめていない鎧の残骸、千切れた四肢、血の海、そして、もはや人間の物だったかも判別つかないほど滅茶苦茶の肉塊が、そこら中こびりついている。
「……っ、これは、ひどい……」
地面に足をつけたセナが、短い悲鳴と共に口元を両手で覆った。
澄んだスカイブルーの瞳が、恐怖と嫌悪で激しく揺れている。
そんな中、俺の胸の奥では、ジワジワとした奇妙な熱さが弾けた。
待て、何だこれ……ヤバい、めちゃくちゃ滾ってきた……!
全身にゾクゾクとするような高揚感が駆け巡り、脳細胞が過剰なアドレナリンで満たされ、全能感が急速に膨れ上がっていく。
ふと、膝を抱えて丸くなっているセナに目を向けると、その方は今にも泣きだしそうな程震えていた。
阿鼻叫喚の惨状を前に、俺はすっと前髪をかき上げ、敢えて不敵に、そして不気味に、口角を吊り上げて笑ってみせた。
「ククク……案ずるなセナ。運命に抗おうとした有象無象どもが、世界の因果によって少々派手に解体されただけに過ぎん。十億年の深淵を覗いてきたこの俺にとって、この程度の血溜まり、我が庭に咲く紅き薔薇の絨毯よりも粗悪な風景よ」
「……え?」
セナの声が、低く震え、その目が見開かれた。あれ? なんで、励まそうとしたのに。
「な、何を……言ってるの?」
「ん? 聞こえなかったか? 我が【無限暗黒倉庫】に転がる廃棄物の方が、まだこれらよりは幾分か見応えがあると言ったのだ。ククク、王国を守る精鋭たちが、ただの肉片に還るとは、何とも皮肉で滑稽な――」
「いい加減にしてよッッッ!!!」
山脈の澱んだ空気を切り裂くような、セナの大絶叫が響き渡った。
驚いて視線を向けると、セナの顔は怒りと、それ以上の激しい軽蔑に染まっていた。
そのスカイブルーの瞳から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。
「な、セナ……?」
「あんた……本当に、人の心がないのね。最低……最低よ、守!!」
「いや、これは我が魂の渇きが――」
(※訳:違うんだセナ! 高揚感で、いつものハッタリが最悪な方向に尖っちゃっただけなんだ――)
「うるさい! 言い訳なんて聞きたくない! この人たちは、この国を守るために、命を懸けて戦って、散ったのよ!? それを、粗悪だの、滑稽だの……!? 一体何様のつもりよ!!!」
違う、茶化したんじゃない。
「もういい……あんたの手なんて借りない。専属騎士なんて、今この瞬間を持ってクビよ! 私一人で、あの魔竜を狩ってくるわ!!」
「待て! セナ、一人で行くのは――」
俺が伸ばした手を、セナは激しく振り払った。
その目には、怒りと、深い絶望が滲んでいた。
「ついてこないで! あんたの顔なんて、もう二度と見たくない!」
そう叫ぶと、セナはレイピアを引き抜いて、弾け飛んだ肉塊を踏みながら、鬱蒼とした森の奥へと駆け込んでいった。
あとに残されたのは、血生臭い死体の山と、己の致命的な大失態に絶望した、一人の童貞の抜け殻だった。




