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少年とねこと魔法使い ~フェアリーストーン~  作者: 碧衣 奈美
10の石 ~消魔石~

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グレイヴァの修行

消魔石(しょうませき)

全十一回です

 ふふ……ずいぶん集まってきたわね。きれいだこと。本当、無駄にきれいね。すぐにわたしの一部になるだけなのに。

 ああ、でも、汚いものを取り込むよりはいいわね。

 ノースリーブの白いドレスを着た女。だが、そのドレスは胸元から(すそ)にかけて、赤く染まっていた。女の手も同じように染まって。

 バルコニーの方へ目をやると、大きなガラスの水槽がある。

 その中にある、色も大きさもまちまちの美しい玉。

 女は自分の指に付いた血をゆっくりなめながら、その玉を見てにたりとする。

 さて、どこまで便乗できるかしらね。

☆☆☆

「うわああっ」

 少年の声が響き、地面に傾斜がついていたこともあって、声の主の身体は勢いづいて転がって行く。

 やがて、木にどんっと音をたてて当たり、ようやく止まった。体当たりされた木はかすかに揺れ、枝の葉が頭上で乾いた音をたてる。

「グレイヴァ!」

「ってぇー……」

 頭を抱えながら、グレイヴァは起き上がった。どうやら、木にぶつかった時に打ったらしい。

「大丈夫ですか、グレイヴァ」

 アルテが、後から慌てて追い掛けて来た。そのまま勢いがついて、彼の方が止まらなくなりそうに見える。

 だが、アルテは木の根元に座り込んでいるグレイヴァの前で、かろうじて止まった。

「ちぇっ。どうにか受けたと思ったのに、飛ばされちまった」

 頭をさすりながら、グレイヴァはふてくされている。この様子なら、大したケガはしてないようだ。

「受けられただけ、十分にすごいですよ。それに、今は足下が悪かったから転がってしまいましたけれど、平坦な場所ならもう少し踏ん張れていたはずです。上出来ですよ」

「もう、アルテったら。ちょっとほめすぎよ。グレイヴァが調子に乗っちゃうじゃないの」

 後からやって来たフィノが、厳しい言葉を口にする。

「相手がいつも平坦な場所で攻撃してくれる、とは限らないでしょ。どんな状況だろうと、あんな程度の衝撃くらいはしっかり受け止めてほしいもんだわ」

 むっとした表情で、グレイヴァは緑の瞳で同じく緑の瞳をしたフィノを睨む。

「フィノ、始めてからまだそんなに時間は経っていないんです。完璧を求めるのは酷ですよ」

「くっそー。そんなこと言われて、このままやめられっかよ。フィノ、もう一回来い! 次は絶対に、ぜーったいに受け止めてやるっ」

「ふぅん。できるかしらねぇー」

 フィノは、ふふんと鼻で笑った。グレイヴァの頭に、ますます血がのぼる。

「笑っていられるのも、今のうちだからな。投げ返してやるっ」

「あら、楽しみね。いつできるかはわかんないけど」

「うるせぇっ。今すぐにだっ。ビビッて泣き出すなよ」

 口だけなら、十分に応酬できているようだ。

 フィノは身軽に向こうへと走って行き、グレイヴァは立ち上がって黒ねこが止まるのを待つ。

 小さな黒ねこの身体が小指の爪サイズに見えるまで離れると、フィノはこちらを向いた。アルテが脇へ下がる。

「さてと。ボーヤ、準備はいいかしら。そーんな大きな口を叩くんだから、あたしも遠慮はしないからね。偉そうに言っても、あんたの方が先に泣くんじゃないの?」

「ふざけんなっ。上等だ。手加減なんかしないで、全力できやがれ」

「ふふん。いつもながら、口と態度だけは立派ねぇ。それだけはほめてあげるわ」

 フィノの身体が、白い光に包まれた。グレイヴァがそれを見て、身構える。

 途端に光の球が高速で宙を走り、グレイヴァに命中した。

☆☆☆

 グレイヴァは、ほんの十日程前までは普通の少年だった。

 どこの村や街にでもいそうな、思春期真っ直中の、普通の少年。

 それが、今では少し……かなり事情が変わりつつある。普通ではなくなりつつあるのだ。

 本人に言わせれば「別にどこも変わっていない」と答えるだろうが、現実に変わりつつある。

 グレイヴァはわずかながら、魔法を使うようになってきているのだ。

 およそ二週間前、妖精を助ける旅をしているグレイヴァは、妖精を助けたために命を落としかけた。魔物に襲われたのだ。

 一応本人は、魔物に襲われた、という自覚はある。その一方で、死にかけた、という自覚がまるでないため、あまり事を重く見ていない。

 だが、そばにいたアルテは、自分の命が縮まるような思いをしたのだ。

 妖精と魔物が関わるということは、当然魔法も何らかの形で関わってくる。そこへ魔法が一つも使えない、普通の人間であるグレイヴァが関わるのは、ひどく危険だ。

 魔法使いならかわすことのできる魔法も、彼には対抗・防御できる(すべ)がない。

 それに加えて、グレイヴァは魔の力に影響を受けやすい体質でもあるらしい、とわかってきた。よくも悪くも、敏感なのだ。


 グレイヴァは、この旅から手を引いた方がいい。


 思い悩んだ末、アルテはグレイヴァにそう告げた。

 このまま続けてまた同じような目に遭った時、次も助かるという保証はない。アルテには、助けられるという自信もなかった。


 そこに「絶対」は存在しない。


 だが、グレイヴァは断固拒否した。

 確かに最初はなりゆきだったが、妖精に助けてくれと頼まれて「わかった」と返事をした。約束したのだ。

 妖精から破棄されない限り、約束は生き続けるし、グレイヴァはそれを破りたくない。

