第七話 ちょっと前までリア充爆発しろって思ってました。どうも裏切り者です
店を出ると、お淑やかで露出度の高いワンピースに着替えたセナは、両手いっぱいの大きな買い物袋を抱えて少し重たそうに歩き始めた。
「フッ、案ずるなセナ。その程度の重量、我が虚無の檻に収めれば、羽毛に等しき存在へと昇華される……」
俺が空間に向かってすっと右手をかざすと、漆黒の魔法陣が空間に浮かび上がり、セナの持っていた買い物袋をズブズブと飲み込んで完全に消滅させた。
「えええええええっ!? い、今、お買い物袋が消えたんだけど!?」
セナが鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、俺の手元と空間を交互に見つめて叫んだ。
「ククク……驚くには値しない。これは亜空間を掌握し、あらゆる物質を隔離・保管する我が独自魔術【無限暗黒倉庫】だ」
「ちょっと待って! あなた、まさか空間魔法も使えるの!? 空間魔法って、歴史上でも数人しか使えなかっていう伝説の失伝魔術よ!?」
ああ~、だからみんな「あばば」状態だったのね。
「ん? ギルドで素材を受付で出した時見せたろ?」
「あの時は、酒場を見てたのよ。下町に来たのも初めてだったから。あなた、本当に何者なのよ……!?」
セナが本気で頭を抱え、呆れと驚きが混ざった目で俺を凝視してくる。
「俺はただの異世界からの召喚者だ」
俺がすっと前髪をかき上げ、どこか遠い世界を見つめるような目をすると、セナは一瞬だけ言葉を詰めらせた。
だが、すぐにその澄んだスカイブルーの瞳で、少し下から覗き込むように俺の顔を真っ直ぐに見つめてきた。
フワリと、寝起きの時とはまた違う甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。
セナは少し悪戯っぽく、でもどこか真剣な声音で小さく呟いた。
「……ふーん、はぐらかすんだ。――でも、いつかは全部、私に教えてもらうわよ?」
「……っ!」
不意打ちのドキッとするセリフ!! 破壊力、世界線崩壊レベル!!
「さ、次のお店行きましょ!」
セナはそれだけ言うと、照れ隠しのように俺の前をトコトコと歩き始めてしまった。
ただの厨二病のハッタリのつもりだったのに、彼女が俺の過去を本気で知ろうとしてくれている事実に、俺の心臓はマッハの爆速ビートを刻み始める。
クソ、今のは反則だろ……! 俺の純潔ソウルが消し飛ぶかと思ったわ……!
俺は激しい動機を必死にポーカーフェイスで覆い隠しながら、彼女の背中を追いかけ、その細い手をそっと取る。
「へっ……!? ま、守……っ!?」
驚いてスカイブルーの瞳を丸くするセナ。
「……仕返しだ」
小声でそう言うと、俺は戸惑うセナを紳士的にエスコートした。
「な、なによそれ……っ!」
セナは真っ赤になってそっぽを向いたが、握った手は絶対に離そうとはしなかった。
繋いだ手のひらから、彼女のドコドコというクソデカ心臓音がダイレクトに伝わってきた。
俺、なんでこんな恥ずかしいことしてんだろ?
そのまま俺たちは、商業区の屋台通りで食べ歩きへと突入した。
「んむっ……! 何これ、外はカリカリなのに中はすっごくトロトロ!」
露店で買った異世界風のたこ焼きをパクリとやった瞬間、セナの瞳が幸せそうにとろけた。
元王女様の下町食べ歩きムーブ、ギャップ萌えが過ぎるだろ。
「守る、これ本当に美味しいよ! ほら、食べてみて。はい、あーん」
セナが自分で使った串にたこ焼きを指して、無自覚に俺の口元へと差し出してきた。
間接キス!! ラブコメの最高峰イベントが今ここに結実した。
いや、待て。
これはただの間接キスではない。
さっき俺は見逃さなかった。
串がしっかりと口の中に入って唇に触れていることを。
つまりこれは――
間接ディープキス!!
「ど、どうしたの? 食べないの?」
不思議そうに不安そうに小首をかしげるセナ。
俺はバックバクの心臓を必死のポーカーフェイスで抑え込み、パックリとそれを口に含んだ。
「……フッ、悪くない。我が魂の渇きが癒されていくようだ……」
(※訳:めちゃくちゃ美味い! この俺が一生のうちに間接キスをする日が来るとは……!)
