第二話 お嬢様と名前で呼び合う仲になりました。
こいつホントにさっきまでの王女様か?
王女様もとい小悪魔美少女は、ベッドの端に腰掛け、頬杖をつきながら、俺を見定めるように見下ろしている。
「なによそれ、おかしいわ。貴方、あの竜王から私を命がけで助けてくれた救世主のくせに、何でそんなに潔いのよ。普通はもっとふんぞり返るものでしょう?」
「いや、だって不敬罪で酷い目に遭わされるかなって…………」
「遭わせるわけないでしょう、命の恩人相手に」
なんだこの王女様、全然小悪魔じゃない。いい女性じゃないか。
「………でも、何でも好きにしていいって言ったのはあなたよね?」
前言撤回。
小悪魔でした。
小悪魔美少女は、ふっと上体を屈め、俺の顔にぐっと自分の顔を近づけてきた。
甘い香りが鼻腔をくすぐる。
彼女の瞳には、極上の玩具を見つけてを手のひらで転がして楽しもうとするド S 小悪魔の光がギラギラと宿っている。
「いい? 死ぬまで私に付き合ってもらうわよ」
「………え?」
「私の専属騎士として、縦として、私のわがままに一生振り回されなさい。これから先の旅も、戦いも、死ぬ時も一緒。私をチョロいなんて言った罰よ。私の手のひらの上で、一生転がされてもらうんだから」
楽しそうにクスクスと笑う小悪魔美少女。
そのド S な台詞の裏には、俺を「一生隣にいる唯一無二の仲間」として絶対に離さないという、特大の信頼と不器用な優しさが詰まっているように感じた。
乙女ゲーで培った俺の観察眼を舐めないでほしいね。
出会って二十分ほどしか経っていないが、早くも彼女の行動パターンは見切った。
要するに、照れ隠しでド S 発言をしてしまうタイプなのだ。
――と、ここまで都合よく解釈してしまうあたり、我ながらオタクで自意識過剰が極まっている気がする。
「ありがとう。王女様」
そう告げると、王女様は目に見えて動揺し、視線をあちこちに泳がせ始めた。
それでもこちらが気になるのか、チラチラとこちらを見てはすぐに目を逸らす、を繰り返している。
「ねえ、これからよろしく頼む相棒を、ずっと『王女様』呼びは嫌なんだけど」
「じゃあ、どう呼べと?」
「不通に名前。お互いその方が気楽でしょ?」
「そうだな!」
俺は立ち上がり、こんな時の為に用意していた挨拶をする。
すっと片手で前髪をかき上げ、指の隙間から、濁った暗黒を宿した瞳で王女様を射抜く。
そのまま、目元を覆った右手にクククと不気味は笑みを漏らし――
突如、無駄に洗練されたキレのある動きで、ビシッと人差し指を彼女に突き出した。
「――幾千の絶望を超え、虚無の深淵で数多くの魂の慟哭を聞いてきた男」
脳内の架空のカメラ(夜の裏路地風フィルター)に向かって、俺は底冷えするような笑みを決める。
「籠森 守だ。……案ずるな王女。言葉はいらない。お前の歩む血塗られた路。この俺が影となってこの魂を全て燃やし支えてみせよう」
――うん。
我ながら、一歩間違えればただの不審者である。
見ろよ。今の王女様の顔。
完全に異常者を見る目だよ! ビシッと指を突き出した姿勢のまま静止していると、王女様が小さく肩を震わせ始めた。
真っ赤になった顔を両手で覆い、必死に声を漏らさないように堪えている。
だが、決壊は早かった。
「――あははははははは! ハハハハハハハ!」
突如、頭上から降って来たのは、お淑やかな王女のそれとはかけ離れた、新世界の神さながらの感情大爆発の哄笑。
彼女は涙目になりながら、お腹を抱えてケラケラと笑い転げている。
「な、何よそれ……っ! 魂の慟哭って何!? 魂全部燃やしたら死ぬやんっ……くくっ、ひーっ、お腹痛い………!」
その様子を見て、俺の中の悪魔が覚醒する。というか天使はいないんだけど………。
「フッ、お前には見えないのか? この空間を支配する絶対不変の戒律が………」
「あはははは! くくっ、ひーっ、もうやめてえ!」
「俺の観察眼を侮るな。貴様の精神の虚飾の檻など、すでに看破している」
