現れない魔物
「動けるうちに、ここから避難してください。原因がわかってそれが解決すれば、誰かが……恐らく夢の妖精達が、森が安全になったことを伝えてくれるはずです。それまでは安全な場所へ」
「あなた達が、この原因を探すの?」
「そうよ。そのために来たんだもの」
「もしかして、妖精を助ける旅をしてる魔法使いって、あなた達なの?」
アージュもちらっと言っていたが、グレイヴァ達のことは妖精の間で噂になっているようだ。
「あ、えーっと……」
以前なら、魔法使いと言われて「違う」と否定していたのだが、今は多少なりとも使えるようになった。なので、グレイヴァは大きな声で相手の言葉を訂正できない。
「助けと言うか、お手伝いですね。ぼく達に、そんなに大きな力はありませんから」
「だけど、妖精にはできないことをしてくれてるんじゃない。それだけで、十分大きな力だわ」
そう言ってもらえたら、旅の続け甲斐もあるというものだ。
「ねぇ、この森でこんなことになっちゃった原因を探すのよね?」
「うん。夢の妖精から、この森の中央にあたる場所に、何か力の反応があるらしいって聞いてるからな。そこへ行くつもりでいる。何か気になることでもあるとか?」
妖精の表情がわずかに陰ったような気がして、グレイヴァはそう尋ねてみた。
「今回のことと直接関係があるのか、何とも言えないんだけど……。時々、この森を通る人間が、魔物に襲われたりするの。たぶん、夜に一人で歩いていたから狙われたと思うけど。あなた達もこの森を歩き回るのなら、気を付けてね。たまにタチの悪い魔物がいるから」
「タチが悪いって……つまり喰われるってことか?」
グレイヴァの言葉に、妖精は小さくうなずいた。
「大丈夫よ。そんな魔物、あたしが蹴散らしてあげるわ。まぁ、そんなことしなくても、アルテがそういうおバカな魔物にやられたりしないわよ。グレイヴァは知らないけど」
「お前……最後にしっかり落としてくれるんだな」
いつものことだが、よくそんな風にすっと出るものだ。
「グレイヴァも昨日までに覚えた技を出せれば、どうってことはありませんよ」
「とっさの時に、そううまくできるかよ。覚えたばっかりなんだぜ」
「このあたしが直々に相手をしてあげたのよ。できなきゃ、張り倒すからねっ」
フィノなら、本当にやりそうだ。
「あの、とにかくぼく達のことは、心配しないでください。ちゃんと注意しながら進みますから。あ、そうだ。行く前に森の中央がどの方角かだけ、教えてください」
朝からまた口ゲンカに発展しそうなので、アルテは妖精をこの場からさっさと逃がすことにする。
妖精は、今いる場所から北西に向かえば森の中心部へ行ける、と教えてくれた。
これで、行く方向は決まった訳である。
「魔物か。奴と思う?」
「元凶の魔物、という意味ですか? どうでしょうね。あちこち飛び回るのが面倒になって、妖精の多い場所を選んで一気に力を……ということも、可能性としてはありえます」
グレイヴァが考えたのと似たようなことを、アルテも考えているようだ。
ただ、その魔物は今まで妖精の前に現れていたのに、今回は現れていない。方法を変えたのだろうか。
「さっき聞いた人間を喰うって魔物も、同じなのかしらね。だけど、この前のグレイヴァの時はともかく、例の魔物は妖精ばっかりを狙ってると思ってたのに。今まで知らなかっただけかしら」
妖精を襲っている魔物が人間を襲った、という話は聞いていない。妖精達が知らないだけで、糧として人間を喰っているのだろうか。
相手は魔物だから、何でもありえそうだ。
昨夜感じたあの異様な程の静けさは、その魔物のせいなのだろうか。空気に魔物の存在は感じられなかったが、気配を消して襲える機会を虎視眈々と狙っていたのかも知れない。
「とにかく、同じ奴であれ別であれ、用心するに越したことはありませんね」
「さっきの妖精は、あんまり恐れているようでもなかったでしょ。そんなに大きな存在じゃないのよ、きっと。喰われたのは、たまたまその人間の運が悪かったんだわ。一人でいたからってことも言ってたし。だったら、少なくともあたし達は大丈夫よ」
その魔物のことを頭に置いておけば、そうそう油断もしないはず。
「ま、遭ってもどうにかなるだろ。それじゃ、メシ食って出掛けようぜ」
☆☆☆
森の中には、人間の造った道が伸びている。時々分かれ道になっていたりして、分岐点にはちゃんと地名が彫られた木の道標が立っていた。
グレイヴァ達は朝食を摂ってから、その道なりに妖精が教えてくれた北西へ進んだ。
しばらくはその道をたどっていたが、行きたい方向から道が外れてきたので、道なき道を歩き始める。
「本当にこっちでいいんだろうな」
「方向としては、合っているはずです」
「だいたいこっちってだけだもんね。確かな目的地がある訳じゃないし。あとはこの周囲を実際に歩いて、自分で原因って奴を見付けないとね。見事に何も感じないけど」
ここが森の中心です、と旗が立っている訳ではないのだ。方向はだいたい教えてもらったが、明確にここ、とはわからない。
