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第十三話 守の悪魔:やーらかした、やらかした~ 守の天使:そのまま責めちゃえ!


 俺は、ベッドの横から膝立ちの状態で、セナの寝顔を静かに見つめていた。


 部屋の窓からは、王との穏やかな夜景が静かに広がっている。

 アビサル山脈でのあの凄惨な地獄が嘘のように、特等室の中はどこまでも静寂に満ちていた。

 『魔天絹(ディヴァイン・シルク)』の毛布に包まれ、純白のパジャマ姿で小さく丸くなって眠るセナ。

 俺の完璧な治癒術式のおかげで、その肌には傷一つ残っていない。

 けれど、彼女の心に刻まれた恐怖を、癒やしてやることはできなかった。


「悪かった、セナ……」


 俺の口から、弱弱しい言葉が零れ落ちる。

 十億年の孤独の果てに、神すら殺せるであろう力を手に入れ、あらゆる敵をも薙ぎ倒せる最強の戦士になったはずだった。

 それなのに、俺のくだらない発言で、この世界で初めてできた大切な相棒を、あんな地獄のような恐怖に突き落としてしまった。

 ベッドの上に横たわるセナの身体は、俺の治癒術式のおかげで傷一つなく、元の滑らかな白い肌に戻っている。

 けれど、心地よさそうに寝ている彼女の手は、いまだ消えない恐怖のリズムを刻むように、不規則に震えている。


 もし、俺の到着がほんの一瞬でも遅れていたら。

 もし、あの岩の突起に彼女の身体が突き刺さっていたら――。


 想像しただけで、心臓がドクンと音を立てて凍りつく。

 十億年の孤独すら霞むほどの、人生で味わったことのない恐怖が、今更になって俺の全身を激しく蝕んでいった。

 あまりの精神的負荷に、俺のこの両手が、情けなく小刻みに震えて止まらない。


 何が最強だ。何が戦士だ。何が天災だ。何が専属騎士だ。


 俺はベッドの縁に両肘をつき、力なく項垂れた。

 極限の憤怒、彼女を救えた安堵感、彼女を失っていたかもしれないという底なしの恐怖。

 それらが疲労感となって急激に押し寄せてくる。

 そのままうつ伏せの姿勢になるようにして、俺の意識は深く沈み込んでいった。


「……俺は……戦士なんかじゃ……ない……」


 弱音ともつかないその言葉を最後に残し、俺はそのまま深く寝落ちしていった。


            ○ ○ ○


 翌朝、カーテンの隙間から差し込む爽やかな朝日が、特等室のキングベッドを静かに照らしていた。


 「ん……っ……ん~~~……」


 セナは、長い睫毛を震わせながらゆっくりと目を覚ました。

 いつもなら王宮のふかふかのベッドで目覚めるはずの彼女だったが、ここ数日の目まぐるしい出来事のせいで、一瞬だけ自分がどこにいるのか分からなくなる。

 だが、窓から見える壮大無比な王城と、鼻腔をくすぐる宿の香りで、すぐにここが『白銀の残響亭』の特等室であることを思い出した。


(え……? なにこれ……?)


 そんな中、自分の着ている服に違和感を覚える。

 あまりにもサラサラとした上質な肌触りに違和感を覚えたからだ。

 寝る時にいつも着るはずのお気に入りのパジャマのそれ、じゃなかった。

 代わりに見たこともない純白の服を着せられていた。


(ちょっと待って……私のパジャマは!? まさか、これ、誰かに着替えさせられたってこと……!?)


 驚きと混乱のあまり自分の服を見降ろして、その視界の端に、見覚えのある黒い髪が映りこんでいることに気付いた。

 視線をさらにそちらへ動かしたセナは、次の瞬間、完全に思考がフリーズした。


 あろうことか、自分の股間のど真ん中に、頭を全力で突っ伏してスースーと眠りこけている守の頭があるではないか! けしからん!!

 おまけに彼は、セナのぷにぷにすべすべ御御足(おみあし)をガッツリ握っているでないか! 実にもってけしからん!!



 セナの脳内で、限界突破の妄想、大、爆、発!!!


