やめる、やめない
「俺、やめる気なんて全然ないぜ。アージュが泣いて謝りながら頼まなくても、俺は旅を続けるつもりでいるんだし。まぁ、俺がどこまで役に立ってるか、なんてわからないけど」
「そんなことないっ。グレイヴァのおかげで、どれだけの妖精が助かってるか……」
「あ、ありがと。とにかくさ、俺の一生で妖精が全部助けられるかわからないけど、やめてくれって言われるまで、俺は続けるつもりだから。変な心配、するなよ」
「本当? 本当に続けてくれるの?」
まだ少し不安そうな表情で、アージュが尋ねる。グレイヴァは大きくうなずいた。
「ああ。俺には何の力もないけど、続ける」
アージュが、今度は自分からグレイヴァに抱きついた。
「ありがとう……ありがとう、グレイヴァ」
「あ、言っとくけど、あんまり大きな期待はするなよ」
抱き付くアージュを受け止めながら、グレイヴァは笑いながら応える。
そんなグレイヴァを、ふいに眠気が襲った。
ここは夢の中で、本当の自分は眠っているはずなのに、なぜか急に眠くなってきたのだ。
錯覚にしては、やたらリアリティのある眠気。
「ごめんね、グレイヴァ。きっとあたしが強引に起こした形になったからだわ」
グレイヴァの異変に、アージュはすぐ気付いた。その訳も。
「ここ、夢なのに……どうして眠いんだ?」
力が抜けて行く。グレイヴァはアージュに寄りかかった。アージュがそんなグレイヴァを支える。
「グレイヴァが眠りを欲しているの。今、身体は眠ってるけど、意識だけ起こしたようなものだから。今までのできごとで、グレイヴァの意識も、もう少し休みたがってるの」
わかるような、さっぱりわからないような。とにかく眠い。
「ゆっくり休んでね、グレイヴァ。ありがとう」
グレイヴァは、アージュの言葉を最後まで聞けなかった。
さっきまではグレイヴァがアージュを抱き締めていたが、今はアージュがその胸にグレイヴァの頭を抱いて眠らせている。
「やっぱりあなたって、貴重なくらい心がきれいな人よ、グレイヴァ」
アージュは眠るグレイヴァの頬に、そっとくちづけた。
☆☆☆
グレイヴァが目を開けると、部屋の中は明るかった。
確か最後に診察されていた時も明るかったし、そうすぐに起きたとも思えないから、きっと丸一日経ったのだろう。
横を見ると、アルテがイスに座ったままうつらうつらしている。看病に疲れて、眠ってしまったらしい。今いるのは、アルテだけのようだ。
せっかく隣りにベッドがあるんだから、そこで寝ればいいのに。顔だけこっちへ向ければ、すぐに俺が見えるんだから。
そんなことを思ったものの、心配してもらえる、というのはやっぱり嬉しい。
「アルテ……」
ずっと寝かせておこうかとも思ったのだが、このままの姿勢で眠っても疲れは取れない。
前の夜もリュリーのために火の番をして、エルデンと夜明かししていたはずだ。せっかく休める場所を提供してもらったのに、疲れたままではもったいない。
グレイヴァに声をかけられ、アルテはすぐに目を覚ました。
「ああ、グレイヴァ。気が付いたんですね。気分は悪くないですか?」
「うん。少し頭がぼんやりしてるけど。俺、丸一日眠ってたのか?」
「いいえ、丸二日ですよ」
「なっ、二日も?」
ということは、前に意識を取り戻したのは昨日のことではなく、もう一昨日のことになるのだ。まさかそんなに眠りこけていたとは。
そんな事実にびっくりさせられ、目が覚めた。
「もしかして……その二日間、ずっとアルテがついててくれたのか?」
「いえ。もちろん、ぼくも休みましたよ。フィノやエルデンが交替してくれましたから」
気を遣わせないようにか、アルテはそう説明する。
半分は本当だろうが、アルテの性格ならほとんどずっとついていたのではなかろうか。
「……ありがと。けど、もう熱も下がったよな? だったら、すぐ復活するから」
笑みを浮かべながらグレイヴァを見ていたアルテだが、最後の言葉でふいに表情が暗くなった。
どこか少し思い詰めたような。
「グレイヴァ、もう……やめましょう」
「やめましょうって、何をやめるんだよ」
「この旅を、です」
グレイヴァはきょとんとして、アルテの顔を見る。
顔色の悪いアルテの表情は、ずっと考え続けた上で出した選択だと語っていた。
「今までにも、何度か危険なことはありました。それを無事にくぐり抜けられたのは、妖精達の加護と運のよさがあったからです。ですが……今回は本当に危なかった。リュリーの魔法がうまくいったからグレイヴァはこうして生きてますが、実際は紙一重の状態でした。この先も同じようなことが起きた時、ぼくはグレイヴァを助けられる自信が……ありません。かと言って、いつもリュリーのような存在がそばにあるとも限らないんです」
