第五話 美少女の神テンプレ、ありがとうございます!!!
セナが俺の頬をつねっていると、オッサンの豪快な笑い声が響いた。
「が、ガッハッハ! 見事だ小僧! 壁と床の修理費なんざ、この俺のツケにしときな!」
「いや、さっきの素材の金で払えるから」
ズガガガ、と瓦礫を跳ね除けて、壁の穴からオッサンが戻って来た。タフすぎるだろ。
オッサンはそのまま大樽を片手で持ち上げると、尋常じゃない勢いで喉に流し込み始めた。
ゴク、ゴク、ゴク、とまるでダ●ソンの掃除機ばりに酒が吸い込まれていく。
「ぷはぁー! 魂が震える美味さだ! 腕は立つ、度胸はある、最高の新人に乾杯だ!」
「「「「「カンパーイ!!!」」」」」
オッサンが点呼を取り、男たちがそれに続く。
ノリがいいなぁおい!
オッサンはドスンと大樽を置くと、赤くなった鼻を鳴らしてニカッと笑った。
「そういや小僧、お前が持ち込んだあの魔獣の素材、査定が終わったぜ。おい、持ってこい!」
受付嬢が恐る恐る差し出してきたのは、ずっしりと重い革袋。
中を開けると、見たこともない大粒の芸術的な金貨がギラギラと輝いていた。
「相場じゃ語れねえ極上品だ、建物の修理費を引いて、白金貨184枚に金貨54枚ってところだ。これだけあれば、毎日娼館に行っても、一生遊んで暮らせるぜ」
「ククク……我が活躍の成果としては妥当な対価だな……」
(※訳:やったぜ大金持ちだ! 異世界のスナック菓子買い占めてやる!)
「よし、これでお金の問題は解決ね!」
セナがホッと胸を撫で下ろす。
オッサンはそんな俺たちを見て、ニヤリと悪巧みをするような顔でウインクしてきた。
「約束通り、この街で一番いい宿を紹介してやる。ギルドの裏手にある『白銀の残響亭』だ。俺の紹介状があれば、特等室を格安で貸してくれる」
おいおいおい、なんだよその厨二病患者が悦ぶ名前はよぉ。
「そこでいいぜ」
「よし! 飲むか!」
「応ッ!!」
いやあー十億年ぶりの酒だぜ。
「だめ、宿に行きましょう」
「へっ?」
セナがジト目のまま、俺の襟首を子猫のようにガシッと掴んで引きずる。
「どうしてだよお!!!」
○ ○ ○
――『白銀の残響亭』特等室。
「……ねえ、守」
「何だ、セナ。そんなに震えて、魔王の気配でも察知したか?」
「違うわよ。……ねえ、何でベッドが『一つ』しかないの?」
キタ、キタキタキタキタ、これだよ!!
異世界ファンタジー、もしくはラブコメにおける絶対不可避の黄金法則!
『部屋が一つしか空いていなくて、しかもベッドがダブルベッドの一つだけ』のテンプレだ!
部屋自体はさすが特等室、大理石の床に高級なソファー、夜景の見えるテラスまでついていて超豪華だが、問題は中央に鎮座するふかふかのクソデカベッドである。
「フッ……これは運命の悪戯、いや、世界線が交差したことによる因果律の収束……。案ずるな、俺は床で寝る。世界の調停者たる者、大地の温もりこそが最高の寝床よ」
俺はすっと壁際に立ち、腕を組んで目を閉じた。
余裕たっぷりの紳士ムーブである。
だが本当は美少女と同じベッドというシチュエーションに、心臓がバックバクの爆発寸前の限界ムーブである。
すると、セナがじーっと俺の顔を覗き込んできて、ふっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「……ねえ守。もしかして、女の子と二人きりだからって緊張してる?」
「な、何!? 我が精神は絶対零度の混沌、緊張などと言う概念は――」
「あー、やっぱり。あなた、さては『童貞』ね?」
「ぶっふぉぉぉっ!?」
セナの口から放たれた、あまりにもダイレクトすぎる不可視の精神崩壊。
直撃した俺は、胸を押さえてその場に膝を突いた。
時空の狭間で十億年鍛えた俺の防御力が、今、紙切れのように引き裂かれた。
「図星なんだ! あはは、面白い! あれだけ偉そうに『滅びの業火』とか言ってるのに、女の子の手も握ったことないんだ!」
セナがベッドの上にポスっと座り、足をパタパタさせながら指を指して笑って来る。
くそ、楽しそうだなこの王女様!
