静かすぎる森
「ちっくしょー。受け止めるだけで精一杯かぁ」
「グレイヴァ、本気であたしの力を投げ返すつもりでいるの?」
グレイヴァのグチに、フィノがあきれ顔で聞く。
「当たり前だ。放られた力を空へ流すだけ、なんて胸くそ悪い」
「やっぱり、あんたみたいなのを調子乗りって言うのよ。筋がいいってちょっとアルテにほめられたくらいで、あたしに対抗しようなんて図々しいのよ」
小さなねこの姿でも、フィノはこれでも魔獣なのだ。本気になれば、アルテですらどこまで応戦できるか予測できない。
フィノがアルテを攻撃するなど、まずないが。
「ずうずうしい? 弾き返すってことの、どこがだよ。フィノに攻撃したって、簡単に死んだりしないだろ。だったら、弾き返すくらい、やったっていいじゃないか」
「ふぅん。ま、グレイヴァの力じゃ、そんな日はなかなか来ないでしょうけど」
「けっ。言いやがって。見てろ。絶対に弾き返してやるからな」
「グレイヴァの寿命が尽きるまでに、できるかしらねー。楽しみにしてるわ。あ、教えといてあげるけど、あたしは人間とは年のとり方が違うからね。あんたがよっぼよぼの老人になっても、あたしは今とほとんど変わらないわよ」
「若作りってだけじゃないのか?」
「なーにーかー言ったぁー?」
「フィノ、薪集めを手伝ってもらえますか」
口ゲンカから課外授業に発展しそうなので、アルテが口をはさんだ。
「時間的にも動かない方がいいでしょうし、近くに水もあることですから、ここで一晩すごしましょう」
「ん、わかった」
アルテの言葉には、あくまでも素直なフィノなのだった。
グレイヴァ達は現在、エペルネと呼ばれる森の中にいる。
グレイヴァの身体を気遣ってか、目的地を絞り込めないのか。夢の妖精達からは、次に向かう場所をまだ伝えられていない。
で、足の向くままに進み、人気のない安全な所でグレイヴァの魔法の特訓をしていたのだ。
今日はこの森へ入り、前日までと同様、特訓。ふと時間に意識を向けた時には、もう夕暮れだった。
今更慌てて動く必要もない、ということで、この日は森で野宿となる。
食事をし、夜も更けてきた。グレイヴァは特訓の疲れからか、先に眠っている。
「張り切っていた分、よく眠ってますね。どうですか、フィノ。手応えの方は」
「口や態度は悪いけど、いいんじゃないの」
フィノのコメントは、いつも何か一言加わる。
「始めてからまだ十日程しか経っていないはずですが、すでに三ヶ月は経っている、と言われても信じてしまいますね。正直なところ、ここまで上達が早いとは思いませんでした」
「前に、グレイヴァを魔法使いにする作戦も面白そう、なんて言ってたけど……。本当にそうなっちゃう日が来るかもね。本人にその気があれば、すぐになれるわよ」
「フィノがグレイヴァをほめるなんて、珍しいですね」
「別にほめてないわ。あたしは事実を言ってるだけよ」
アルテの言葉に、フィノはプイと横を向く。
最初は、薄皮一枚のようなシールドだった。針でちょっとつつけばすぐに破れてしまいそうな、頼りない防御。
今は、例えるなら鋼鉄の盾。ちょっとやそっとでは壊れない防御。薄皮は確実に、壁と呼ばれる強さと厚みを兼ね備えている。
グレイヴァはフィノの攻撃の力を空へ流すしかできない、とボヤいている。だが、もしグレイヴァと同じ日から魔法を習った人がいれば、現段階で明らかに雲泥の差が現れているはずだ。
その人がフィノの力を同じように受けたとすれば、流すどころかあっけなく遠くへ飛ばされているだろう。
流す、とグレイヴァは簡単に言うが、流すには一旦力を受け止め、その力の向きを変えなくてはならない。
だが、その受け止める段階で、こらえ切れずに飛ばされる。そらすにも、それなりの力は必要だ。
下級レベルの魔物なら、消滅させられるくらいの力をフィノは(遠慮なく)放っている。それを受け止められるようになるには、アルテが話すように三ヶ月くらいはかかるだろう。
もちろん個人差はあるが、それができているグレイヴァはダントツにレベルが高い。
もっとも、それを本人に言うといい気になりかねないので、フィノは黙っている。
「こんなことで、満足なんかしてはいけないんでしょうけれどね。この先、どんな魔物が現れるか、想像もできないんですから。でも……グレイヴァがこの短期間でこれだけの力を身に付けてくれれば、全くの丸腰ではない、と少し安心できますね」
「二、三発相手の力を食らって、それに怒って攻撃するってパターンになりそうだけど」
「グレイヴァの力が通用する相手ならいいんですが。やはり火や風の攻撃魔法も、覚えてもらった方がいいでしょうかね」
「本人にやる気があるなら、いいんじゃない」
グレイヴァが覚えた攻撃の魔法は、自分の中にある気を一点に集中させて放つもの。
基本的な無属性の攻撃魔法だ。自分の気をどこまで高めるかによって、力の強さは変わる。
そこに火や風という要素を加えれば、自分の気だけでは弱い部分をそれらの要素が補ってくれる。それだけ、強い攻撃が仕掛けられるのだ。
相手の苦手属性を使えば、戦いはさらに楽になる。一つでも多く覚えれば、それだけ優位になるのだ。
「最初は渋っていましたが、やり始めるとのめり込んでいるみたいですからね。それだけ素質がある、ということですよ」