 服が変わっている。

 男が自分の身体に触れて眠っている。

 ここは宿屋の特等室。

 キングベッド。

 純白の服という決定的要素。

 つまりはそういうことだ。


「――っ!? つ、つ、遂に一線を越えちゃったのぉぉぉっ!?!?!?」


 セナの脳内に、『それ』をしている自分と守の姿が脳内再生される。


(う、嘘……! 私のパジャマが変わってるのも、守がこうやって足にしがみついてるのも、つまりそういうことよね!? 私いつの間に『はじめて』を奪われちゃったのぉ!?)


 顔面を完熟トマトさながら真っ赤に染めたセナは、あまりの気恥ずかしさにベッドの上でガタガタと震えだす。

 しかし、乙女の純潔が失われた(と思い込んでいる)ショックよりも先に、セナの胸に沸き上がってきたのは、キャパシティを遥かに超えた羞恥と大パニックだった。


(ちょ、な、何考えてんのよ私! 相手はあの、普段はあんなに痛くて残念な大バカ者で、ヘタレなのよ!? アイツが私とあんなことやこんなことを、できる訳がないじゃない!?)


 その時、自分の身体の、どこかまだ熱を持ったような感覚(実際は守の最高級治癒魔術の余熱)に、セナの思考回路は完全に焼き切れた。


(やっぱりヤッテンジャナァァァァァ―――――――――――イ!!!)


 恥ずかしすぎて死にそう。

 そんなやり場のない爆発寸前の感情のまま、セナはベッドの上に置かれていた、ずっしりと重いキングサイズの枕を両手でガシッと力任せに掴み取った。

 今すぐその不埒な男の頭に叩き落さんと、勢いよくその枕を頭上へと高く振りかぶる。

 一気に腕を振り下ろそうとした――その瞬間。

 セナの両腕が、空間に縫い付けられたかのようにピタリと止まる。


 カーテンの隙間から差し込む、柔らかく爽やかな朝日の光が、ベッドの上を静かに照らしていた。

 その光の中で浮かび上がる、自分の股に頭を預けたスースーと無防備な寝息を立てている、守の顔。

 前髪の隙間から覗くその顔には、普段のあの芝居がかった不気味な笑みも、ふざけたキザなポーズも、これっぽっちも存在していなかった。ただただ、穏やかで、静かな寝顔がそこにある。


 ドド、ドドッ、ドクン。


 不意に、セナの胸の奥にある心臓が、耳元まで届きそうなほどの爆音で跳ね上がる。

 昨日、あの澱んだアビサル山脈の地獄のような惨状の中で、プライドも何もかも投げ捨てて、泣き叫んだ、あの絶望の瞬間が、セナの脳裏に浮かび上がる。

 誰も来ないと絶望したその刹那に、空間を割って現れ、無言のまま自分を両腕で抱きかかえてくれた、彼の優しい瞳。


「あ…………っ」


 アビサル山脈での守の姿を明確に思い出した瞬間、セナの両腕から、すとんと力が抜けた。

 掴んでいたはずの大きな枕が、シーツの上に音もなく滑り落ちる。

 それと同時に、セナはたまらなくなって、両手で自分の顔をギュッと覆い隠す。

 指の隙間から覗く頬から耳の裏まで、一瞬にして猛烈な熱が駆け巡る。

 だって、気付いてしまったのだ。

 魔竜を倒した後、守が自分の為にどれほど必死に、そして優しく傷を癒やしてくれたのかを。

 傷一つない綺麗なパジャマ姿にしてくれたということは、彼がどれだけ丁寧に自分を扱い、このベッドに揺れ一つなく運んでくれたのかを。

 たとえ一線を超えていようがいまいが、自分が今、彼にこれ以上ないほど大切に守られて朝を迎えられたという事実。


(ちょっと前まで、アイツのこと、初めは笑っちゃったけど、ただの痛いバカ野郎としか思っていなかったのに……)

(もう……なんなのよ、あんなに格好よく助けに来てくれたら、もう、そんなの……意識しないでいられる訳ないじゃない……っ!)