お互いに顔をほんのり赤くしながら、俺たちは最高に甘酸っぱいおやつタイムを満喫した。
――夕方、『白銀の残響亭』の特等室。
部屋に戻ると、セナがベッドに並べた新しいお洋服やブレスレットを愛おしそうに眺めながら、ふと不思議そうな顔で俺を振り返った。
「そういえば守、自分の武器は買わなくてよかったの? 大金があるんだし、剣とか杖とか買えばよかったのに」
「案ずるなセナ。世界の調停者たる俺に、今更そこらの既製品など無用。……何せ俺は、かつて時空の狭間にいた十億年モノ間に、世界を数回は滅ぼせるレベルのチート級の武器を、すでに大量に作っているからな」
「……え? 十億年? 時空の狭間?」
セナが眉をひそめて、俺の顔を覗き込んできた。
「そうだ。あの虚無の深淵でガラクタを集め、神話級の術式を組み込み、全てを鍛え上げた。それらが今、俺の【無限暗黒倉庫】には山ほど眠っている……。ククク。恐ろしいか? 世界の調停者樽、この俺の真の姿が」
俺は前髪の隙間から鋭い眼光を放ち、決まった、と脳内で特大のドヤ顔を決めた。
しかし、セナはしばらくの間、口を半開きにしたまま俺の顔を凝視したあと、この世の終わりレベルの、もの凄く冷めきったジト目を向けてきた。
「…………あのさ、守」
「何だ、セナ。話が真実に、魂が震えているのか?」
「いやあ、この雰囲気の中ウザいなぁって」
「ぐぼぉあ!!!」
あまりにも冷徹な精神破壊。
「十億年って何よ、十億年って! この星の歴史レベルじゃない! 嘘をつくにしても、もうちょっとマシな設定を練りなさいよ! こっちは真面目にあなたの武器を心配してあげたのに、なんで真顔でそんな痛い妄想を聞かされなきゃいけないのよ! ほんとウザい!」
セナが本気でウザそうにこめかみを押さえ、盛大な溜息をつく。
「ち、違う! 俺は本当に時空の狭間で十億年の時を――」
「はいはい、十億年引きこもってたのね、すごーい。ほんと、その設定厨二病すぎてウザいわ」
こっちは真面目に話したのに、完全に痛い妄想扱いだ。……フッ、ならば言葉ではなく文字通り証拠を示すまで。
「……セナ」
俺はいつものふざけたポーズを解き、声音から一切の軽薄さを消し去った。
急に冷徹なまでに真面目になった俺のムードに、セナがビクリと肩を揺らす。
「な、何よ急に真面目な顔して……」
「この魔導書を見てくれ」
俺が空間にスッと手を差し込むと、漆黒の光を放つ、重厚な装丁の古文書が物質化して現れた。
ドクン、と部屋の空気が目に見えて重くなり、窓ガラスがビリビリと拒絶反応のように震えだす。
「こ、これ……何、この禍々しいまでの魔力は……っ!?」
セナのスカイブルーの瞳が、恐怖と戦慄で大きく見開かれた。
元王女としての高い魔力感知能力が、その本の本質を瞬時に理解したのだろう。
「これは俺が時空の狭間で見つけた、原初の魔導書だ。世界の創造に関わる禁忌の遺物。この本に書かれている内容を理解すれば、この世界の国家結界など一瞬で塵にできる代物さ」
「…………っ」
セナは言葉を失い、喉を鳴らして一歩後ずさった。
冗談でも、厨二病の誇大妄想でもない。
目の前の男が、時空の狭間でそんな恐ろしいものを手に入れて帰ってきた本物の生ける天災なのだという事実を突きつけられ、特等室の夕暮れの中にガチな緊張感が走り抜けた。
部屋を包むガチの重苦しい空気。
……あ、やべ。真面目になりすぎてセナを本気で怖がらせちまったか?