「あははははっ! ふ、ふふっ、ひぃ、ひぃ――もう、お腹よじれる………っ!」
「無駄だ。俺の紡ぐ言葉は全て世界の調停者によって定められた不可避の真実なのだから
………」
「ははははは! っ、く、苦しい………っ、ひーっ、誰かぁ………! だ、だめぇ……」
しまった。悪ふざけしすぎたか? みるとお淑やかな王女のプライドなど完全に忘れて、枕に顔をうずめながら足をバタバタを悶絶していた。
その後、王女の笑いは十分間止まることはなかった。
ようやく落ち着いた彼女は俺に向き直っている。
「それでね。私の名前は――」
「大いなる深淵」
「ブフッ! も、もうやめてよぉ……っ!」
「ごめんごめん」
ただ厨二病ワードを連発して爆笑させただけ。
けれど、それだけで王女様との距離は、驚くほど一気に縮まった気がする。
…………うん。オタクをやっていて、初めて報われたかもしれない。
「わ、わた、私の名前は、セレーナ・ヴァル・オルレシオン。セナって呼んで、よろしくね」
「ああ、よろしくな、セナ」
「よろしく、守」
…………
…………………
ちょっと待ってほしい。
今、美少女にものすごく自然に名前を呼ばれた。
しかも、さっきまで爆笑していたせいで、彼女の頬はまだほんのりと赤く染まっている。
上目遣いで、少し照れ臭そうに俺の顔を見てくるその破壊力たるや、乙女ゲーのメインヒロインも真っ青のレベルだった。
――ドクン。不意に、俺の胸の奥にある『暗黒の心臓(ただのオタクの心臓)』が、大きく跳ね上がる。
「っ………!? な、何よその顔。私の名前、そんなに珍しかった?」
俺が完全にフリーズして顔を赤くしていると、セナは不思議そうに小首をかしげた。
さらりと流れる美しい黒髪。
だめだ。
さっきまでお腹を抱えて爆笑していたくせに、急に王女様らしい可憐さに戻るの、マジで反則だと思う。
「いや………なんでもない。………これからは、セナ、そう呼ばせてもらうよ」
俺が照れ隠しにふいっと目を逸らすと、セナがきゅっと唇を結んで、またチラチラとこっちを盗み見始めた。
気まずい。
だが、不思議と嫌な気まずさじゃない。
「そろそろ出ようか」
「そうね。お父様も待っているし」
俺たちは並んで歩き出し、部屋の重厚な扉へと向かう。
歩幅を合わせるように、セナの衣擦れの音がすぐ隣で聞こえた。
さっきまでの絶対零度のような緊張感はどこへやら、今の彼女からは冷気の一つすら感じられない。
厨二病ワード連発で大爆笑し、名前で呼び合うようになっただけで、二人の間にある見えない距離が確実に一歩縮まっていた。
「……あの、さ」
扉に手を掛ける直前、セナが小さな声で俺を呼び止める。
「ん? どうした?」
「お父様の前では、その……さっきの、私の名前…………」
セナはそこまで言って、またしても視線を泳がせた。
人差し指同士をツンツンと合わせながら、耳のあたりまで赤くしている。
「……やっぱり、二人だけの時だけにしてよね。その、他人に聞かれたら、変な誤解を招くかもしれないし。……王女としての体裁もあるんだから!」
最後は少し早口になって少しツンとした口調で言う。
だが、その言葉の裏にある『二人だけの秘密』という響きが、俺の『暗黒の心臓』に二度目のクリティカルヒットを叩き込んだ。
二人きりの時だけ、セナと呼ぶ。
なんだその隠れイベントみたいな特権は。
ご褒美が過ぎる!
「…………分かったよ、セナ。王様の前ではちゃんとする」
「よろしい。……じゃあ、行きましょう」
セナは満足そうに小さく微笑むと、今度こそ俺の一歩前を歩き出す。
高鳴る胸の音を必死に抑え込みながら、俺はセナを追うようにゆっくりと歩を進める。
…………とりあえず、王様の前でうっかり『セナ』と口走ることと、脳内発言ダイレクト外部出力だけは避けなくてはならない。
◇ ◇ ◇
再び王座の間に戻ると、王様は満面の笑みで待っていた。
「娘を頼むぞ、守殿」
えっ、バレてる!?
