旅の条件
妖精を襲っているのは魔物。グレイヴァ達が妖精を助けていることを知って、襲って来ることもありえる。
ウインデも気を付けるように、と言っていた。いや、もう目を付けられたかも知れない。
手下に行かせ、駄目なら最終的に自ら現れて、襲って来ることも……。
ありえない話ではないのだ。
「アルテ……俺、ここまで来たら最後までやりたいんだ。妖精から、お前は役立たずだから手を引けって言われるまで。でないと、この先ずっと気になって仕方がないしな」
「……次は助からないかも知れませんよ。それでも?」
グレイヴァの真剣な瞳に、アルテも真剣な口調で聞き返す。
脅しではない。本当にありえること。
グレイヴァは、大きくうなずいた。
「ぼくやフィノにも、限界はあります。それでもですか?」
「俺だって男だ。てめぇの命は、てめぇで何とかする。それでダメなら、潔くあきらめるさ」
アルテの言葉に臆することなく、グレイヴァはもう一度、しっかりとうなずいた。
何を言っても駄目だ。こんな目に遭っても、逃げようとしない。
普通なら、魔物に襲われた時点で手を引きそうなものなのに。死にかけてなお、彼は意欲的に続けようとしている。
どこから……こんな力がわいてくるんだろう。
この旅を始めるまでは、魔法なんてまるで縁のない少年だったのに。今でも、自分で魔法を使うこともできないのに。
妖精や魔物と関わるのに、魔法という力がなければ、これ程心細いことはない。
そんな力さえも持っていない少年の、どこにこんな力があるのか。
「これでも……二日間、ずっと考えていたんですけれどね」
「悪かったな。俺がもう少し早く起きてれば、考えずに済んだのに」
ため息をつきながら肩を落とすアルテに、グレイヴァが茶化す。
「わかりました。でも、旅を続けるにあたって、条件があります」
どう説得しても、グレイヴァは折れてくれそうにない。それなら、せめて。
「何だよ、改まって。条件?」
「ぼくが護身用に魔法をいくつか教えますから、それを覚えてください」
考えもしなかった条件に、グレイヴァは目を丸くする。
「ま、魔法だぁ? 俺にそんなの、覚えられるかよ」
「覚えてもらいます」
アルテが珍しく強く、きっぱり言い切った。有無を言わさず、という表情で。
「以前から、真剣に考えていたんです。グレイヴァに身を守る術がない、という状態はかなり危険だ、と」
確かに、何度かそんなことを言われた気がするが、グレイヴァは深く考えていなかった。
まさか、それを「旅を続ける条件」にされるなんて。
扉がノックされ、エルデンが顔を出す。グレイヴァが起きてるのを見て、ぱっと表情が明るくなった。
「目を覚ましたのね、グレイヴァ」
別の部屋にいるらしいフィノに声をかけながら、エルデンが嬉しそうに入って来る。
「エルデン……俺、また熱出そう」
「グレイヴァ、潔くあきらめてください」
アルテがわざとらしく、グレイヴァが口にした言葉を出して、にっこり笑う。
話が見えてないエルデンは、不思議そうな顔。
「何? 何をあきらめるの?」
「男同士の話です。ね、グレイヴァ」
「……」
俺から続けるって言ったけど……何かはめられたような気がする……。
アルテの笑顔を見ると、グレイヴァはついそんなことを考えてしまった。
☆☆☆
それから五日。
グレイヴァ達は、エルデンの家で世話になった。ほとんど療養させてもらったような状態である。
熱が下がったから、と出発しようとしても、エルデンががんとして許可しなかったのだ。シュプルングも一緒になって。
グレイヴァは一度死にかけたのだから、そんなすぐに無理をするな、という訳だ。
夜中にこっそり抜け出さない限り、家から出してもらえそうにない雰囲気だったので、ありがたく世話になった、という次第である。
「本当に大丈夫? 無理しないで。戻って来られそうな距離なら、戻って来ていいんだからね」
