氷穴へ
「じゃ、馬車の用意をして来るから。アルテ、フィノ。グレイヴァを連れて来てね」
先にエルデンが、部屋を出て行った。
その後を追うべく、グレイヴァも立ち上がるが足に力が入らず、倒れかける。
その身体を、慌ててアルテが支えた。
「悪い……」
「本当に大丈夫ですか、グレイヴァ。無理をしすぎでは」
「ちょっとよろけただけだ。どうってことない」
そうは言っても、無理をしているのはいやでもわかった。
「まったく、もう……。そんな状態で、口だけはしっかりしてるんだから。ほら」
フィノが背中を向ける。おぶされ、と言っているのだ。
「フィノ、ぼくがします」
「見た目は、その方がいいのかも知れないけどね。アルテがおぶってたら、何かあった時に魔法がすぐ使えないでしょ。それに、エルデンにはあたしが普通じゃないってばれてるんだから、あたしがおぶっても今更変に思われやしないわ。それにグレイヴァって軽いもん」
二度ばかり、ねこの姿でだが、フィノはグレイヴァをおぶったことがある。こんな細い少年の身体くらい、フィノにとっては楽勝だ。
「ありがとう。それじゃ、まかせますね」
グレイヴァも抵抗することなく、フィノにおぶさった。
「……思った以上に熱いわね」
背中に伝わるグレイヴァの体温が、想像以上に高い。これで普通に歩け、なんてまず無理だろう。よくこんな身体で「外へ出る」と言ったものだ。
フィノは改めて感心した。
「じゃ、行きましょ。エルデンが待ちくたびれるわ」
☆☆☆
馬車に乗ると、エルデンはアルテに水筒を二本渡した。
「一本は水が入ってるわ。もう一本は薬……みたいなものよ。母にすぐできるものを作ってもらったの。熱は下がらないでしょうけど、少しは助けになるはずよ。熱で体力を消耗してるはずだから、それで補ってあげるの。薬と言うより、栄養剤みたいなものね」
エルデンが出て、その後でアルテ達が部屋を出るまで、そう長い時間はかからなかった。なのに、こんなものまで用意するとは、素早い仕事だ。
何にしろ、ありがたい。
「ありがとう、エルデン。助かります」
馬車が再び森の中の道を走る間、アルテは薬をグレイヴァに飲ませた。
「着いたわよ」
少し走らせてから、エルデンは馬車を止めた。前後には、この森の中を通る道が続いているだけ。周りには、特にこれといって何もない。
「ここ……ですか?」
「そうよ。ほら、そこに道が……わかりにくいけど、あるのよ」
エルデンが指す方を見ても、木々の間に草が茂っているだけで道など見えない。確かに、これでは知らない人は素通りするはずだ。獣道かどうかもわからない。
「ここを入った奥に、氷穴があるわ。少し歩かなきゃいけないけど」
「わかりました。じゃ、行って来ます」
「行って来ますって……ここまで来て、あたしは留守番なの?」
「え……しかし、そこに魔物がいないという保証はありませんし、危険です」
「もう、アルテったら何を言うかなぁ。ちゃんと話したでしょ、あたしは魔法使いだって。何かあれば、助けになるわよ。それに、そこへグレイヴァを連れて行くんでしょ。病人を放っておけるあたしだと思う? そりゃ、あたしは外科だけど、苦しんでる人を見送るなんてマネ、できないわ」
一気にまくしたてられ、アルテは反論できない。とてもさせてもらえる雰囲気じゃない。
主導権は、まだエルデンが握ったままのようだ。
「いいじゃない、アルテ。魔法使いが多いに越したことはないわよ」
フィノまでそう言うのであれば、ここは自然にまかせる方がいいだろう。
「じゃあ……エルデン。引き続き、案内をお願いします」
「そうこなくちゃ。まかせといて」
一緒に行くと決まると、エルデンは上機嫌で道らしからぬ脇道へ入って行った。その後を、アルテとグレイヴァをおぶったフィノが続く。
ひざ丈程の草が無秩序に生える中、奥へと進んで行くと入口の狭い洞窟が待っていた。
人が二人並んでどうにか入れる程の幅と、背の高いアルテは少し腰を折らないと頭をぶつけてしまいそうな高さの穴がある。
ここがカーミスの封じられている氷穴だ。
「ここよ。入口は小さいけど、中は割りと広いの。少し下り坂になってるから、歩く時は足下に気を付けてね」
言いながら、エルデンは持っていた松明に火をつけた。棒を持っているのには気付いていたが、松明とはわからなかった。
太陽の光は中まで届かないから、明かりがいる。ここの状況を知っているエルデンは、ちゃんとこういう物を用意してくれていたのだ。
「じゃ、入るわよ」
松明にさっさと魔法で火をつけ、中へ入ろうとしたエルデンをアルテが慌てて止めた。
「待ってください、エルデン。ぼくが先に入ります。中で魔物が待ちかまえていない、とも限りませんから」