「ち、違う! 俺は前世、いやかつての生において、無数の魂と契りを結び――」
「はいはい、DT特有の苦しい言い訳はいいから。そんなに怯えなくても取って食べたりしないから、真ん中に枕でも置いて境界線を作りなさいよ」
セナがフフンと勝ち誇った顔で、クッションをベッドの真ん中に並べ始めた。
完全に主導権を握られて悔しい。
だが、顔を真っ赤にしてからかってくるセナがこれまた破壊力抜群に可愛いので、実質俺の勝ちである。
「くっ……今日のところは、その境界線を認めてやろう」
「はいはい、分かったから。早くお風呂に入ってきなさい」
セナに背中をドシドシと押され、俺はバスルームへと追いやられた。
ちなみに、この世界の高級宿には『魔導式全自動シャワー』が付いているらしい。これもまたテンプレ。
湯気に包まれながらも、俺は赤くなった顔を手で覆った。
「……クソ、まさか一発で見抜かれるとは。だが、明日の朝、目が覚めたらセナが境界線を越えて、俺の腕の中にいるという神テンプレが発生すれば、この戦い、俺の完全勝利だぞ……!」
俺の邪悪な妄想がバスルームのタイルに虚しく反響していた。
○ ○ ○
「ふぅ……十億年ぶりのシャワーは気持ちいいな。やはり戦いの後の不純物は、シャワーで洗い流すに限るな……」
服を着てバスルームから出た俺は、湯気と共にリビングへと戻った。
セナに『童貞』と見抜かれた衝撃は、想像以上に俺のガラスのハートを抉っていた。
くそ、十億年の修業の成果が泣いているぞ……!
「あ、守。お風呂上がった? じゃあ次、私入ってくるねー」
セナはそう言って、着替えを持って入れ違いでバスルームへと消えていった。
よし、この荒ぶる煩悩と悔しさを沈めるには、筋トレしかない!
俺はすっかり筋トレ馬鹿になっていた。
十億年という時間は、ここまで人を馬鹿にさせるのだ!
俺は上半身の服を脱ぎ捨てて半裸になると、床に向かって勢いよく倒れ込んだ。
ただし、ついたのは左手の『小指だけ』である。
「よっ!」
そのまま小指一本だけえ逆立ち状態になり、凄まじい速度で腕を曲げたりする上下運動を開始。
あまりの速度に俺の全身が残像になり、リビングにブォォォン!と衝撃波と風切り音が鳴り響く。
――それから数十分後
「ぷはぁー、いいお湯だったぁ♪ うわあなんか涼しい~」
ガラッと扉を開けて、バスルームからセナが出てきた。
「よっ出たか、――っ、お前、その格好!?」
小指逆立ち運動をピタッと止め、バッと床に着地したキレッキレの半裸の俺と、髪をアップにして身体に白いバスタオルを『一枚巻いただけ』のセナが、リビングの真ん中でばったりと遭遇した。
ゆげで上気した桃色の肌。
タオルの上からでも分かる、意外と主張の激しいわがままな曲線。
そして、髪の毛先から滴る水滴――。
「……は?」
「……へ?」
時が止まった。
気まずい沈黙の中、俺は片手を腰に当て、もう片方の手ですっと前髪をかき上げ、顎を斜め四十五度に突き出す完璧なナルシストっポーズを決める。
「……どうしたセナ。俺の完璧なる肉体に見とれているのか?」
「な、ななな、何言ってるのよこの変態DTぃぃぃーーーっ!?」
セナは一瞬で顔をトマトのように真っ赤に染め、両手で顔を覆った。
だが、指の隙間からじーっと俺の腹筋を見つめている。
「だ、大体何よその恰好! 部屋の中で裸で激しく動かないでよ! 私……そ、その男の人の裸なんて……初めて見たんだからね……っ!」
消え入りそうな声で、俯きながら顔を真っ赤にして照れるセナ。
俺はそんな彼女をじっと食い入るように見つめてしまう。
ダメだ耐えろ俺! いくら美少女の「男の裸初めて」ムーブで特攻ダメージがカンストしても! 襲うことだけはするな! 決めたじゃないか! 異世界転移の際、女性を襲うことだけはしない、って! 純潔を守れ、守!