 だから、旅をやめない、と拒否した。

 もう何を言っても無駄だ、と悟ったアルテは、旅を続ける上で一つの条件を出した。

 それが、グレイヴァに魔法を覚えさせること、だったのである。

 魔法使いになれ、とは言わない。グレイヴァがなりたいのなら、アルテも協力は惜しまないが、本人にその気はなさそうだ。

 しかし、魔が関わる旅である以上、非友好的に魔力を使う(やから)も今後必ず現れるだろう。

 その時に何も対処ができないのでは、今回の二の舞になりかねない。せめて、何か攻撃を仕掛けられた時に、自分を守れるだけの防御魔法を覚えるように、と。

 グレイヴァは渋ったが、妖精との約束を破りたくなければ、と脅しも少し込めて承知させた。

 少し汚い手のような気もしたが、まず自分の命を守らなければ妖精との約束を守れない、というのは事実だ。

 それに、アルテやフィノがいつも絶対に一緒だとは限らない。一人になっても自分を守る術があれば、生き延びられる可能性も出て来る。

 そんな経緯から、グレイヴァはアルテとフィノから基本的な防御魔法を習い始めた。

 魔法使いの素質はある方だろう。

 これまでの旅でグレイヴァを見ていてアルテは予測していたのだが、間違っていなかったようだ。

 飲み込みが早い。ありふれた表現だが、乾いた砂に水が染み込んで行くみたいだ。理解力が高く、教え甲斐がある。

 グレイヴァにすれば「仕方なく」だろうが、アルテは「教えていて楽しい」と思ってしまう程だ。思っていた以上に少ない日数で、強いシールドが張れるようになってきた。

 グレイヴァがその気になれば、飛び級状態でレベルアップするのも不可能じゃない。世間一般の中途半端な魔法使いなど、すぐに抜かせる。

 さらに、練習相手もよかったらしい。

 アルテが基礎を教え、とりあえずできるようになってくると、次はフィノがグレイヴァの力量を試すのだ。

 口ゲンカをしている相手のせいか、元々が負けず嫌いのせいか。

 フィノが相手だと、グレイヴァも意地になってますます練習にのめり込む。

 あたしの攻撃が受け止められる? やってやろうじゃねぇか、という具合である。

 そのおかげで、例えばアルテが三日で覚えさせるつもりだった技など、一日とかからずに覚えてしまった。

 グレイヴァはほめられるより、ハッパをかけられると実力を発揮するタイプらしい。

 昨日は、攻撃魔法も一つ教えた。魔物や凶暴な獣に襲われたりした時、武器になりえる物が周囲に一つもなかった場合を想定してのことだ。

 先日、グレイヴァが魔物に襲われた時が、そういう状況だった。

 二度とそうならないためにも。

 グレイヴァも口にはしなかったが、今まで防御魔法ばかりでつまらない部分もあったのだろう。喜んで教わっていた。

 この魔法は日が浅いので、まだそんなに練習はできていないが、やはり筋がいい。

 その練習でグレイヴァの放った力を、フィノはいとも簡単にはね()けた。だが、それはグレイヴァが始めたばかりであるためと、フィノのレベルが人間とは段違いに高いせいだ。

 グレイヴァがやる気なら、火や風、水などを使った魔法を教えてもいい、とアルテは思い始めている。

 どれも妖精と縁ができているし、呼び出せば妖精達はグレイヴァの呪文に従って力を貸してくれるはずだ。

 必要にかられ、こうして魔法の師匠になってしまったアルテだが、グレイヴァが先行きの楽しみな生徒であることには違いなかった。

「あ……れ……?」

 フィノの放った力を防御の壁を出して受け止め、空へと逃がしたグレイヴァ。

 シールドを解いた途端に、身体が(かし)いだ。そのまま、地面にひざをつく。

「グレイヴァ、今日はここまでにしておきましょう」

「あ……ああ」

 少しあいまいな返事の仕方だったが、グレイヴァはおとなしくその言葉に従う。

 軽いめまいを起こしていたグレイヴァは、その場に座り込んだ。

「くっそぉー、またかよ。いっつもフィノを相手にしてる時なんだよな。これって、何だかフィノにやられたみたいで、すっげー悔しい」

「最初に比べれば、そうやって倒れる時間が遅くなってきてますよ。だいぶ身体が慣れてきた証拠です。こういうのは、積み重ねが大切ですからね」

 グレイヴァが魔法を習得する上で問題があるとすれば、これだろう。

 魔の気配に敏感すぎるグレイヴァは、強い魔の気配が漂う場所に長くいると倒れてしまう。

 今は魔の気配ではなく、魔法の使用によって自分の身体の中に魔を漂わせているようなもの。そのせいで、めまいを起こしてしまう。

 普通の人なら、魔の気配など右から左へと流れてしまうのだが、グレイヴァの場合は身体にためこんでしまうらしい。

 アルテのように魔法に慣れていれば、そういう体質であっても倒れてしまうことはないのだが、グレイヴァはまだ慣れると言う程に魔法を使えている訳ではない。

 だから、こうして魔法を使っているうちに、不調になる。

 さらにやっかいなのは、グレイヴァに自覚症状がほとんどない、ということだ。

 だんだん具合が悪くなる、とわかれば、魔法の使用をやめて休めば問題ない。

 が、めまいを起こす、もしくはそのまま倒れてしまうまで、自分の身体がおかしいということに気が付かない。

 フィノに「鈍感すぎ」とからかわれたが、それまで何ともないのだから仕方がない。

 それでも、アルテが言うように、最初に比べれば倒れてしまうまでの時間が長くなっている。こうして毎日でも魔法を使っていれば、倒れることもなくなるはずだ。

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