助けて
エルデンの家に着き、グレイヴァを休ませてからアルテは事情を説明する。
自分達がしている旅の目的から始まり、偶然に火の妖精リュリーを見付けたこと。
昨夜、彼女が魔物に襲われたこと。
仲間が氷の壁に封じられてしまっていること。
力を回復させるために、青焔石と共にリュリーがグレイヴァの身体へ入ってしまったこと。
最初は目を丸くして聞いていたエルデンだが、アルテの話を疑うことはなかった。彼女も魔法使いだから、妖精を否定することがないためだろう。
それに、真面目に話すアルテが、嘘を言ってるとも思えないからだ。
話を聞いた上で、エルデンは改めて自分の家を休む場所として提供してくれた。
水差しとグラスを載せたトレイを持って、エルデンが部屋へ入って来る。
「母さんにはある程度の事情を話してきたから、あなた達もここでゆっくり休むといいわ。父さんは今、往診に行ってるの。戻って来たら、グレイヴァを診てもらった方がいいわね。病気でなくても、熱が高いことに変わりないから」
「ええ、お願いします」
「だけど、熱の出る原因が火の妖精じゃねぇ。確かに、胃の付近に妙な熱反応があるわね。これじゃどんな薬を調合したって、どんな名医にだって熱は下げられないわ」
アルテ達は現在、エルデンの家の母屋にいる。ここは客室として使われる部屋だ。
離れの方は、診療所として使われている。そこにもこうして休める部屋はあるが、村の患者が出入りするのでちょっとばかり賑やかだ。
今のところ、客が来る予定はないし、こちらの方がゆっくりできるだろうという、エルデンの心遣いだ。
ベッドに寝かされ、休んでいるうちにグレイヴァの具合もずいぶん落ち着いてきた。彼の具合と言うより、中にいるリュリーの具合がよくなってきたせいだろう。
まだグレイヴァの熱は下がらないが、不定期に襲ってくる焼けるような熱さは少なくなってきているように思われた。
「それにしても、不思議なことがあるのね。人間が、妖精を助けるために旅をするなんて」
「たまたまぼくがそのメッセージを受け取った、というだけです。どこかで他の誰かも、ぼくのように旅をしているかも知れません。グレイヴァは……最初は好奇心でついて来ていたんですが、半ば巻き込まれるような形で今に至ってます」
「ふぅん。ねぇ、不思議と言えば、フィノの存在も不思議なんだけど。あなたは魔法使いなの? 雰囲気が普通とはちょっと違うのよね。アルテともまた違うし」
これまで人間の姿になったフィノが会うと言えば、普通の人間か妖精くらいだ。だから、その存在をいぶかしく思われることはなかった。
だが、魔法使いだと、さすがに気配に敏感だ。フィノが人間ではないことに、うすうす気付いている。
ねこの時なら、知らん顔して横で寝ていれば済むが、人間の姿ではそうもいかない。
それに、この姿だとどうしたって気配が隠し切れないのだ。
「ま、お察しの通りよ。正体が何かは、エルデンの想像にまかせるわ」
フィノもはっきり伝えないが、これで半分ばらしたようなものだ。
「そぅお? じゃ、勝手に想像させてもらうわね」
エルデンの反応は、あっけらかんとしたものだ。フィノとしては、変に騒がれるよりもずっといい。
エルデンになら正体を話しても構わないが、彼女の両親は普通の人。もしもの時を考え、黙っておく。
「それで、リュリーって子はいつ頃に出て来るの?」
「わかりません。グレイヴァがだいぶ落ち着いてきましたから、彼女の方もかなり回復したと思うんですが……。こればかりは何とも」
もちろん、早ければその方がずっといい。
「ねぇ、アルテ。あたし、さっきからずっと思ってたんだけど……グレイヴァの身体が、よくこの状態で保ってるわよね」
「どういう意味です、フィノ」
「だって、火の妖精の石が、身体の中で力を放出させてるのよ。普通の人間に耐えられるような、生易しいものじゃないと思うわ」
そうは言っても、グレイヴァはこうして実際に耐えている。
「だけど、グレイヴァは魔法使いとかじゃないんでしょ?」
「ええ。今となっては世間の魔法使いより、妖精と関わる回数が多いかも知れませんが。彼に魔法は使えません。フィノ、何か思い当たることでも?」
「この石のおかげかな……って思ってるんだけど」
フィノはグレイヴァの胸に光る、守水石を指した。
「それ、水晶じゃないの? 何か特殊な石なの?」
エルデンが言うように、ペンダントの先にある石は水晶に見える。
一見すれば、ただの透明な石。きれいではあるが、そんなに価値もなさそうな石だ。
「ええ、守水石という、妖精が……特に水の妖精が持つ石です。そうか、水が火の勢いを弱めてくれているんですね」
この石をくれた水の妖精は「かけらだし、力もほとんどない」と言っていた。
だが、その前に、こうも話していた。
自分達にも、この石がどんな力を秘めているかはわからない、と。