「どこにどんな素材が転がってるか、わかんないものよね。あたし達に会わなきゃ、グレイヴァはただの石工になってたかも知れない訳だし。その方が、幸せだったってこともありえるけどね」
「確かにどちらがいい、とは言えませんが。これだけ素質があるんですから、伸ばさないともったいないですよ。なりたくても魔法使いになれない人だって、世の中にはいるんですから」
どんな噂をされているか知らず、グレイヴァはぐっすりと眠っている。
「さてと。ぼく達もそろそろ休みましょうか」
「そうね。グレイヴァの相手で、疲れちゃった」
フィノが思いっ切り、のびをする。ついでに、あくびを一つ。
夜の森は静かだ。横になって空を見ると、木々の間から星が見え隠れしている。
「……フィノ」
横になったと思っていたアルテが、ふいに起き上がった。
「何か……おかしくないですか」
「おかしい? んー、静かすぎる、くらいかな」
フクロウが鳴いたり、草むらで虫が鳴いたり、風に揺らされた葉の音がしたり。夜の森でも眠らない者達が、その存在を示したりするもの。
なのに、この森はやけに静かだ。静かすぎる。
「昼間はばたばたして、気にも止めなかったけど……ちょっと妙な感じかも」
「魔の気配がする、というのではないですが、気になりますね」
実際に音がしないのとは別に、この森の空気は静かだ。
普通の森は、もっと命の存在が空気中にも感じられるものなのに。
ここには「空気」だけしかないような。
「結界を張ってから、休んだ方がよさそうですね。眠っている間に、何かされても困りますし」
アルテは、自分達の周囲に結界を張った。
見た目には何も見えないが、ドーム状の壁が覆っていて、魔法を仕掛けられても弾き返せる。弾き返せなくても、すぐにその魔法の効果が現れることはまずない。
「これで、一晩くらいは大丈夫でしょう」
「そうね。じゃ、おやすみ、アルテ」
フィノは丸まって目を閉じる。アルテもおやすみと返して、横になった。
☆☆☆
グレイヴァが目を開けると、そこは柔らかな緑の草原だった。
緑の地平線の上に、真っ青な空が広がっている。目に入るものは、青と緑だけ。
そんな光景の中に、グレイヴァは一人でぽつんと座っているのだ。
「グレイヴァ」
名前を呼ばれてそちらを向くと、銀の髪に青い瞳の少女が隣に座っている。もう何度も会っている、夢の妖精アージュだ。
彼女がいるということは、ここは夢の中。
「久し振りね。特訓は順調みたいだけど、無理しちゃダメよ」
「特訓って……何でもお見通しって訳か」
グレイヴァが魔法を習い始めてから、まだ一度もアージュと会っていない。
だが、近況を知らせるまでもなく、相手はグレイヴァが何をしているか知っているのだ。
「あら、当然よ。この前みたいなことがまた起きたりしたら、大変だし。……何よりも妖精達はみんな、あなたに注目してるんだから」
助ける妖精が増えれば、妖精同士であれこれと噂になる。
被害に遭っていなかったり、目の前に現れなくても、グレイヴァ達を意識している妖精はあちこちにいるのだ。
「注目って……俺ができることはやるけどさ。大してすごいことなんかできないんだし、あんまり期待はするなよ。そんなこと言われたら、プレッシャーになっちまうだろ」
「大丈夫よ。グレイヴァならできるんだから」
「だから、それがプレッシャーなんだってば」
グレイヴァの困惑した顔に、アージュは穏やかな笑みを浮かべる。
「で? アージュが出て来たってことは、次に行く場所が決まったんだな」
「ええ。行く場所って言うか……もう来てるわ。今、あなた達がいる場所よ」
偶然か、必然か。
次の目的地は、エペルネの森だった。グレイヴァ達が、一晩すごしている場所である。
「あの森?」
「ええ。ここ一週間くらい、エペルネの森にいる妖精達の力が奪われているらしいの。森の外近くにいた妖精は、動けるうちに逃げたらしいんだけど。森の奥にいる妖精は、もう動くこともできないでいるわ」
それまで何もなかった妖精達に、異変が起きた。
森の中央付近にいる妖精から順に、力を奪われていったのだ。それはあっという間に、森全体にまで広がった。
早い話、エペルネの森に棲んでいた妖精は、ほとんどが被害者だ。
アージュが話したように、動ける妖精は森の外へと逃げたらしいが、それはほんのわずか。
草も木も水も土も、属性は関係ない。とにかく、妖精という妖精の力が奪われた。
だが、魔物が現れた訳ではない。
今までだと、どういう姿でか魔物が現れ、妖精の力を直接奪ったり、力の源になる石を奪ったり壊したりしていた。
だが、今回はそういうことが一切なく、気付けば力を奪われている、という状態。なので、こうなってしまった理由がわからない。
森の中には下級の魔物がちょろちょろしているものの、それらにこんなことをする力はないはずだから、やはり原因は不明だ。
「ちょっと待てよ。俺達に、原因から探せってことか?」
「あたし達もこの近辺を調査して回ってる訳じゃないから、これが原因って言えないのよ。ただ、森の中央付近に大きな力の反応があるって、教えてくれた妖精がいたわ。だから、奥に原因がある……かも知れない」
「頼りないなぁ。まぁ、それが限界か」





