第十六話 二十歳で召喚されちゃったから、地球のお酒あんまり飲めなかったけど、異世界の酒も美味ぇ!
「ガハハハハ! ほら小僧、ジョッキが殻だぞ! 国王直々の奢りなんだ、盛大に飲め、飲め!」
オッサンが、丸太のような腕で俺の方をガシガシと組みながら、なみなみとエールを注いできた。
対面の国王も、すっかりと赤くなった顔で「次だ、次を持ってこい!」と上機嫌で声を張り上げている。
当の俺はというと、
「おいオッサン、もうこれ以上は飲めねえって言ってんだろ!」
文句を言いながらも、手元のジョッキの中身を一気飲みしていた。
「つ~かよお、オッサンよぉぅ。『魔王』って実際のとこどんなやつなんすか~?」
俺は酔った勢いで、胸の奥に会った疑問をストレートにぶつけてみた。
すると、肩口をはだけさせたトロ目のセナが、首に手を回し、背中に胸を押し付けてきた。
「守ぅ……宴会の場で真面目な話? いいから私の酌を飲みなさいよぉ……♪」
「おいおいやめろよ~」
フワリと熱を帯びた甘い香りを纏いながら、俺の頬をぷにぷにとつねってきた。
「おいおいおい! 聞いたか今の! 新入りが魔王の噂について知りたがってるぞ!」
「魔王リクル・ムーリアマグネの話かぁ!? よっしゃ、現役A級冒険者様が教えてやるよ!」
俺たちの会話を盗み聞きしていたらしい、酔っ払いあの冒険者どもが、どかどかと俺たちのテーブルに乱入してきた。
「あいつはな、力もあるが『法』と『富の分配』で領地を豊かにした、人望の塊みたいなやつでなぁ」
赤ら顔の大柄の戦士が、酒臭い熱気と共に、俺の肩にずっしりと極太の腕をのせ、大声をあげる。
「そうそう! 昔は人類との共存を誰よりも望んでたとか!」
隣から割り込んできたエルフの魔導士が、エールをラッパ飲みしながらゲラゲラと笑った。
「おい、てめえら勝手に混ざるな!」とオッサンが拳を振り上げるが、乱入してきた酔っ払いどもは、「固いこと言うなよギルマス!」と全く動じない。
そこに国王が完全に酔っ払った勢いで、ガタッと立ち上がって割り込んできた。
「だが、二十五年前だ! 狂信的な人間の大国がな、神託が下っただのどうのこうので、共存の使者として赴いた魔王の最愛の妻と、まだ幼かった奴の二人の娘のうち一人を捕らえて、生きたまま祭壇で焼き殺しやがったんだ!」
国王はジョッキを握りしめ、悔しそうに奥歯を噛み締めた。
乱入してきた酔っ払いたちも一瞬だけ真面目な顔で頷く。
「そこからの奴の復讐は、苛烈を極めた!」
別の重戦士が、肉汁ジューシーな骨付き肉を豪快に噛み千切りながら叫んだ。
「強大な魔力を以って、その人間の大国をたった一晩で地図から消し去っちまったんだ」
「そして、奴の復讐は今なお続いており、人類すべての国家を滅ぼさんとしている」
「魔王には魔王の生き方があり、絶対に譲れねえ大義がある。魔族にとっては英雄、俺たちにとっては絶望そのものだ!」
国王がダン、とテーブルを叩き、俺の胸倉をグイと引き寄せた。
「いいか、この世界は不条理で満ちている。互いの正義がぶつかり合い、時に多くの血が流れる。この世界は泥沼だ!!」
数瞬の長い視線の絡ませ合い。
俺はフッと不敵に笑い、口を開いた。
「だがな――だからこそ、世界は面白い」
周囲の酔っ払いも、俺の澄んだ声に呆気にとられ、ギルド内に長い静寂が訪れる。
不意に一人の酔っ払いが、プッと吹き出すと、じきそれも決壊する。
「「「「「プハハハハハッッッ!!!」」」」」
「ワハハハッ! 完全に戦闘狂の考え方じゃねえか!」
「ダメだこいつ、その発想は俺にはねえや!」
「そうだね、暴力があるからこそ、世界は薔薇色に輝く」
「小僧! お前流石だな!」
「守ったら、もう」
「……………」
なんかこの雰囲気すごくいたたまれない気分になる……。
そんな中、国王だけが笑わずに俺の横顔をじっと見ていた。
「……それが、お前の大義か。それもまたよい」
そう穏やかな目で言った。
ああ、もう!
「みんなして笑いすぎだ!」
俺はカウンターに置かれていたエール樽を両手で力任せに抱え上げ――
「オゥラァァァ!!!」
ドンッ! と、樽の蓋を頭突きで叩き割り、そのまま勢いよく頭上へ傾けて、流れ出すエールの滝を口の中へ流し込んだ。
「ぷはあぁぁ! お前らもチマチマ飲んでねえで、豪快に飲めやぁ!!!」
「「「「「オオオォォォォォ!!!」」」」」
俺が樽を片手で振り回して咆哮すると、その尋常じゃない熱量と、魔力の暴走に当てられて、泥酔状態にあった冒険者どもが、一斉に跳ね起きた。
「う、うおおお!? 新人が樽飲み始めたぞ!」
「最高じゃねえか! 祭りだ祭り!」
「おい、もっと持ってこいやぁ!」
「王の奢りだ! 遠慮するな、ギルドの酒をすべて持ってこい!」
どかどか、バキバキと、椅子やテーブルを薙ぎ倒しながら、総勢数十人の酔っ払いどもが、飲めや歌え
の騒ぎを始めた。
大柄な戦士たちが、肩を組んで大声で歌い、獣人の暗殺者がテーブルの上で踊り狂い、下乳全開の服を着たエロい魔導士の美女が魔法で酒の雨を降らせる。
オッサンも完全に理性のネジが吹っ飛び、服を脱ぎ捨てて半裸で樽を煽り、国王も冒険者たちと肩を組んでジョッキを激しくぶつけ合う。
ギルド内は一瞬にして、身分も理性も節操も崩壊した混沌と化した。
そんな大騒ぎの中でも、セナは俺にべったりと引っ付き、トロンとした目で俺を見つめている。
へっ、何だこの気分は!? チーレム主人公どもめ、なかなかに良い御身分ですねぇ!?
