第十五話 ターニングポイントって思いのほか難しい……
国王はオッサンとの軽いノリを一度引っ込めると、真剣な面持ちで俺を真っ直ぐに見据えてきた。
「守殿。まず、一人の父親としてお前に聞く」
国王のスカイブルーの瞳が、召喚直後の謁見時よりも鋭く、低く冷たい光を宿す。
その声の重圧に、ギルド内の空気が再び一瞬で張り詰めた。
「俺の【天眼】はな、アビサル山脈でセレーナが魔竜の詰めに踏みにじられ、血の海に沈んだ姿も……全て捉えていた。実の娘が虫ケラのように弄ばれ、今にも死にゆく姿をただ見ていることしかできなかった俺の気持ちが、お前に分かるか?」
国王の大きな拳が、みしりと音を立てて固く握りしめられる。
その顔には、無力感と、娘を危険にさらした己への激しい怒りが滲んでいた。
「術式で傷一つなく治したとはいえ、セレーナの心には消えない恐怖が刻まれた。お前はあいつの専属騎士となり命に替えても守り抜く、と誓ったはずだ。お前は本当に、命に替えてもセレーナを最後まで守り抜く覚悟があるのか? 父親としての俺が安心してお前に娘を託せるだけの理由を、今ここで示してくれ」
「お、お父様……私は大丈夫です! 守はちゃんと助けに来てくれましたっ!」
セナが割って入ろうとするが、王はそれを片手で制し、ただじっと俺の答えを待っている。
横で見守るオッサンも、いつになく真面目な顔で黙り込んでいた。
「……当然だ。二度と、あんな真似はさせない。敵にも、自分にも」
俺は国王の視線を真っ直ぐに受け止め、静かに、しかし絶対に揺るがない決意を込めて告げた。
十億年の孤独の中で鍛えたこの力は、きっと、目の前の少女を笑わせる為にある。
その誓いに、一ミクロンの嘘もなかった。
国王は俺の眼光をじっと見つめ、やがて、ふっと張り詰めた方の力を抜いた。
「……いい目だ。お前のその言葉に、嘘偽りはないようだな」
王は深く息を吐きだすと、今度は一歩後ろへ下がり、一国の王としての絶対的な威厳をその身に纏った。
「では次だ。今度はこの国の王として、お前に問う。籠森 守、お前には――この世界の理を乱す『魔王』と戦う覚悟はあるか?」
「魔王、か……」
国王の口から出たその言葉に、俺の思考は一瞬、別の方向へとシフトチェンジした。
異世界ラノベを数え切れないほど読み漁ってきた俺には、どうしても懸念していることがあった。
いわゆる「魔王の人望=実はいい奴」あるあるだ。
多くの作品において、人類側が一方的に魔族を迫害していたり、あるいは魔王自身が自らの民を守るために必死に戦っている、人望の厚い名君であるパターンが非常に多い。
それだけではない。
作中によっては、魔王こそが人類との平穏な共存を誰よりも望んでいるパターンだってある。
なんなら魔王側が主人公として描かれ、彼らの絆や大義に感情移入してしまうような作品だって山ほど存在しているのだ。
魔王には、魔王の生き方がある。
魔族には、魔族としての譲れない正義がある。
もしこの世界の魔王が、そんな「ただの被害者」や「民の為に泥を啜る義人」だったとしたら。
世界を滅ぼせるほどのチート能力を持つこの俺が、ただ「魔族だから」という理由だけで彼らの生き方を、一方的な暴力で蹂躙していいのだろうか。
俺がやろうとしている正義は、魔族から見ればただの「身勝手な虐殺」になってしまわないだろうか。
俺が言葉を詰まらせ、複雑な表情のまま沈黙していると、王は俺の苦悩の深さを見透かしたように、静かに言葉を続けた。
「悩んでいるな……お前が何を案じているのかは、大体分かる。この世界の魔王が、本当にただの『絶対悪』なのかどうか、ということだろう?」
国王はそう言って、カウンターに寄りかかりながら深く息を吐いた。
その表情には、一国の長として数々の冷酷な決断を下してきた男の、深い憂いが滲んでいる。
「お前の言う通り、魔王にも奴なりの生き方や、譲れない大義があるのかもしれん。だがな、現実の戦争は、どちらかが『悪』だから始まる訳ではない。互いの正義がぶつかり合うからこそ、泥沼となる……現に魔王軍の進撃によって、我が国の辺境では今も、何の罪もない民の血が流され、故郷を焼かれている。それが奴らの生き方だというのなら、俺は一国の王として、全力でその生き方を叩き潰さなければならない」
国王はそこで言葉を切り、俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「お前に『人間なのだから魔族を殺せ』とは言わん。だが、あいつらが守ろうとする正義のせいで、我が国民の笑顔が、人類の平穏が踏みにじられようとしている。守殿、お前がその強大な力を持ってなお悩むというのなら……その悩みを抱えたまま、この世界の歪みをその目で見て、お前自身の『正義』を決めてくれ。俺はその正義を、いつの日かまたお前に問う」
