原因不明
夢の妖精は、あくまでも困ってる妖精がどこにいるか、を教えてくれるだけ。
もちろん、他に知り得た情報は教えてくれるが、一から十まで把握している物知りではないのだ。
「姿が見えないから何とも言えないけど……例の魔物かも知れないわ。気を付けてね」
例の魔物。
グレイヴァが、この旅をするきっかけになった魔物。
理由はまだわからないが、妖精達の力や力の源になる石を集めているらしい。あとでその妖精がどうなろうと、お構いなしだ。
真相はともかく、今回の件はその魔物がとうとう現れたのかも知れない。
何せ、被害者となっている妖精が、今までになく多い。
一種族から力を奪うのはまどろっこしい、と考えたのか。今回は多岐にわたって妖精達を襲っている。
その魔物がついに現れて……という可能性は高い。
「危なくなったりしたら、すぐに逃げてね。もちろん、その魔物がいなくなるのが一番いいけど、そのためにグレイヴァやアルテやフィノがケガをすることを、あたし達は望んでないの。それだけは忘れないでね」
「ああ、わかってるよ。俺達だって、自分の命は惜しいからな」
逃がしてくれるかはともかく、どんな力を持っているかわからない魔物を相手に歯向かう程、グレイヴァだって向こう見ずなことはしない……つもりだ。
「あ、そうだ。人間って、何をするにしても色々とお金が必要になるでしょ。少しでも足しになればって、アルテの荷物に入れておいたから」
「入れたって、妖精が人間の金を?」
「そうじゃなくて。古くなって落ちた妖精の羽とか、魔獣の爪や角なんかよ。それを魔法道具を作ったり売ったりする店へ持って行けば、お金になるでしょ」
「俺にはそういうのってよくわからないけど……アルテなら知ってるよな。でも、いいのか?」
「言ったでしょ。古くなって落ちた羽って。爪や角も、拾ったものよ。あたし達には必要ないけど、人間はうまく利用するでしょ」
確かに、食事や何か必要な物を買うには金銭がいる。野宿が多かったから宿代に消えることは少なかったが、それでも労働をしていないグレイヴァ達の手持ちは減る一方だ。
いざとなれば街で日雇いの仕事を探すしかないが、そうして援助してもらえるなら助かる。
「ありがと。いざとなったら皿洗いや掃除なんかをするしかないって思ってたけど、それなら余計な時間を取られることもなくなるよな」
「これは、あたし達のためでもあるわ。グレイヴァ達には、しっかり食べてしっかり休んで目的地へ向かってもらわなきゃだもの。時々、差し入れするから」
その時によって誰が持って行くかはわからないが、近くにいる妖精が持って行くから、と言われた。
「また何か新しい情報があったら、来るわね。アルテとフィノには、他の子が伝えに行ってるはずだから。目を覚ましたら、話は通じるはずよ」
アージュの言葉が、次第に遠くなってゆく。同時に、彼女の姿も。
そうしてグレイヴァは、夢の中で再び眠りへと落ちていった。
☆☆☆
昨夜は最初に眠ったせいか、グレイヴァが起きてもアルテとフィノはまだ眠っていた。
ひとしきり伸びをし、それから何気なく周りを見回す。
昨日の夢で、アージュはこの森にいる妖精のほとんどが被害に遭っている、と伝えてきた。
こうして見る限り、緑が枯れているでもなく、水が涸れているでもない。風は感じられないが、今はたまたま風が吹いていないだけ、かも知れない。
以前、山で緑の妖精が襲われた時は、その周辺の緑が枯れかけたりしていたが、この森ではそんな様子は見られない。
だから、昨日ここへ来た時も、そんなに妙な感じを受けなかったのだ。今でも、教えられていなければ素通りしてしまいそうな、どこにでもありそうな森である。
「森の中央付近……か」
もし今回の件が、これまでずっと妖精を襲っていた魔物のしわざだとすれば。今までの事件の黒幕だとすれば。
その魔物を消滅させれば、この旅は終わるんだろうか。この先、被害を受ける妖精はいなくなる訳だから……きっと終わることになるだろう。
すでに被害を受けていて、復活するための手助けが必要だ、という妖精がいればまだ続くことになるのだろうが、こちらとしても気持ちの持ちようが変わってくる。
この前のように、魔物が復讐しに現れる、ということもなく、安心して妖精達を助けられるのだ。
もっとも、黒幕の魔物が現れたとして、簡単に消えてくれるとも思えない。
その魔物を見た妖精はみんな、恐ろしかったが悲しい気がした、と話している。よくわからない証言だが、それは魔物の罠かも知れない。
何にしろ、一筋縄ではいかない相手のはずだ。
今もそんなにおかしな気配を感じないのは、それだけその魔物の力がうまく働いている、つまり上級クラスの魔物だということも考えられる。
アルテやフィノに基本的な防御魔法と攻撃魔法は教えてもらったが、どこまでそれが通用するだろう。
「まぁ……深く考えたって、仕方ないか。なるようになるだろう」
見えない相手にあれこれ考えても、想像でしかないのだ。
グレイヴァは、朝から考え込むのをさっさとやめた。どうせそんなに筋道だてて考えられない。
とりあえず、目覚ましに顔を洗おうと、そばにある泉の方へ行った。
「ここって、エペルネの森のどの辺りになるのかな。通行の邪魔にならないように脇には入ったけど、そんなに歩いてなかったし。だとすれば、森の中央ってのはもっと奥……か」