「だとしたら、偶然とは言え、先に水の妖精に会っていてよかったわよね。これがなかったら、今頃グレイヴァの身体、沸騰してるかもよ」
フィノが怖い可能性を口にするが、ありえないことではない。
「あなた達って……本当に妖精に会ってるのねぇ」
疑っていた訳ではないが、エルデンはしみじみと感心している。
「ん……」
エルデンが絞り直したタオルを額に置いたせいか、グレイヴァが目を覚ました。
「グレイヴァ、気分は悪くない? あ、あたしはエルデン。医者よ」
見覚えのない人物を見てグレイヴァが「?」な顔をしたので、エルデンはすぐに自己紹介した。
医者と言ってから、後で魔法使いだとも付け加えて。
「アルテ……」
エルデンに水を飲ませてもらってから、グレイヴァはアルテの姿を捜した。
「ここにいますよ、グレイヴァ」
グレイヴァの視界に入るよう、アルテが動く。
「……助けて」
「え?」
「リュリーが助けてって、泣いてるんだ」
熱のせいで目がうるんでいるグレイヴァの方が、泣いてるように見える。
「助けてって、グレイヴァの身体の中で、彼女は回復していないんですか」
リュリーは回復するために、グレイヴァの身体へ入ったはずだ。それがなされていないのなら、グレイヴァの高熱は何なのだ。
それとも、さっき話していた守水石が、実はリュリーにとって妨害となっているのだろうか。
あれこれ考えるアルテに、グレイヴァは首を振った。
「カーミスを助けてって。このまま放っておいたら、カーミスが消えてしまうって」
氷の壁に封じられている、火の妖精カーミス。できるなら、リュリーは今すぐにでも助けに行きたい。
だが、自分もまだ回復できていない状態だ。動くだけで精一杯だろう。
だからと言って、リュリーが完全に回復して助けに向かっても、それではカーミスの命が保たない。
仲間が死にそうになっているのがわかっていて、助けられないでいることをリュリーは嘆いている。
そして、それはグレイヴァに直接伝わってくるのだ。
「氷穴でしたね。エルデン、あの森に氷穴がありますか」
「ええ、あるわよ。グレイヴァが休んでいた場所よりもう少し北へ行った所に、細い脇道があるの。知らない人は素通りするような、ほとんど獣道みたいなものだけど。その奥に、氷穴があるわ。中は広くて、夏に行くと快適よ。……じゃあ、火の妖精が封じられているのって、そこなの? 最悪の場所じゃない」
「ええ。申し訳ありませんが、案内してもらえますか。力を回復させる方法はともかく、今は氷の中からカーミスを助け出さないと」
場所さえわかれば、後は何とかなる。
「わかったわ。行きましょ。グレイヴァのことは、母に頼んで来るから」
「……俺も行く」
部屋を出ようとするエルデンに、グレイヴァが待ったをかける。
「グレイヴァ、無茶ですよ。カーミスのことは、ぼく達にまかせてください」
「あんたはリュリーを担当してなさい。カーミスはアルテとあたしが担当するから」
アルテとフィノが請け負うが、グレイヴァはベッドの上で起き上がろうとしている。
「駄目よ、グレイヴァ。妖精のことがなくても、今のあなたの身体はどう転んでも健康体とは言えないんだから。おとなしく待ってなさい」
エルデンが医者として、グレイヴァを止めようとした。だが、グレイヴァも引かない。
「石が……青焔石がいるんだ。カーミスの石は魔物に割られたから、リュリーの石がそばにないとダメなんだ。けど、今は俺の中にその石があって、すぐにはリュリーも出られないから、俺が行くしかないだろ」
恐らく、リュリーはグレイヴァに「行ってくれ」とは頼んでいない。だが、必要なことが全て伝わってくるから、グレイヴァは自分から行くと言っているのだ。
「馬車では途中までしか行けないのよ。その後は、自分の足で歩くことになるけど、それでも行くの?」
「行く」
エルデンはあきらめさせようとして言ったのだが、グレイヴァはひるまない。
「カーミスを助け出したって、ここへ連れて来るまでに死んでしまうかも知れないだろ。けど、健康体じゃなくたって、俺はすぐには死なない」
「息を切らして死にそうな顔してるのに、口だけは元気ねぇ」
フィノが妙な部分で感心している。
「アルテ、エルデン。連れて行きましょ。縛り付けたって、這ってでもついて来るわよ。いざとなったら、あたしがおぶるくらいのことはしてあげるわ」
グレイヴァが根性を見せたせいか、珍しくフィノが好意的に言う。確かに、こんな状態でもおとなしくしていそうにない。
アルテも、説得するのはあきらめた。
「すみません、エルデン。医者としては許可できないでしょうが、彼も連れて行きます」
「仕方ないわねぇ。確かに許可したくはないけど……他のことならともかく、これはあなた達の旅の目的遂行のためだものね。あたしが反対できる立場じゃないわ」
エルデンは本当に仕方なさそうに、小さくため息をついた。





