幕間
王都の喧騒を置き去りにし、ただ昏い闇が広がる大陸の最果てすらも後方へ捨て去った世界の最果て。
数多の絶望を越え、ようやく辿り着いた【深淵門】を潜り抜けた先にあるのは――
弱きものは淘汰される弱肉強食の世界。
通称――『魔界』
漆黒の雲が渦巻き、赤黒い雷鳴が轟く最果てに位置する、荘厳な城。
その漆黒の玉座。
そこに鎮座するものこそが、魔界を統べる絶対的な存在『魔王』
――のはずなのだが
「キャハハハ! マジウケるんですけどー!!」
!?!?!?
そこに座っていたのは、鮮やかな金髪をサイドテールにまとめ、頭部からは美しい黒い角、そして衣服の裾からはしなやかな黒い尻尾をのぞかせている、美しいサキュバスのギャル娘だった。
露出の多い黒い服を着ながらだらしなく玉座に背を預け、携帯端末を見ながら、足をパタパタさせている。
そこへ、胸元に『魔界愛』と黒文字で印刷された部屋着に、右手に麦茶のボトルを持った男がすっと近づく。
そう彼こそが、真の城主、魔王リクル・ムーリアマグネその人である。
しかし今の彼の姿は、完全に実家へ帰省した、休日の昼下がりに見る父親そのものである。
「ねえルナちゃーん。父さんそこ使いたいんだけど、どいてくれない?」
「えー、いま、『魔界ビートチャンネル』みてるからー」
実の娘であるギャル娘――ルナリア・ムーリアマグネ、は画面から目を離さず、気だるげに手を振って父親(魔王)をあしらう。
「はあ、ねえベリアール。ルナちゃんそろそろ反抗期なのかな?」
「……お嬢様は、いつでも魔王に対して等身大で接しておられるかと」
リクルの傍らで、大量の書類を抱えているベリアールと呼ばれた女魔族が深い溜息をついた。
彼女の視線の先では、銀髪の挑発を雑に結んだ魔王リクルが、切れ長の鋭い赤い瞳をさらに細め、だらしなく娘の画面を覗き込んでいる。
「この動画かー面白いよなー」
「ちょ、近すぎ!」
「ガーン!」
(娘に全力で拒否されてて、草)
ベリアールは心の中でそう笑いながら、表向きでは冷静にメガネを押し上げ、部屋の端でシュンと小さくなっているリクルに近付く。
「そろそろ軍議を始めますよ」
「…………うん」
名残惜しそうに何度も娘の方を振り返りながら、リクルはのろのろと立ち上がった。
その背中は、魔王としての威厳など微塵も感じられないほど丸まっている。
「……それじゃあ、お父さん。向こうにいるからね」
「りょー」
「せめて、画面から目を離して……」
リクルが親指と人差し指をパチンと鳴らすと、時空が裂ける。
ベリアールとリクルがその中に入ると、ルナリアの座る玉座の間と全く同じ玉座の間が複製される。
リクルはおもむろに玉座へと腰掛け、麦茶のボトルを床に置いた。
その瞬間、それまでの緩みきった空気が完全に霧散する。
部屋着が漆黒の魔力によって重厚なマントへと変貌し、魔界の絶対的強者としての、禍々しい圧倒的なまでの威圧感が、玉座の間を支配する。
大理石の床が、見えざる重力でと音を立ててひび割れる。
(――流石だ。やはりこの男こそが魔王にふさわしい)
魔王の側近であるベリアールすらも息を呑んで身を震わせる。
内心興奮する自分を押し殺し、手元の書類を魔王に手渡す。
「風竜王が手に入れた情報だと、炎竜王の複製体と、アビサル山脈のエグゼ、二柱の龍を屠ったのは籠森守というものだです」
「ほう……」
「…………!」
その男が重々しい声を一言発するだけで、まるで空気が恐怖を感じているかのようにビリビリと震え出す。
「そ、それと、王国の第二王女、セレーナ・ヴァル・オルレシオンと共に旅をしているそうです」
「あ~、あの小娘か」
「はい、”あの”小娘です」
魔王は顎を触りしばらく考える素振りを見せると、赤く眼光を煌めかせた。
「次に奴らが向かう場所は?」
「予知能力を持つある協力者曰く、無法都市ザクズだそうです」
「なるほど、ではそこに――」
「ちょっとまったー」
その時、空間が割れ、複製空間が解除される。
「な!? 誰です!?」
一瞬で戦闘形態となったベリアールは、来たる侵入者に向かって威圧する。
しかし帰ってきたのは、素っ頓狂な声だった。
「アタシだよ、アタシ」
「ああ、何だお嬢様でしたか」
侵入者がルナリアだと確認すると、ベリアールは練り上げた魔力を開放する。
「どうして、我が娘よ」
「ふふっ」
ルナリアは小悪魔的な笑みを浮かべ、チロッと舌なめずりをした。
「アタシがその守?くんに会ってくるよ」
「そうか」
一瞬の沈黙後。
「へぇっ!?」
「「うるさっ」」
「えっ、ルナちゃん駄目だよ! 危険だよ!」
「うっさいな、アタシももう子供じゃないんだよ」
「ガーン!」
固まってしまったリクルを放っておき、ベリアールは言った。
「お嬢様の意志は分かりました。では行きなさい。後のことは心配せず、籠森守をここに連れてきなさい」
「ほいりょーかい」
そして、ルナリアは影となり、消えていった。
「ルナちゃん、もうヤっちゃってるの……」
ルナリアが消えた後、玉座の間にリクルの虚しい呟きが響いた。




