第八話 どうすれば正解だったの……っ!
どうなる俺の童貞ソウル!
アカン、このままだと本当に十億年のチェリー歴史が本日をもって幕を閉じてしまう! マテマテ落ち着け俺の煩悩と悪魔! 異世界転移の掟で『女性を襲うな』ってあったろ!? 思い出せ! 襲うのだけは、ダメ、ゼッタイ。でも「ずっとこうしてて」っておねだりされてるのを床に突き放すのも男として最低だし、っていうかゼロ距離でこんなに密着されたら男として色々と反応しちゃうし!! 隠し通せるかこれ!? ああもうどうすれば正解なんだよこれぇぇぇ!!!
俺は脳内で大パニックを起こし、限界突破のポーカーフェイスで呼吸を整えながら、ふにゃふにゃになったセナの身体を優しく、必死に理性を繋ぎ止めて、ぎゅっと抱き締めた。
「……ククク、望むところだ。我が暗黒の牢獄から、もう逃れられると思うなよ……」
(※訳:離しません! 離したくありません! このまま世界が滅びるまで腕の中に美少女をホールドしていたいです!!)
セナは俺の胸に完全に顔を埋め、「んふふ……あったかい……」と完全に脳内をとろっとろにとろけさせて、密着してくる。
お淑やかなワンピースから伝わる温もりが、俺の理性を一滴ずつ蒸発させていく。
○ ○ ○
それからしばらくの間、日が傾き、空が完全に夜の帳に包まれるまで俺たちは抱き合い続けた。
ようやくセナの腰の脱力が収まり、お風呂へと向かったのだが、数分後、バスルームの扉が少しだけ開いて、中から湯気と共にセナの甘えた声がリビングに響いた。
「ま~も~る~? 髪洗うの、手伝って~~~。ついでに一緒にお風呂入ろ~」
「ぶっふぉぉぉ?」
本日何度目かの奇声を上げる。
ちょ、おま、仕返しの耳ハムの代償がデカすぎるだろ!
結局、俺は限界突破のポーカーフェイスで虚空を見つめながら、泡だらけのセナの美しい黒髪をそれはそれは丁寧に優しく洗ってやった。
もちろん視線は一ミリも下に落とさず。
お風呂から上がると、セナはバスローブに着替えて、リビングのソファーにマスコットのようにちょこんと座った。
「お腹すいちゃった。守、ごはん」
宿の給仕が運んできてくれた豪華な夕食を前に、セナは何故か自分ではフォークを持とうとせ、スカイブルーの瞳を潤ませ、口を半開きにし、俺をじっと見つめてくる。
「……セナ、フォークはそこにあるぞ」
「やーだ。守がわるいもん……ほら、食べさせて」
セナはトコトコと歩いてくると、なんと俺の膝の上に特等席ばりにストレートに着席した。
おま……膝の上!! 柔らかい!! いい匂い!! たに!! あーだめだ。一旦落ち着け。
「どうしたの? 守」
ぐはぁ! ヤメロォォォ上目遣いで見てくんじゃねえ!! 誰でもいいからタスケテ!!!
俺は震える手でステーキを小さく切り、真っ赤な顔のままでセナの口へと運び続けた。
「むぐむぐ、美味しい♪」
セナは嬉しそうに俺の胸に背中を預けて甘えていた。
かわいいな、この生物。
○ ○ ○
――そして、深夜。
夜の静寂が特等室を包む中、俺たちは例のダブルベッドへと入った。
今夜のセナに境界線を設置する気は一ミリもなさそうだった。
布団に入った瞬間、セナは俺の腕の中に潜り込んできて、俺の黒パーカーの胸元をぎゅっと握りしめた。
「守……」
「な、何だセナ。我が因果の腕枕の心地は……」
「ううん。……まだちょっとドキドキしてて、眠れないの」
セナが長い睫毛を震わせながら、少し下から愛おしそうに俺を見つめてくる。
「ねえ守……子守歌歌って」
「こ、子守歌だと……っ!?」
おかしくなりつつ雰囲気の中で、まさかの睡眠導入呪文の要求!
「……フッ、いいだろう。我が深淵の戦慄が、お前を安眠へと誘おう……」
俺は意を決して、十億年の孤独の中で記憶していた、一番優しくて穏やかな子守歌を、静かな声音で口ずさみ始めた。
部屋の中に、俺のハスキーな歌声が静かに響き渡る。
セナは俺の胸に耳を当て、俺の歌が追えとドコドコと脈打つ心臓の音を聞きながら、嬉しそうにフフッと微笑んだ。
「守の歌、すっごく落ち着く……」
セナはさらに身体をピトッと密着させてくる。
バスローブの生地越しに、セナの柔らかい体温が俺の全身に伝わってくる。
「すー……すー……」
やがて、俺の胸元でセナの可愛い寝息が聞こえ始めた。
完璧に熟睡している。
……よし、『女性を襲わない』を守り抜くことができたぞ……! 俺の理性よ、本当によく頑張った……!
