第六話 別にセナが好きってわけじゃないんだからね……っ!
宿屋の美味しい朝食を済ませた俺たちは、活気あふれる王都の商業区へと繰り出した。
「すっごい……! お店がいっぱいあって、お洋服も可愛いのがたくさん並んでる!」
セナが子犬のように目を輝かせ、露店に並ぶ異世界風のドレスや軽装の防具を眺めている。
これまでは旅の汚れが目立つボロい村人服だったが、これだけの予算があれば選び放題だ。
俺たちはまず、異世界の女の子たちに大人気だという、少し高級な仕立て屋風のブティックのような店に入った。
「いらっしゃいませ! おお、そちらの可愛いお嬢さんにぴったりの新作が入っていますよ!」
売り込み根性たくましいな……。
愛想のいい女性店員に勧められ、セナはあれこれと悩みながら、お淑やかなパステルカラーのワンピースを抱えて試着室へと入っていった。
カーテンの向こうから、衣擦れの音がかすかに聞こえてくる。
……ダメだ、聴覚を研ぎ澄ますな俺! 邪念を払え!
「あ、あの……守? 着てみたんだけど、どうかな……?」
カーテンが開き、おずおずと出てきたセナの姿に、俺は息を吞んだ。
さらりと流れる美しい黒髪に、体のラインが綺麗に出る上品で大人っぽいデザイン。
だが、胸元や背中が大きく開いており、スカートの深いスリットからは真っ白な太ももが大胆に露出している。
露出度の高いその姿に、セナは顔を真っ赤にしてワンピースの裾をモジモジと引っ張っている。
「思ったより、その……あちこちスースーして恥ずかしいんだけど……変、かな?」
上目遣いで頬を染めるセナ。
あまりの可憐さに、俺はいつもの厨二病ポーズを決めることすら忘れ、ただ真っ直ぐに彼女を見つめた。
「……いや、変なんかじゃない。めちゃくちゃ可愛いよ、セナ。本当に、すごく似合ってる」
「え……っ?」
俺がただただ本心からストレートにべた褒めすると、セナは予想外の真面目なトーンに意表を突かれたようにスカイブルーの瞳を丸くし、耳の裏まで一気に真っ赤に染め上げ、ぷいっと顔を伏せてしまった。
「も、もう! 急に真面目な顔してそんなこと言うの、反則でしょ……っ!」
……………………
二人の間に流れる重く気まずい静寂。
それを破るようにセナが顔を上げ、俺を見つめる。
「よし! 次は守の服を選ぶわよ!」
自分の服をほめられて赤面していたセナが、照れ隠しのように俺の腕をぐいっと引っ張った。
「え? 俺の服? いや、この十億年モノの耐久性神話級スウェットで十分――」
「だめ! そんな出鱈目なこと通用する訳ないでしょ! ヨレヨレの服じゃ、せっかくの特等室や私のワンピースと釣り合わないでしょ!」
セナはフンスト鼻を鳴らし、メンズコーナーから黒を基調とした細身のインナーと、スタイリッシュなショート丈の黒パーカーをテキパキと選んで俺に押し付けた。
「ほら、早く着替えてきなさい!」
言われるがまま試着室に入り、急いで着替える。
カーテンを開けて外に出ると、姿見の前に立っていたセナが、俺を見た瞬間にパチパチとスカイブルーの瞳を瞬かせた。
「……え、ちょっと」
「フッ……どうしたセナ。話が漆黒の外套の至功に、魂を奪われたか?」
いつもの厨二病ポーズをキメる俺。
しかしセナは呆れるどころか、頬をほんのり桜色に染めて、じっと俺を見つめている。
「……悔しいけど、すっごく似合ってる。あなた、普段が残念なだけで、まともな服を着ると、その……結構かっこいいじゃない……」
セナが恥ずかしそうに視線を泳がせながら、小さな声でぽつりと呟いた。
直球のベタ褒め返し!! 破壊力は尋常じゃない!!