「ほら守ぅ、ほかの馬鹿どもの酒なんか放っといて、私のお酒を飲みなさいよぉ……♪」
小悪魔モード全開のセナが、はだけた胸元を押し付け、耳元にふーふー、と甘く熱い吐息を吹きかけ、俺のジョッキに超高度数のウイスキーをなみなみと注いできた。
「ほらぁ飲みなさいよぉ~もしかしてぇ私のお酒が飲めないって言うの~?」
耳元で囁くセナの声は、いつもよりずっと低くて、酷く艶っぽかった。それこそ異世界召喚後、迫ってきた時よりも。
ふー、と吹きかけられた熱い吐息に、ゾクリと背筋が跳ねる。
「くっ……お前なぁ、それは反則だろ……!」
俺がジョッキを掴もうとした瞬間だった。
セナの白くて細い指先が、俺の太もも辺りに、そっと触れた。
衣服越しだというのに、彼女の指先が帯びている熱がはっきりと伝わってくる。
「んふふ。口ではそんなこと言って、ここすっごく緊張してるよ?」
セナの声が、いたずらに大成功した子供の用に弾む。
彼女の手は、太ももの内側を、なぞるようなぜる妙な軽さで、ゆっくり、ゆっくりと上へ向かって滑り込んでくる。
おい、マテ。そっちは、さっき俺が自分で「テントを張る」とか言っちゃった危険地帯……!
「セ、セナ、ストップ。それはマジでシャレにならん――」
「だーめ。質問に答えてくれたら、止めてあげる」
上目遣いのままトロ目のまま、セナが「ん……っ」と、鼻にかかった甘い吐息を漏らす。
指先が、俺の最後の防衛線のすぐ手前、あと数センチという境界線に触れた瞬間、ピタッ、と動きを止めた。
「ひゃうっ!?」
限界一歩手前で生殺しにされた俺の口から、情けない裏返った声が漏れる。
「あはは♡ いい声ぇ♪」
セナは俺の反応に満足したのか、境界線に指先を這わせたまま、それ以上は進めず、かといって離しもせず、ただじりじりともどかしく、その場所をいらずらに突いてくる。
「ほら、お酒、飲んで? それとも……お酒より、こっちの方がいい?」
吐息交じりの、とろけるようなウィスパーボイス。
内太ももにとどまる彼女の細い指から、ドクドクと波打つ俺の彼女の鼓動が、伝わり伝わっていくのが分かる。
「………………」
「………………」
ふと後ろを振り返ると、頬を上気させて艶っぽい笑みを浮かべるセナと目が合った。
周囲の音は消え去っていき、次第に二人だけの甘い静寂が訪れる。
周りの馬鹿どもがどんちゃん騒ぎをしている真ん中で、俺のセナの間だけ、完全に違う空気が流れていた。
「あー、もうっ! 飲めばいいんだろ、飲めば!」
俺は半ばヤケクソ気味にジョッキを掴む、ウイスキーを喉へと流し込んだ。
カッ、と食道に焼けるような暑さが広がる。
「んふふ、ごちそうさま♪ 男の子だね、守」
セナは満足そうに喉を鳴らして、ようやく太ももから手を離すと、今度は俺の首筋にぎゅっと抱き着いてきた。
それからの俺は――
「おうっ! さっさと、新しいエール樽を持ってこいや! おい、何だよ、セナ! もっと寄れよ!」
「「「「「オオオォォォ!!!」」」」」
と豪快にエール樽を煽りし、セナを抱き寄せ、騒ぎに騒いだ。
馬鹿どもは俺が放つ熱気に当てられて、さっきよりも一層勢いを上げて騒ぎ立てる。
ジョッキが砕け、樽が飛び交い、酔っ払いたちの怒号と歌声がギルドの頑丈な石壁をビリビリと震わせる。
一国の王が笑い、ギルマスが吠え、異国の最強戦士が暴走し、美少女王女が妖艶の絡みつく。
後に『終わりなき不夜城の狂宴』としてギルドの歴史に未来永劫語り継がれる伝説的な昼下がり。
そして、その翌日。
世界の歪みをその目で確かめるための、俺とセナの本当の旅路が始まる。
第一章完結です!
ここまでお読みいただきありがとうございました。
えっ!? ここまで読んでる人いるんですか!?
それならこんなところに書くべきことではないと思うのですが、まだ作中で出ていないセナの父親である国王の名前を明かしてしまいましょう!
彼の名は――ギルバート・ヴァル・オルレシオン
第二章も引き続き頑張って執筆いたします!
これからもあさろう豆腐と本作をよろしくお願いします!