 心臓が、まるで肋骨を突き破らんばかりの勢いで、脈打つ。

 顔を覆った両手の手のひらが、自分の顔の熱でじりじりと熱い。

 怒りでもショックでもない、ただひたすらにピュアで、圧倒的な恋心に脳が完全にショートしていく。

 あまりの恥ずかしさと愛おしさに、セナは指の隙間からスヤスヤと眠る守を見つめたまま、小さく身悶えした。

 お淑やかな元王女のプライドなんてどこへやら、今の彼女は完全に、恋の熱に浮かされた等身大の可愛らしい美少女そのものだった。

 左手首にある守から送られた『空蒼石(スカイサファイア)』のブレスレットが、彼女の高鳴る恋心と魔力に呼応するように、朝日の光を受けてきらきらと輝きを増す。

 その眩しさに、守は重い睫毛を持ち上げる。


「う、ん……」


 目を開けた瞬間、守の脳内の全細胞が驚天動地のクソデカアラートを鳴り響かせた。

 視界に飛び込んできたのは、黒色の色っぽい下着。

 そして、自分の右手がガッチリとホールドしているのは、まごうことなきセナのぷにぷにの太ももだった。

 ロボットのように首を上に向けると、ベッドの上に座り、両手で顔を覆い隠しているセナの姿があった。

 指の隙間から覗く肌はもちろん、耳の先まで、完全に真っ赤に染め上がっている。


 一瞬の沈黙の後、冷や汗が文字通り滝のように噴き出した。

 

(……は? え? ちょっと待って。何、え、どういう状況!? いったん状況を整理しよう。服を変えたのは俺だよな、衛生面を考慮して俺が着せたんだよな! それはいい、それはいいけど……なんで俺が足にしがみついて股間に頭を突っ伏してんだよぉぉぉ!? いや一線は越えてねえよ、断じて越えてねえよ! でもさ、でも……この状況は完全にアウトだろ!!! 絶対、セナが起きたら俺が股間に突っ伏してて、ヤッちゃったんだ……って勘違いしただろぉぉぉ!!!)


 脳内で爆速の言い訳が駆け巡る中、鼻から一筋の赤い液体が伝う。

 十億年鍛えたはずの守の精神力は、この異常なまでの気まずさを前に、一瞬で崩れ去った。


(あかん! このままじゃ本当に地下牢獄に直行だ……! 不敬罪とかいって、こういう時に限って国王は親バカだったりするんだよなあ……って、そんなこと言ってる場合じゃないからぁぁぁ!!! 何か言わなきゃ、この地獄みたいな空間の空気を一発で変える、最高のセリフを……っ!)


 パニックを起こした脳が出した結論は、最悪だった。

 守はバッと立ち上がると、前髪をかき上げながら、さいっこうにキザな笑顔で言い放つ。


「フッ……おはよう、セナ。これは我が肉体が世界の理を求め、天光の楔を穿とうとしていた因果の戒律に過ぎん……!」

(※訳:ごめんなさいぃぃぃ! 他意はないんです! 本当にごめんなさい! お手数ですが一線を越えたとかそういう誤解だけは解いてくださいぃぃ!!!)


「……は?」


 セナの顔を覆っていた手が、すっ、と離れた。

 そのスカイブルーの瞳から一切の光が消え、侮蔑の視線が宿る。


「あんた……あさイチから何言ってるのよ、この大バカ変態DT――――ッ!!!」

(言い訳のチョイス間違えたァァァァァ!!!)


 直後、セナが両手で振りかぶった特大の枕が、超高速で守の顔面に炸裂した。

 

 ズドォォォォンッ!!!


「痛っ……! いや、物理ダメージはゼロだが、俺のハートに致命傷が――」

「言い訳しな――――い!!!」


 ドガァァァァァンッ!!!


 爽やかな朝、セナが放った二発目の枕スマッシュと共に、声にもならない童貞ピュアハートの叫びが響き渡るのだった。

乙女なセナ、お楽しみいただけたでしょうか?

ぶっちゃけ、この話を書いているとき、豆乳をがぶ飲みしないとと書ききれませんでした。

いや本当ですよ。

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