「……セナ、案ずるな。これは自重して倉庫に眠らせておく。お前を傷つけるような真似は絶対に――」
「う、うわあああ、もうバカーーーッ!!」
俺が慌てて魔導書を消し去った瞬間、セナが涙目で叫びながら、なんと俺の胸元にトスッと自ら飛び込んできた。
「へっ……!? せ、セナ……ッ!?」
露出度の高いワンピースを着たセナが、細い両腕で俺の腰をギュッと抱き締め、胸元に顔をすり寄せて甘えまくってきた。
背中の開いた部分からセナの肌の温もりがダイレクトに伝わってきて、俺の脳は一瞬で焼き切れた。
「怖かったんだから! 急に声が低くなって、部屋がビリビリ震えだして……! 私を置いてどこか遠い世界に言っちゃうかと思ったじゃない……っ」
セナは俺の服の裾をぎゅっと握りしめ、潤んだスカイブルーの瞳で少し下から覗き込んできた。
「ねえ……どこにも行かないって約束して? 私の専属騎士なんだから、ずっと私の隣にいてくれないと、お仕置きなんだからね……?」
首をコテンと傾け、吐息がかかるほどの至近距離で、おねだりするように甘えてくるセナ。
おま……ツンデレはどうしたんだよ!? 恐怖の反動で脳内の甘えん坊スイッチが入っちまったのか!? ていうか今のプロポーズか!?
あまりの愛おしさと密着間に、俺の「女性を襲うな」の掟が爆発しそうになる。
俺は全身を硬直させ、大噴出しそうな鼻血を十億年の精神力で内側に押し込めながら、必死にポーカーフェイスを保った。
「……フッ、当然だ。我が因果の鎖はお前と共にある。どこへも行きはせんさ」
「ふふ、ならよし! 守の胸、意外とあったかくて落ち着くから、もうちょっとこうしてあげる♪」
セナは嬉しそうに微笑むと、さらに俺の胸に身体をぴたりと預けてきた。
トスン、と柔らかい感触が俺の胸板に押し当てられる。
おま……それ以上密着するのは俺の生命維持装置が保たないと言っているだろうが!
「セ、セナ、そろそろ離れないと、我が体内の暗黒魔力が爆発を――」
具体的には男の大事なところから。
「やーだ。まだ心臓がドキドキしてるもん。ほら、守も手を回して、ぎゅってして?」
セナは俺の腕を自分の背中へと導き、抱き締めるように促してくる。
指先がセナの滑らかな背中の肌に触れた瞬間、俺の脳内に電流が走った。
細い、華奢すぎる。
俺の腕なら、少し力を入れただけで壊れてしまいそうな程、繊細で柔らかい本物の女の子の身体がそこにあった。
「……っ」
意を決して、そっと彼女の背中に腕を回し、優しく引き寄せる。
「あ……ふふ。やっぱり守は優しいね」
セナは満足そうに目を細め、俺の胸に完全に体重を預けてすりすりと身を寄せた。
耳元で聞こえる、セナの小さくてかわいい子級の音。
密着したから身体から、ドコドコと早鐘を打つ彼女のクソデカ心臓音が伝わってくる。
おい、お前もだいぶ緊張してるじゃねえか。いたずらしてやろうか。
ここまでやられたら俺の十億年DTソウルは何かしないと気が済まなくなる。
俺はそっと顔を近づけ、無防備に晒されたセナの白くて柔らかい耳たぶを、唇でそっとハムッと甘噛みした。
「ひゃっ、ひゃうんっっ!!???」
セナの口から、今まで聞いたこともないような色っぽい、裏返った悲鳴が飛び出す。
だが、セナは怒って離れるどころか、そのまま脳内が完全にショートしてしまったらしく、ふにゃふにゃと力の大半が抜けた状態で、さらに俺の胸へと自分の身体を押し付けるようにしがみついてきた。
「うぅ……っ。ま、守のばかぁ……。急にそんな、えっちなことするなんて反則だぞぉ……っ」
スカイブルーの瞳を完全に潤ませ、顔をトマトのように真っ赤にしたまま、俺のパーカーの胸元をギュッと握りしめてすりすりと甘えてくるセナ。
耳元で聞こえる彼女の吐息は完全に熱を帯びており、密着した身体から伝わる心臓の音は、さらに加速していた。
あっやばいかも。本当にヤバいかも。卒業しちゃうってこれは。抑え込めるか? いや、できるできないじゃないやるんだ!
「……フッ、我が深淵の甘噛みに、魂の結界が崩壊したようだな……」
(※訳:アカン! 仕返しのつもりだったのに余計に甘えん坊モードがブーストされたァァァ!!!)
「もう……守のせいで腰が抜けちゃったんだから……ちゃんと、責任取って、ずっとこうしててよね……?」
上目遣いで、消え入りそうな声でおねだりしてくるセナ。
お互いに顔をこれ以上ない程真っ赤にしながら、夕暮れの特等室は爆発寸前の甘酸っぱさと、どこか妖艶な空気に包まれていくのだった。
どうなる俺の童貞ソウル!




