第三話 ギルドマスターに認められました
「獣人にエルフにごっつい人間! 本当に異世界に来たんだぁー!」
「うるさいわよ」
今、俺とセナは城下町にいる。
なんでもセナの国は、大陸でもっとも多くの種族が共存する自由交易都市らしい。
視線を前に戻すと、露店には見たこともない色彩の果実が並び、上空を巨大な飛竜が横切っていく。
「ぼさっと歩かないで。スリに遭っても知らないわよ」
セナは呆れたように溜息をつきながらも、俺が迷子にならないよう、時折後ろを振り返って歩調を合わせてくれた。
ふと隣を見ると、さっきまで華やかなゴスロリ姿だったセナは、すっかり素朴な平民の服装に着替えていた。
本物の王族だとバレると、誘拐や奴隷商人に狙われたりと色々と厄介らしい。
「で、セナ。俺たちはこれからどこに向かうんだ?」
「まずは冒険者ギルドよ。あなた、この世界の身分証を持っていないでしょ? 登録しておかないと、宿に泊まることもできないわ」
「お、ついにギルドか! 俺のチート能力が火を噴くときが来たな!」
「調子に乗らないで……まあ、貴方の『あの力』なら、最低ランクってことはないでしょうけど」
セナは小さく口元を緩めると、街で一番大きい、剣と盾のマークが描かれた建物へと俺を誘導した。
「邪魔するわ」
セナが勢いよく扉を開けると、そこは熱気と酒臭さで満ちていた。
中には、これぞテンプレって感じの昼間から大樽の酒を煽るいかにもガラの悪い男たちがいた。
ぎろりと向けられる威圧的な視線を浴びながら、セナは迷いの足取りで受付へと向かった。
ちなみに俺は心臓バクバク。騎士より勇ましい王女様ってどうなのよ。
「ギルドカードを発行したいわ」
カウンターに到着するなり、セナが開口一番、凛とした声でそう要求する。
ここで発生する異世界テンプレは…………
「分かりました。お二人で三十銀貨となります」
「えっ、守、お金持ってる?」
「いや、持ってない」
「一銅貨も?」
「一銅貨も」
お金がない!
――と、普通の転移者なら絶望するところだが、ふはは!こんなこともあろうかと、俺はさっき倒したドラゴンの素材持ってきているのだ。ざまあみろ!
一体誰に対してドヤ顔をしているのか自分でも謎だが、俺は空間魔法の収納から、おもむろに竜王の素材を取り出した。
「あの、未登録でも素材の換金ってできますか?」
「…………」
返事が返ってこない。
みると、先ほどのセナのように「あばば」状態になっている。
セナも「あばば」、ガラの悪い男たちも「あばば」。
一体どうしたんだ?
「あの~大丈夫ですか?」
俺が声を掛けると、受付嬢はハッとなって、ようやく正気を取り戻す。
「あっ、はい、大丈夫です。直ちに鑑定させてもらいますね」
受付嬢は慌てて素材を受け取ると、カウンターの奥にある奇妙な機械らしきものに通した。
「何あれ?」
俺が指を差して尋ねると、セナは当たり前のように答える。
「ああ、あれは『鑑定機』よ。鑑定スキルを持つ人は珍しいから、代わりに開発された魔道具なの」
「へえ~、異世界にもそんな便利なものがあるんだな」
感心する俺たちの前で、鑑定機が突然「ピ―――ッ!」と激しい警告音を鳴らし、真っ赤に点滅し始めた。
「い、一体、これは?」
鑑定機の画面には、とんでもない桁数の査定金額と『SSSランク』という文字が点滅していた。
「あ、ありえない……」
受付嬢はびっくりして目を見開いたまま、完全にフリーズしてしまった。
次の瞬間、奥の部屋からドタバタと激しい足音が聞こえ、扉がものすごい勢いで開く。
「おいっ! いま、鑑定機に『SSSランク』の反応が出たと連絡が――ぶふぉっ!?」
勢いよく飛び出してきたギルドマスターと思しきでっけえオッサンは、カウンターに置かれた素材を生で見た瞬間、あまりの衝撃に自分の足をもつれさせて派手にすっ転んだ。
「ぎ、ギルドマスターっ!?」と周囲が叫ぶ中、オッサンは鼻血を拭いもせず、這いつくばったまま素材に顔を近づけて凝視する。
「こ、こ、こ、こいつは『炎竜王の逆鱗』じゃねえか!」
オッサンは不意にガタッと立ち上がると、俺の目の前まで自分の顔を近づけてきた。
鼻血が出たままなので、めちゃくちゃ怖ぇ。せめて拭き取ってくれぇ。
「見ねぇ顔だな。お前か、この素材の持ち主は? どうやって手に入れた? まさか盗品か?」
地響きのような、地を這うような、めちゃくちゃ低い声だった。
ギルド内の空気が一瞬で凍りつくのが分かる。
すげぇ、これが数々の作品で見るギルドマスターの威圧か!