心臓がドサリと嫌な音を立てて落ちた。
完全にバレてる。
俺の名前。
セナと名前で呼び合う仲になったこと。
セナと運命共同体になったこと。
全てが筒抜けだ。
俺の額から、つーっと一筋の冷や汗が流れ落ちる。
――いやいやいや、おかしいだろ!
さっき部屋を出る直前に交わしたばかりの『二人だけの秘密』だぞ!? 王宮のセキュリティどうなってんだよ! どこかに隠しカメラか盗聴魔法の魔道具でも仕込まれてたっていうのか!?
それ以前に魔道具なら俺がすぐに気づくし、監視カメラがこの異世界の文明にあるとは思えない。
つまりは――
「お見事でございます、王様。それは貴方様の魔法なのですか?」
王自身が何らかの魔法によって直接監視していた、ということだ。
「なっ………!?」
俺の言葉に、セナが大きく目を見開いた。
驚いたのは王様も同じだったようで、満面の笑みをピキリと硬直させ、その細められた瞳の奥に一瞬だけ、鋭い『王の眼光』が閃く。
「…………ほう。気づくか」
王様はふっと笑みを消し、玉座に深く腰を掛け直した。
先ほどまでの親しみやすい空気は完全に消え失せ、部屋の温度が一段下がったような、圧倒的な重圧が場を満たしていく。
「我が一族にのみ伝わる固有魔術……【天眼】。千里先をも見通しその場の音や温度、魔力を感知することができる。これを発動している最中は、いかなる高位の魔法使いであっ
ても探知することは不可能なはずなのだがな。お主、やはりただ者ではないな?」
王様はニヤリと、今度は挑戦的な笑みを浮かべた。
完全に目をつけられた。
だが、不思議と俺の心を支配するのは恐怖ではなく、十億年ぶりの強者との対峙に対する胸の高鳴りだった。
「お、お父様……! 私達の会話を見ていたのですか!? 悪趣味です!」
静寂を破ったのは、顔を真っ赤にしたセナの怒声だった。
王女の仮面なんてゴミ箱にポイッ、完全にプレイベートを覗かれた乙女の顔で、実の父親をキッと睨みつけている。
「はっはっは! 許せ、セレーナ。最愛の娘が竜王に殺されそうになり、それを一撃で粉砕する男が現れたのだ。いくら作戦だとはいえ、父親として、その男の素行を調査するのは当然であろう?」
ごもっとも。
王様は豪快に笑いながら、再び俺へと視線を戻す。
「守殿。お主の力、鋭い洞察力、そして、今までの転生者はセレーナを都合のいい女として行為を及ぼうとしたが、お主は違う。セレーナを任せられるのはお主しかおらん。どう
か娘の『冒険者になって魔王を倒す』という夢を影ながら支えてくれないか?」
「監視していたならば、分かるでしょうに…………」
俺が苦笑いしながら肩をすくめると、王様が悪戯が成功した子供の用に、不敵に笑う。
「謹んでお受けいたしましょう!」
そして俺は、胸に手を当て深く頭を下げた。
王座の間に重い重い沈黙が流れる。
それを破ったのは、王様の先程よりも豪快な笑い声だ。
「ガッハッハッハ! そんな真面目にされると、こちらも反応に困るわ。それにしてもやはり守殿の反応は面白いな。ガッハッハッハ!」
クソ! この父娘、人をからかって遊ぶのが遺伝レベルで染み付いてやがる…………っ!
「それで、聞きたいことがあったんですけどよろしいですか?」
俺は頬をぴくつかせて、涙目になっている王様に問う。
「異世界召喚される時、一瞬でも視界が真っ黒になることやロード時間というものはあるのですか?」
王様はパチリと瞬きをして、何でもないことのように言う。
「そんなものあるわけないだろう。それよりも、そんな堅苦しい言い方はやめにしないか? こっちも疲れてくるのだ」
そんなのが王様でいいのかよ……!
引き攣りそうになる表情筋を、必死に制御する。
王様曰く、異世界召喚の時のロード時間は、普通はない。
じゃあ何故、俺だけ?
疑問に思うことが多すぎる。
だが今は分からないことも多すぎる。
それはこれから、セナと冒険する中で知っていけばいいだろう。
これから始まるセナとの二人きりの旅。 十億年分の孤独を埋めてお釣りがくるレベルの神展開だ。
こうして、俺とセナのじれったくて最強な旅が、幕を開けた。