泉に手を入れると、冷たくて気持ちがいい。森の中で朝を迎えるとさすがに肌寒いが、それでも水の冷たさは気分がすっきりする。
その水で顔を洗い、目もしっかり覚めた。
顔を拭いたグレイヴァは、何か感じた訳でもなく、本当に何気なく横を向いた。
すると、自分の足下からそう離れていない所に、透明な羽らしきものが目に飛び込んでくる。
「え……」
何度かまばたきをし、それから顔をそちらへと近付けた。
羽は拳大程の石から飛び出していたのだが、石に羽は生えないだろう。
グレイヴァは羽虫であることを祈りつつ、確認する。
「あちゃー。……どうすればいいんだよ、これ」
石の向こう側、グレイヴァが顔を洗っていた位置からは死角になる所で、何となく予感はしていたが……やはり妖精が倒れていた。
うつぶせになる格好で、そのために背中の羽が石から飛び出して見えていたのだ。
「アルテ、起きてくれー」
とりあえずアルテに声をかけ、グレイヴァはその妖精にも声をかけてみた。
相手の名前がわからないので「おい」だの「なぁ」だのとしか言えないが、とにかく起きるように話し掛けてみる。
しばらく反応がなかったが、何度も呼び掛けるうちに、その身体がかすかに動く。
「どうかしましたか、グレイヴァ」
グレイヴァの声で、目を覚ましたアルテが起き上がった。
「妖精の行き倒れ、見付けたんだ」
言ってるそばから、妖精が顔を上げた。
透明な羽はうっすらと青みがかっているから、もしかすると水の妖精かも知れない。前に会った水の妖精が、同じような羽を持っていた。
それに、この妖精は水のそばで倒れていたし、十分にありえる話だ。
アルテとフィノが、急いでこちらへやって来た。
「ああ、昨夜聞いた、被害者の妖精ね」
「大丈夫ですか? まだ動けそうですか?」
妖精の見た目は、幼い少女のようだった。人間なら、グレイヴァよりももう少し幼い感じの少女。
肩で切りそろえられた銀の髪は真っ直ぐで、羽より少し濃い青の衣を身に着けていた。
だが、その表情はひどく疲れている。光の加減もあるだろうが、顔色も悪い。
「あたし……もうダメ……」
一度起き上がりかけた妖精だったが、また地面に突っ伏してしまう。
「わーっ。こら、こんな所で死ぬなよ。ダメなんて言ったら、本当にダメになっちまうぞ。頼むから、起きてくれ。くそ、どうすりゃいいんだよ」
原因を取り除けば、妖精も元気になるはず。だが、今回は原因から探し始めなければならない。
それに、今はこの妖精を助けられたとしても、この森のあちこちにこんな状態の妖精がいるはずなのだ。見える場所にいるか、はともかくとして。
「森の外へ連れて行く……そんな悠長なこともしてられないわね」
「こういう妖精を森で見付ける度にやっていたら、キリがないですからね」
「けど、見付けたのに放って行くなんて、できないだろ。……あ、そうだ」
グレイヴァは、自分の首にかけていたペンダントを外した。
針金を石に巻き付け、紐を通しただけの簡単なペンダントだが、そのトップには守水石が付いている。水の妖精を守ってくれる石だ。
この石なら、弱っている妖精を助けてくれるかも知れない。
「守水石ですか……。確かに、今の状況では有効そうですね」
グレイヴァは、妖精の身体を仰向けにする。それから、ほんのりと桃色に見える石を妖精の隣へ置いた。
「なぁ、これで少しは元気になれないか?」
この石をもらった時、もうほとんど力はないかけらだ、と言われた。本当にそうだとしたら、透明な石を妖精に見せているだけ、になりかねない。
「どうして、この石を持ってるの?」
「別の場所にいる水の妖精からもらったんだ」
かすれた声の妖精の問いに、グレイヴァは素直に答える。
何を考えているかその表情からはわからないが、妖精は細いその手を伸ばして石に触れた。わずかに石の色が濃くなったように見える。
だが、それは一瞬のこと。すぐに元の色に戻った。
最初は片手で石に触れていた妖精は、両手で挟むようにして石に触れ、やがて上半身を起こして石を抱き締める。
妖精が元気になるのが、見ていてもわかった。
「ありがとう……。まさか守水石に触れられるなんて、思わなかったわ」
グレイヴァに石を返し、妖精はふわりと浮かんだ。
ひとりの妖精を元気にするだけの力が、この石にはまだ残っていたらしい。
ひとまず、めでたし、というところか。
「あなたのように力を奪われた妖精がこの森にたくさんいる、と聞きました。ここで何が起きたんですか? 魔物が現れたとか?」
「……わからない。森に魔物はいるけど、彼らにあたし達の力を奪えるとは思えないし。正直言って、どうしてこんなことになっちゃったのか、誰にもわからないと思うわ」
それぞれがそれぞれにとって、心地いい場所にいた。魔物が目の前に現れた訳でもないし、魔法の気配がした訳でもない。
なのに、急に力を失い、動くこともままならなくなった。あとはもう、何がどういうことになっているのか、知りようもない。
「やっぱり、原因探しから始めないといけないらしいな」
夢の妖精達にもよくわからない状態らしいし、ここは一からやるしかない。
とりあえず、森の中央付近、というのが唯一の糸口と言えるだろう。