「お、おう……」
「ど、どういたしまして……っ」
お互いに褒め合ってしまい、試着室の前で何とも言えない甘酸っぱくて気まずい沈黙が流れた。
その時、先ほどの愛想のいい女性店員が間に入ってきた。
「まあ! お二人とも本当にお似合いで、理想的なカップルですね!」
「「か、カップ――!」」
悪いが、今の俺の思考回路では、ツッコミができない。
脳内全細胞が『カップル』という甘美な響きに呑まれ、十億年鍛えた俺の精神が白旗を上げている。
セナに至っては、顔から湯気が出そうな程真っ赤になってフリーズしていた。
そんな二人の様子をニヤニヤ見つめながら、女性店員がすかさずトレイを差し出してきた。
「ウフフ、そんな仲良しなお二人にぴったりなものがありますよ。お嬢さん、その最高なワンピースに合わせるためにこちらの『空蒼石』のブレスレットもセットでいかがですか? 旅の安全のお守りにもなるんですよ」
店員が差し出してきたのは、セナの澄んだスカイブルーの瞳と全く同じ色をした、細工の美しいブレスレットだった。
「あ……綺麗……」
セナがうっとりとそれを見つめる。
だが、中央に埋め込まれた宝石の術式と値札を見た瞬間、元王女であるセナのスカイブルーの瞳がこれ以上ないほど丸くなった。
「ちょっと待って、これ……ただのお守りじゃないわ。高純度の防御魔法が組み込まれた、本物の特級魔導具よ。市場価格なら金貨三十枚はくだらないはず……」
オッサンに昨日聞いた情報だと、金貨三十枚だといえば、一般的な一軒家がポンと変えてしまうほどの大金だ。
「(ちょっと守、こんな大金であったばかりの私に使わないで)」
俺に耳打ちし、本気で慌てるセナ。
だが、白金貨を持っている俺の前で、その程度で美少女に妥協させるわけにはいかない!
俺はすっと右手を顔の前にかざし、邪眼を抑えるようなキザなポーズを決めて不敵に笑った。
「店員、それも合わせて我が決済しよう。……セナ、断るな。これぞ前世の血脈が呼び合う『契約の証』だ。それに俺は――」
「ええっ!? ちょ、守、待って――っ」
焦るセナの手首を、俺はそっと掴んだ。
「さっきの綺麗だと言ったお前の顔を大事にしたい」
「へっ……!?……あ」
肌と肌が触れ合う近距離。
俺の心臓はすでに爆発寸前だが、限界突破のポーカーフェイスを維持して、セナの細い手首にそっとブレスレットを着けてやった。
「……フッ、やはり。お前のスカイブルーの瞳と同じ、気高く美しい輝きだ。似合っているぞ、セナ」
真っ直ぐ目を見て、最高にキザなセリフを叩き込む。
セナは一瞬で顔をボッとさらに真っ赤に染め、ブレスレットを愛おしそうに撫でながら俯いた。
「……な、何よそのセリフ……あ、ううん、その、男の人から……こんなもの貰うの……初めてなんだからね……っ!」
消え入りそうな声での不意打ちのデレ、再び!! 破壊力測定不能!!
「あ、あの、守……? 急にロボットみたいに動きが硬くなってるわよ?」
「あ、案ずるな……我が魂が、あまりの尊さに昇華されかけているだけだ……」
脳内発言が漏れるのを必死に防ぎ、全身を硬直させて限界のポーカーフェイスを保つ俺。
セナはそんな俺の様子を見て、照れ隠しにフフッと小悪魔のように微笑んだ。
「ま、買ってくれたんだから、一生大切にしてあげる。その代わり、私の専属騎士なんだから、これからもいっぱい私のわがままに付き合いなさいよね?」
「ククク、望むところだ」
お互いに顔を真っ赤にしたまま、何とか格好をつけ合うという、最高に甘酸っぱくて少しシュールな空気のまま俺たちは店を後にした。