王の重苦しい問いかけの答えに俺が悩んでいると、横から「おいおい、王様よ」とオッサンが頭の後ろで手を組みながら、呆れたように口をはさんできた。
「お前は相変わらずだな。そんな国家だの命運だの正義だの、冒険者になりたての小僧にいきなり背負わせるんじゃねえよ」
オッサンはそう言って王の肩を軽く小突くと、俺の肩をその大きな手でドスンと叩いた。
「なぁ小僧、魔王には魔王の生き方があるんじゃねえかって悩むのはな、お前が心優しい証拠だ。そこらの、力に溺れて調子に乗る熟年冒険者とは違うぜ。魔王が人類との共存を望んでいるのか、それともただのイカれた野郎なのか。そんなもん、ここで悩んだって答えは出ねえ。だったらよ、お前自身が直接確かめに行くしかねえじゃねえか」
オッサンはニカッと豪快に笑い、俺の顔を覗き込んできた。
「もし会いに行って、本当に魔王がいい奴だったら、その時は人類を裏切って魔王の見方をしてやったって言い。お前にはそれだけの力があるんだろ? ギルマスとしては困るが……一人の冒険者としては、自分の信じた道を突き進むやつの方が、見ていて断然面白えからな」
一国の王としての想い現実と、歴戦の冒険者としての自由な生き方。
二人の言葉が、俺の胸の中にあった曇りを、綺麗に晴らしていくのが分かった。
……なるほどな。自分の目で、確かめる、か。
まあ、さらに言えば、その魔王が強大な力を持つ『ナニカ』や邪神に操られてるって可能性も、異世界ラノベの展開的には大いにあり得る訳だが……いや、これ以上言うのは野暮か。
頭をよぎった不吉な邪推を苦笑交じりに振り払い、これがフラグにならないことを祈りつつ、俺は二人に向き直った。
「分かった、その答えは俺がこの目で見つけて見せる。世界がどうなろうが、俺は俺のやり方で決着をつけるだけだ」
俺がそう告げると、頭っと俺の横顔をじっと見つめていたセナが、一歩前に踏み出した。
「私は………魔王にどんな大義があろうと、私達の民を傷つけるなら私は王女として戦う。でも、もし守が、その目で魔王を見て『倒すべきじゃない』って思ったのなら……私は守の判断を信じるわ。だって、あなたは私の専属騎士なんだから」
おいおい、そんな綺麗な目で、そんなこと言われたらさ。
セナの澄んだスカイブルーの瞳には、一ミリの迷いもなく、その絶対的な信頼の光が、俺の胸の奥を激しく揺さぶった。
主と騎士の立場、逆転してない? と思いつつも。俺はふっと息を吐き、二人への回答も含めて、セナの目を真っ直ぐに見つめ返した。
「分かった。だが、セナ――もしその魔王が本当にただの悪で、世界の悪、全てが敵に回ったとしても、俺はお前だけを絶対に守り抜く。俺の一生は、もうお前に捧げると決めているからな」
――十億年の修業の成果をただ一人の少女の為に使う。
異世界ラノベの騎士としては満点の言葉と共に、俺はセナに向けて優しい微笑みを浮かべた。
「え……っ、あ……」
セナは一瞬にして顔を真っ赤に染め上げ、言葉を失いフリーズした。
だが、セナはぎゅっと拳を握り締めると、頬の赤さを隠すように、ニヤリと久しぶりの小悪魔ドSモードの笑みを口元に浮かべ、俺を睨み付けてきた。
「ふ~ん? 責任を取って私に一生を捧げる、ね。随分と大胆な告白をするじゃない。そこまで言うなら、これから先の旅も、戦いも、死ぬ時も、あなたのその身体も全部、私の手のひらでずーっと転がされてもらうんだから! 途中で浮気したり、泣き言言っても、絶対にお仕置きなんだからね!」
「ああ、俺の隣はお前だけのものだ。浮気も何も、俺の主はお前一人だからな」
俺が堂々と頷くと、セナはさらに赤くなりながらも、嬉しそうにクスクスと陽気な笑いを浮かべた。
そんな俺たちの様子をじっと見ていたオッサン、我慢しきれないとばかりにガハハ、と豪快な爆笑を上げた。
「おいおい王様、見たかよ! 若え二人が昼間から熱いご馳走をこれでもかと見せつけてくれるじゃねえか!」
「全くだ。一時はどうなることかと思ったが、これならセレーナを安心して任せられそうだな」
王もまた、柔らかい笑みを浮かべて頷いている。そして、おもむろにカウンターのテーブルをバンと力強く叩いた。
「よし! 話は決まったな! 守殿の覚悟も、娘との絆も十分に確かめられた。バルガス、こうしちゃおられん。二人の門出を祝して……朝から祝杯だ! 最高の酒を持ってこい!」
「おうよ! ちょうど最高級のエールを仕入れたばかりだ! 今日はお前の奢りだからな、小僧!」
「ああ! 今日はとことん付き合うぞ! さあ十億年ぶりの酒だ!」
「私が酌をするわ! 今日は寝かせないわよ」
国王とオッサンの有無を言わせぬ豪快なノリに巻き込まれ、次々と木樽がギルドの奥から出てくる。
気付けば、昼間から飲んでいたギルドの荒くれものどもまでもがその熱気に当てられ、我先にと空になったグラスを掲げてはお代わりを連呼し始めていた。
「よっしゃあ!!! 飲みまくるぞ!!!」