出発の日、エルデンは何度もそう言った。グレイヴァはもうピンピンしているのだが、エルデンとしてはまだ気にかかるようだ。
しかし、グレイヴァが大丈夫だと何度も言って、ようやく送り出してくれた。
「まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど……エルデン、心配しすぎじゃないのかな」
「仕方ないってわかってるなら、いいじゃない。きっと、重なったのよ」
エルデン達が見えなくなって、フィノはねこに戻った。
久し振りの姿で、指定席であるアルテの肩に乗る。人の姿ではなかなか甘えにくいから、やっぱりねこの方が落ち着く。
「重なったって……何に?」
「自分の息子によ」
「む、息子? エルデンって、結婚してるのか?」
「そうよ。あら、知らなかったの」
フィノがあっさりと肯定する。
「だ、だって、旦那なんてあの家にいなかっただろ。息子だって、影も形も」
てっきり、エルデンとその両親の三人家族だと思っていた。
「旦那も魔法使いなんだって。師匠だった人が病気だからって、お見舞に行ったそうよ。息子も一緒にね。グレイヴァとほとんど年も変わらないみたいよ」
話を聞いて、グレイヴァはあっけにとられる。
「俺と同じくらい……エルデンって、一体いくつなんだよ」
「はっきり聞いてないわよ、そんなこと。女性に年齢を聞くのは失礼だって、前に言ったでしょ。たぶん、アルテより少し上くらいじゃないの。魔法使いは外見と実年齢が違うことがあるって、アルテを見ていたらわかるでしょ」
アルテも、エルデンが魔法使いと知るまでは、自分より年下だと思っていた。
だから、火の番をしていた時に彼女の話を聞いて、どうやら見た目とは違うと感じたのだ。
家族構成を聞いて、事実を知った。
「女って……魔物だよな」
しみじみとした口調のグレイヴァ。失礼なことを言うな、と言わんばかりに、フィノがその頭を軽くはたいた。
その様子を笑いながら見ていたアルテだが、少し真面目な顔でグレイヴァの方を向く。
「どこか落ち着ける場所があれば、そこで始めましょうか」
「始めるって……何を?」
「もちろん、魔法の習得ですよ」
「え……」
その言葉に、グレイヴァがかたまる。
「本気だったのか」
「ええ、当然です」
旅を続ける条件として、アルテは「グレイヴァに護身用の魔法を教える」と断言した。グレイヴァが拒否しようと、覚えが悪かろうと、やめるつもりはない。
「け、けどさぁ。そんな付け焼き刃で、自分の身が守れるかなぁ」
「まったくの丸腰でいるより、ダメージは減らせます」
何もしないよりは、絶対にいい。
「グレイヴァ、ダメよ。逃げようったって無理。アルテは、決めたことは必ずやるんだから」
あの場でも、やる気がありそうに見えた。実際にやり始めれば、とても熱のこもった指導になりそうな気がする。
「俺なんかに魔法ができるのか?」
「そんなに深く考えることはありませんよ。何も本格的な魔法をやろう、というのではないんですからね。まぁ、本当にやろうと思えば、グレイヴァなら妖精に手をかしてもらいやすいでしょう。普通の人より、ずっと楽に習得できるはずですよ」
「んー、けどさぁ」
まだ渋るグレイヴァ。
「グレイヴァは約束を守るんでしょう? そのためには、必要不可欠なことですよ」
「うっ……」
この前話していたことを、逆手に取られた。
もっとも、そんなことを言わなくても、アルテは絶対にグレイヴァに魔法を教えるつもりでいる。
「いいじゃない、グレイヴァ。アルテに教えてもらえるなんて、幸せ者よ。アルテの弟子になりたいって人、レトルの街にはたっくさんいたんだからね」
「ぼくはまだまだ、人様に教えられる程の技術はありませんからね。でも、これは特殊なケースですから」
アルテだけでなく、フィノも妙にやる気になっているような。
どうせなら、素早く逃げられるような魔法を最初に教えてもらおうか、などとグレイヴァはこっそり考えたのだった。