それにアージュは、中央辺りが、というあいまいな表現をしていた。そこへ行けば何かが必ず見付かる、とは限らないのだ。
これは、思っていたより難しい。
「なぁ、フィノが何も感じないってことは、俺達の進む方向、間違ってるんじゃないのか?」
「そうとは言えないわよ。今回の原因が魔物だとして。そいつが妖精の力を抜くための魔法を使っている時しか、気配を感じ取れないのかも知れない。……ああ、もう。言ってて、いやになってきたわ」
「自分の言葉に嫌気がさして、どうするんだよ。何がいやなんだ?」
「魔物がもう一度力を使わなきゃ、気配が感じ取れないかもってこと」
もし魔物が、気配を消すことに長けていたら。
力を使った時だけしか気配を感じ取れないようにできるとすれば、なかなか見付け出すことはできない。力を使う前に存在そのものを探し出さなければ、また被害が増えてしまう。
「そう後ろ向きに考えることはないんじゃないですか? 相手は、妖精の力を一気に抜くような輩です。近くへ行けば、ある程度の反応は探れると思いますよ」
「んー、魔物の気配とか、俺にはよくわからないからな。フィノ、まかせた」
「何を横着なこと、言ってるのよ。グレイヴァにだって、探せるはずよ」
「俺は魔法に対する経験ってのが、アルテやフィノより少ないだろ。フィノにわからないのに、俺がわかるかよ」
「あーら、そんなことないわ。妖精の力を抜いてるってことは、どこかに妖精の力が溜められてるはずよ。その近くをグレイヴァが歩いていれば、力の気でぱたっと倒れるわ」
もちろん、半分冗談でフィノは言っている。グレイヴァが魔力の気に負けて倒れるのを、ちょっとからかっているのだ。
「倒れるまで歩けってのかよ」
からかわれた方のグレイヴァは、少しむっとなる。これでも一応、気にしているのだ。
グレイヴァの様子にくすくす笑っていたフィノだが、立ち止まって声をかけた。
「グレイヴァ」
「え……うわっ」
いきなり、フィノが攻撃を仕掛けてきた。
フィノの身体から白い光の球が出るのを見たグレイヴァは、慌てて防御する。重い衝撃を身体に感じ、何とかその衝撃を空へ流した。
「なっ、何するんだよ、いきなりっ。危ねぇだろっ」
「ちゃーんと防御はできてるじゃない」
怒鳴られたフィノは、何食わぬ顔でこちらへ来る。
「これなら多少のフェイントをかけられても、何とかなるわね」
「フィノ、グレイヴァを試したんですか?」
「魔物の話をしてるうちに、対処できるかなって」
朝、助けた妖精と話をしている時に、グレイヴァが言っていた。とっさの時にうまく防御ができるかわからない、と。
ふいにそれを思い出して、フィノは攻撃してみたのだ。
「お、思い付きでいきなり攻撃なんか、仕掛けてくるなっての」
「同じことを魔物にされるかもよ。いいじゃない、ちゃんとできたし」
「そ、そういう問題かよっ」
「うん、そういう問題よ」
フィノは、何ごともなかったかのように歩いている。それを見ていると、グレイヴァは怒鳴るのがバカらしくなってきた。
「グレイヴァ、フィノの言う通り、ちゃんと受け止められたじゃないですか。今の呼吸はよかったですよ。いつも向き合った状態で攻撃される、とは限りませんからね」
「だからって……ああ、もういいよ。油断するなってことだろ」
「ねぇ、洞窟みたいな穴があるわ」
フィノが進行方向に、洞窟の入口を見付けた。幅はそんなに広くないが、長身のアルテでもかろうじて立ったまま入れそうな高さだ。
「かすかに……奥から魔物の臭いがするわね」
「それじゃ、ここが本拠地ってことか」
「まだ決まった訳じゃないわ。妖精も言ってたでしょ。ここには質の悪い魔物がいるって。黒幕の魔物と、人間を襲う魔物が同じかわからない以上、何とも言えないわ。他にも魔物はいるって話だったし」
「ここにいては、断定できませんね。入って調べてみましょう」
こんな近くに来なければ、フィノもわからないような気配の魔物。いたとしても、おそらく下級クラスの魔物だろう。
だが、どこに原因が転がっているかわからない。少しでも怪しいと感じたら、しっかり調べておいた方がいいだろう。
こうなったら、多少のリスクは仕方がない。
「中、暗いな。松明がいるぞ」
穴の奥は真っ暗で、何も見えない。
「あら、暗いのが怖いの?」
「暗いのが恐くて、野宿なんかできるかっての。ねこの目なら見えるだろうけど、俺達人間には暗闇に何があるか見えないんだ。暗い所へのこのこ入って、襲われたら間抜けだろ」
「不思議よねぇ。魔法使いはともかく、人間って爪も牙もない。飛べないし、足は遅い。武器がなきゃ、これ以上弱い生き物はないのに、どうして生き残っていられるのかしら」
「そんなこと、今話すこともないだろ。アルテ、さっさと火を出して入ろうぜ」
「そうですね。フィノ、その話はまた後日。ゆっくりした時に、談義しましょう」
「あたしは無理して談義しなくてもいいけど。グレイヴァに話せるとも思えないし」
フィノのつぶやきはグレイヴァには伝わらなかったらしく、アルテの出した火を持って、魔物がいるであろう穴へと入って行った。