「いえ、これは盗品ではありま――」
「タメ口で喋れや」
「は……い……分かった。これは俺が倒した竜王の逆鱗だ」
「そんなことが信じられるか。大体お前、未登録だろ」
「その通りだ。それが何か?」
「問題大有りだ。どこの馬の骨かも分からん奴に、信用がねぇっつってんだよ」
はぁ、と俺は一つ溜息をつき、オッサンをキッ、と睨みつける。
「さっき、王城に竜王が突っ込んだことは知ってるだろう。そいつを倒したのが俺だ。背後から脳天をズドン、とな」
「デタラメ言ってんじゃねぇ」
「じゃあ、証拠を見せてやるよ。魔力測定装置は?」
その問いに、静かに見守っていた受付嬢が応える。
「こちらです」
受付嬢がテーブルの下から、これぞテンプレ! といった青く透き通った球体を取り出す。
俺がそれに向かって手を伸ばし、表面に軽く触れる。
――次の瞬間、パリンッ! と激しい音を立てて球体が弾け飛んだ。
「「なっ……!?」」
「う、噓でしょ……!?」
オッサンと受付嬢とセナが、同時に絶句して固まる。
俺はオッサンに向かってフッ、と不敵な笑みを浮かべた。
「だ、だが、いくら魔力量が多くても、それを上手くコントロールできなければ実践じゃ意味が――」
「ちょっくら失礼」
言いかけるオッサンの言葉を遮り、俺は魔力を操作して、吹き抜けになっている天井窓を開けた。
「微火球」
そこへ向かって、手のひらから極大の火球をノーモーションで撃ち込む。
本当なら無詠唱でもいいのだが、念のため詠唱をしておく。目ぇつけられたらいやだしね。
ズドォォォオォォォンッ!! と、上空で凄まじい爆発音が響き渡り、ギルドの建物全体が激しく揺れた。
「これでいいか? あれ?」
静まり返るギルド内。
喧騒に包まれていた酒場もいつの間にか静まり返っていて、男たちのジョッキからビールが床にポタポタと落ちる音だけが虚しく響いている。
数秒の沈黙の後――。
「ぶ、ぶはははははははーーーっ!!」
突然オッサンが、吹き出し、ギルドが震えるほどの爆笑声を上げた。
……いや、鼻血が出てることを忘れてないか?
そう思った刹那、オッサンの鼻血がまるでエッチシーンを目撃した深夜アニメの男主人公のようにブシャッと噴き出す。
「ゴホッ! ゲボッ! グボェハァッ!」
盛大に咽び散らかすオッサン。
あまりの汚さに、隣のセナは露骨に嫌そうな顔をして三歩ほど後ろに下がっていった。
「ハァ、ハァ……危ねえ、鼻血で窒息死するところだった……」
オッサンはハンカチを二つに千切って両方の鼻の穴に突っ込み、完全にフガフガとしたマヌケな鼻声で言う。
だが、その目は本気だった。
「こいつは、マジだ! マジモンのバケモノだぁ! おい、今すぐこいつを金貨で買収—―じゃなくて、S級冒険者として登録しやがれぇぇぇ!!!」
「あっ遠慮しておきます」
異世界ジャンルのラノベを読み尽くした俺には分かる。
S級冒険者になんかなったら、厄介ごとに巻き込まれるってなぁ!
……なんかオッサンの影響で俺までノリがおかしくなったが、ここは冷静に理由を説明しよう。
「まず、S級冒険者になんかになったら、義務だの国からの強制いらいだのが増えるだろ。俺は自由に生きて、自由なクエストをしたいんだ。……でも強者とは戦いたい」
俺はそこで言葉を切り、オッサンを真っ直ぐ見据えた。
「そこでだ、好きなときに強者と戦えるような、ちょっとした特別枠にしてくれねぇか?」
オッサンはポカーンと口を開ける。
両方の鼻の穴に布を突っ込んだまま呆然とするその姿は、ギルドの最高権力者とは到底思えないほどマヌケだった。
「……とく、べつわく、だぁ?」
数秒後、ようやくオッサンの脳みそが俺の言葉を理解したらしい。
「ガハハハハ! 面白れぇこと言うじゃねぇか! 自由でありがてぇが、強い奴とはヤり合いたいだと? 完全に戦闘狂の思考だな、気に入った!」
オッサンは勢いよく膝を叩くと、フガフガの鼻声で受付嬢に怒鳴った。
「おい! こいつに特別枠のカードを発行しろ! ランク表記は『測定不能』だ! ギルマス権限で全ての依頼への自由参加を認める!」
「えぇっ!? 本気ですかギルマス!?」
受付嬢がまた目を丸くする横で、俺は「交渉成立だな」と不敵に口元を歪めた。
「これからよろしくな! オッサン!」
俺はオッサンに向かって手を突き出し、握手を求める。
オッサンは口角を上げ、布をフンッと抜き取り、快くその手を握る。
「応ッ!」
「俺の名前は――守。籠森 守だ」
「俺の名前は、バルガス。よろしくな小僧」
ガッチリと交わされた握手は、確かな契約の証。
男の勘ってやつがこう告げている。
――コイツとは、面白くやっていけそうな気がする、と。
恐らくこれからの物語でオッサンは、大事なキーとなるだろう。
「ギルマスをオッサン呼ばわりして無事な新人、あなたが初めてですよ……」
振り返ると、ガタガタ震えながら死亡フラグでも見たかのような目をしている受付嬢。
だが当のギルマスは、俺の不敵な態度がよっぽど気に入ったらしい。
「ハハッ! いい面構えだ小僧! 気に入った、今から俺の奢りで酒だ!」
「おいおい、初対面の若者を真昼間からアルハラか?――上等だ、オッサンの財布が空になるまで付き合ってやるよ」
呆れ果てて溜息をつく受付嬢を背に、俺たちはガッチリと手を組んだまま、酒場へと歩き出した。