胸の中でスヤスヤと眠る清純(?)派黒髪美少女の温もりを感じながら、俺は鼻の穴にティッシュを詰め込み、幸せと同期の狭間で、一晩中天井を見つめ続けるのだった。
○ ○ ○
翌日。
「ぎ、ぎゃああああああああああ!!!」
爽やかな日差しが心地よい早朝、案の定、特等室に大絶叫が響いた。
「ど、どうした!」
洗練された兵士もびっくり、超高速で目をパチッと開け、跳ね起きるとそこには顔を真っ赤にして恥じらいの表情を浮かべるセナがいた。
「ま、守。な、何よこれ! なんで私が貴方の腕枕で寝てるの!? あと、この服は!? 守、あなた私に何かしてないよね!?」
俺はふっと不敵な笑みを浮かべ、余裕の表情で前髪をかき上げながら、低く囁いた。
「フッ……セナ。昨日は随分と激しかったな、もしかして経験があったのか?」
「は、はあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?!? な、何言ってるのよこの変態DT!!!」
ドガッ! と渾身の枕スマッシュを顔面に食らい、異世界三日目の朝は幕を開けた。
――それから三十分後、俺たちは宿の一階にある高級感あふれる食堂で朝飯を食べていた。
ちなみにセナの服装は、昨日のワンピース。どんだけ気に入ったんだよ。
テーブルの上には、焼き立ての香ばしいパンに、ジューシーな魔獣の厚切りベーコン、新鮮なサラダに、濃厚なスープ。
さすが特等室の宿泊客向け、前世の高級ファミレス(食ったことないけど)もびっくり、裸足で逃げ出すレベルの美味さだ。多分……。
そんな心なしか輝いて見える料理とは裏腹に、俺たちの間には、冷たくて、最悪に重い沈黙が流れていた。
うわああああああああああ完全にやってしまったあああああああああああ!!!
何が『昨日は激しかったな』だよバカか俺は!! 完全に深夜アニメとかギャルゲーのやりこみすぎだろ!! いくらバスローブ姿のセナが朝からエロすぎてテンパったとはいえ、格好付けて大人の余裕(笑)みたいな厨二セリフ吐いたせいで怒りゲージが最大値にまで達して一言も口きいてくれないんですけど! せっかく美味そうなベーコンも今朝の美少女密着イベントの余韻と大失態の後悔のせいで、砂みたいに味が全くしないんですけどぉぉぉおお!! 完全に嫌われたじゃん! 詰んだじゃん! 今すぐお城に帰宅and地下牢獄直行ルートなんですけどぉぉぉ!?
脳内で爆速オタツッコミを繰り出しつつ、俺は生まれたての小鹿のように震える手でスープを口に運ぶ。
対面のセナはというと、っておい!
さっきから何かやってると思っていたけど、フォークでサラダのトマトをこれでもかと、親の仇みたいにブスブス執拗に突き刺して、リズミカルに殺ってたのかよ!
完全にそのトマトを俺の顔面に見立ててバイオレンスなストレス発散のサンドバッグ代わりにされてる気がして、スープを飲む手がガタガタ震えて止まらないんだけど!!
「……あの、セナ。こ、ここ、このすーぷおいしいぞ」
俺が限界のポーカーフェイス(実際は冷や汗ダラダラ……もう、ポーカーフェイスとは呼べねえなあ!)で話しかけると、セナはピタリと手を止め、ジト目で俺をキッと睨み付けてきた。
「……そう。よかったわね。私はあなたのせいで、朝からお腹いっぱいなんだけど」
「あ、いや……すまん」
「ふん。……ほら、さっさと食べ終えてギルドに行くわよ。こんな気まずい空気、依頼でも受けて一発で吹き飛ばさないとやってられないわ」
全部あなたのせいなんですけどねえ……っ!!!
セナは最後の一口のパンを乱暴に口に放り込むと、まだ顔を赤くしたまま席を立った。
だが、その言葉の奥にある真意を乙女ゲーで培った俺の直感が感じ取った。
(※訳:本当は守の『昨日は激しかったな』ってセリフが朝から脳内でエンドレス再生されすぎて心臓が破裂しそうだからトマトを潰して気を紛らわせようとしてただけなのに、なんでそんなところばっかり鋭いのよこの大バカァ!!)
…………今の俺にはそれをさらに追求する勇気など一ミクロンも残っていない。