現実に何度もケガをしたり、魔の気で倒れたりと、色々あった。
それらを思い返せば、よくグレイヴァは今まで無事に生きていられると思う。運のよさ、としか言い様がない。
「ぼくは、自分の優柔不断さに腹が立っています。ウインデがグレイヴァに助けを求めた時、魔法使いではないのに、と思いながらも決断をグレイヴァに任せてしまった。本当なら、あの場でぼくが否定するべきだったんです。普通の人間では、リスクが大きい、と」
妖精が関わるなら、当然魔法も関わる。そして、魔力に惹かれて魔物も現れる。
その時に、力を持たない人間のグレイヴァは何の対処もできない。
妖精に好かれるということは、魔物にも目を付けられやすい、と以前にフィノとも話をしていた。
今回、魔物がグレイヴァを狙ったのも、そういう性質のためかも知れない。
純粋な報復なら、アルテやエルデンでもよかったはずだ。魔物を攻撃していたのは、彼らなのだから。
「助かったのって、リュリーのおかげなのか?」
夢の中で、アージュも言っていたような。
「ええ。魔物の出した氷の剣は、持っていた全ての魔力を集中させて、相手に氷結の力をもたらすものです。その剣で刺されたグレイヴァの心臓はそのために凍りかけて、ぼくが火の魔法で対処しようとしました。そこへリュリーが現れたんです」
あの時見た夢は、あながちただの夢ではなかったようだ。現実にも、リュリーはグレイヴァにくちづけて魔法を解こうとしていたらしい。
「前日のダメージで、グレイヴァは弱ってました。そこへ魔法の力をかければ……ただでさえ、グレイヴァはそういった力に敏感ですからね。リュリーがやると言ってくれても、絶対に助かる保証なんてありませんでした。この先、似たようなことが起きないとも限らない。ですから」
「俺はいやだ」
「グレイヴァ!」
アルテの言い分をおとなしく聞いていたグレイヴァだが、きっぱり断る。
「途中で放り出すなんて、そんな半端なマネ、絶対やりたくない」
「わかってますか。自分の命に関わる問題なんですよ」
「わかってるよ。けど、人間はいつか死ぬんだしさ」
「命ある者は、いつか死ぬ。それは自然の摂理です。ですが、本来の寿命を縮める必要なんてないでしょう。まして、グレイヴァはまだ十代です。死ぬには若すぎますよ」
「んー。俺だって、そうすぐに死ぬのはいやだけどさ」
言いながら、グレイヴァはベッドの上に起き上がった。
まだ少しふらっとくるが、あの青焔石が身体の中にあった時のことを思えば、ずっと楽になっている。
「俺、その死にかけてたって時に、夢を見てたんだ」
「夢……ですか」
「本当は夢じゃない……かも知れないけどさ。自分の家に帰ったら、親父とお袋に追い出されたんだ、俺。で、こっちへ戻って来た。夢だとしたら、うまくできてるよな」
「ご両親が生きるようにしてくださった、ということですか」
似たような話なら、アルテも聞いたことがある。
「そう考えられなくもないかなって。その時に親父がさ、約束をまだ守ってないだろって言うんだ。何のことか思い出せなかったけど、今ならわかる。ウインデとした約束、俺はまだ果たせてないんだ」
「妖精を助ける、ということですか。でも、あの時は契約関係には至っていません。この旅は、あくまでもグレイヴァの善意の上に成り立っていて……」
魔法使いは、妖精や魔獣と契約を交わす。そうすることで、より強い魔法が使えるようにしたり、自分が魔法を使わずに彼らにやってもらえるようになる。
でも、グレイヴァの場合はそんなことはしてないし、だいたいやり方も知らない。魔法使いではないのだから。
約束だと言うのなら、あれは口約束だ。深く考える程の約束ではないし、契約程に重くない。
「だけど、俺は約束ととらえてる。それに……さっき眠ってた時に、アージュが出て来た。泣いて頼まれたよ。妖精を助けてくれってさ。アルテが何を言っても、俺はやめるつもりはないし、妖精の方でも危険とわかっているけど続けてくれって」
「そんな……今回より大変なことだって、この先起こるかも知れないんですよ」
まさか、妖精の方からそんな依頼をされるとは、アルテも考えなかった。
グレイヴァは魔法使いではない、とわかっているはずなのに。
「でも、起きないかも知れないだろ。今回が最悪かも」
「グレイヴァ……。いいですか。妖精を助けると言っても、その元凶は魔物です。今回とは比べものにならないような魔物が、ぼく達の前に現れるかも知れません。むしろ、そちらの方が確率は高いんです」