十億年の修行の成果も、キレッキレの筋肉も、美少女の初心な破壊力の前には容易く消し飛ぶ仕様らしい。
俺の限界を超えた脳細胞が静かにシャットダウンし、鼻の穴からつぅーと一筋の赤い液体が流れ落ちる。
そのまま俺は、糸が切れた人形のように高級絨毯の上へバタリを仰向けに倒れ込んだ。
「ちょっと守!? なんで静かに気絶してんのよ! しっかりしなさいってば!」
グワングワングワン、と倒れた俺の胸ぐらをセナが激しく揺さぶり、ぺちぺちと頬を平手打ちして叩き起こしてくる。
「う、うぐっ……セナ、やめろ、我が肉体に刻まれた暗黒の呪印が暴走……」
「暴走してんのは貴方の頭でしょ! ほら、変な妄想してないでさっさと服を着る!」
赤くなった顔を隠すように怒鳴り散らすセナに、俺は強引に服を着せられた。
…………胸が当たりまくってたのは秘密にしておこう。
ちなみにこの後、ベッドの真ん中に頑丈なクッションの壁が築かれたのは言うまでもない。
○ ○ ○
――翌朝。
小鳥のさえずりと、窓から差し込む心地よい太陽の光で、俺は目を覚ました。
「ん……?」
なんだか、右腕が妙に重いのと、何か柔らかいものが当たっている。
そして信じられないほどに優しく、もの凄くいい匂いが鼻腔をくすぐる。
ゆっくりと視線を下に向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「すー……すー……」
セナだった。
あんなに頑丈に詰んだはずのクッションの壁を綺麗に更地にし、俺の右腕をガッチリと抱き枕のようにホールドして、胸に顔を埋めてスヤスヤと眠っている。
キ、キタァァァァァァァァァァーーーッ!!!
ベタな伏線回収有難うございます!!!
脳内で特大のファンファーレが鳴り響く。
確率99.8パーセントの神テンプレ、完全勝利!
美少女の柔らかい感触が二の腕にダイレクトに伝わってきて、俺の心臓はすでにマッハ3で脈打っている。
「ふにゃ……うぅん……」
セナが小さく身悶えし、長いまつ毛がゆっくりと震えた。
あ、これ起きる。目が合って悲鳴を上げられるやつだ! 完璧な様式美!
「ん……朝……? ……あれ、守?」
セナが寝ぼけ眼で、じっと俺の顔を見つめてくる。
「フッ、おはようセナ。どうやらお前、夜の間に自分の本当の気持ちに抗えなかったようだな……?」
俺が最高にキザ中尾で微笑むと、セナは一瞬、自分が俺に抱き着いている状況を認識し、顔をボッと一瞬で真っ赤に染めた。
「……へ? ……あ、あ、あああああっ!?」
ベッドを転げ落ちる勢いで、セナが飛び退く。
「ち、違うわよ! これは、ベッドが広すぎて、その、寝相が悪くて、ただの事故で……ッ!?」
「ククク、言い訳は見苦しいぞ、セナ。これぞ因果の――」
「違うって言ってるでしょおーーーっ!! この、DTのくせに調子に乗るなーーーっ!!」
ドガッ!!!
顔を真っ赤にしたセナから放たれた、渾身の枕スマッシュ(物理面最高打点)が俺の顔面にクリーンヒットした。
もちろんダメージはゼロだが、照れ隠しで怒り狂うセナが可愛すぎるので、俺の心は朝から大満足であった。
「だから、照れ隠しじゃなぁぁぁぁぁい!!!」
ラブコメ要素満載の話でしたが、楽しんでいただけましたか?
自分でもセナが可愛すぎて、書いてる途中でも心臓バックバクで何度水を飲みにいったことでしょう。
感想頂けると幸いです。