「あー、そうね。でも……やっぱり、あたしが先に入るわ。中の地形はあたしの方がよく知ってるんだし、ふいを突かれても歩くことに気を取られていない分、アルテよりは早く動けるでしょ」
「それは……そうかも知れませんが。あなたにまで危険が及ぶのでは……」
「心配してもらって嬉しいけど、あたしだって魔法使いなんだってば。魔物が現れても、それなりに対処はできるわよ。それに、相手が氷結の力を使うなら、松明を持ってるあたしは結構有利だと思わない?」
水ならともかく、氷なら火の方が有利になるはずだ。
珍しくアルテが言いくるめられているのを、グレイヴァとフィノはちょっと興味深く眺めていた。
エルデンは見掛けによらず、豪傑のようだ。それに、ちゃんと理屈も通っている。ここでは、アルテに勝機はなさそうだ。
アルテも、それを悟ったらしい。
「わかりました。でも、注意してくださいね」
「もちろん。じゃ、すべらないようにしてついて来てね」
エルデンが最初に氷穴へ入り、次にアルテ、最後にグレイヴァをおぶったフィノが続く。
入った途端、ひやりとした空気が足をなで、その空気はすぐに身体を覆う。暑い所から入ると、その冷たさがとても心地いい。
フィノの背中で、グレイヴァが大きく息をついた。
「グレイヴァ?」
「すっげー気持ちいい」
身体がほてっているグレイヴァには、アルテ達よりもずっとこの空気が安らぎを与えてくれていた。
中はエルデンが話していた通り、広い洞窟になっていた。松明の明かりだけなので暗く、その広さは定かではないが、ずっと奥まで続いているようだ。
ただし、天井が低い。アルテがかろうじて普通に歩ける程の高さ。手を思いっ切り上げられない。
そして、壁は氷でできていた。もちろん、岩がむき出しになっている部分もたくさんある。そこには冷たい水が染み出し、乾いている部分を見付けるのは難しい。
「魔物の気配はなさそうですね」
「今のところはね。氷に同化してるのかもよ」
辺りに注意をしつつ、エルデンは進んで行く。
普通の洞窟なら、鍾乳石でできた石柱や石筍がありそうだが、ここではそれが石ではなく氷でできていた。
ここだけが、真冬の景色をみせている。
「エルデン、ずっと右……」
グレイヴァが、行くべき方向を指差す。
「え、右なの?」
「わかるんですか、グレイヴァ」
「リュリーが教えてくれるんだ」
火の妖精が仲間の場所を、グレイヴァを通じて教えている。中の地形に詳しくても、さすがに妖精のいる場所まではエルデンもわからない。
目的地を教えてもらえるなら、小さな明かりだけで洞窟内を捜し回らなくて済む。今は時間をかけたくないので、ありがたい。
一行は、グレイヴァの指す方向へ進む。右へ左へ歩いて行き、複雑すぎて帰り道がわからなくなりそうだ。
「帰り道は大丈夫よ。あたしがちゃんと覚えているから」
エルデンが言うと、本当に頼っていいような気になるから不思議だ。
「あそこだ」
グレイヴァが指す方向に、氷の壁。しかし、ただの青白い氷の壁ではなく、目立つ赤が一カ所、埋め込まれたようにしてそこにある。
「これが……リュリーの仲間、ですか」
「よくここまで逃げたわね」
「わぁ……きれい。妖精にすれば、それどころじゃないでしょうけど」
ここで使う言葉ではないとわかっているが、エルデンはその光景を見てそうつぶやいた。
氷の壁に封じられているのは、確かに火の妖精だ。
リュリーの仲間のカーミス。見た目は、リュリーとほとんど変わらない姿だ。カーミスの方が、リュリーよりやや幼い感じだろうか。
瞳は閉じられているのでわからないが、赤い髪や身に着けている衣はリュリーによく似ていた。
「周りに魔物はいないようね。早く彼女をここから出してあげましょ」
エルデンは腰に提げていた麻袋から、木槌とノミを取り出した。やっぱり用意がいい。
「ここから氷をもらう時の道具よ。彼女の周りを削って、ある程度の固まりで掘り出してから、外で氷を溶かしましょ。ここで火の魔法を使っても、時間がかかるわ」
周囲が氷の所で火を使っても、無効にはならないがそれでも周りの環境が火の効果を打ち消してしまうだろう。ここは氷の気が強すぎるのだ。
「そうですね。エルデン、まだ道具はありますか? 二人でやれば、早く終わりますよ」
「ええ、あるわ。指を打たないように、気を付けてね。フィノ、彼女の周囲を照らしてもらえる?」
両手がふさがるので、エルデンはフィノに松明を渡した。
フィノなら片手でもグレイヴァを支えるくらいはできるが、グレイヴァ自身が「降りる」と言うので降ろした。
「そんな所に座るなら、おとなしくおぶさってればいいのに」
氷の壁を背にして座ってしまったグレイヴァを見て、フィノが怒る。
「どうせ汗で濡れてるんだから、また濡れたってどうってことない」
「あんたは濡れても構わないでしょうけど、濡れたあんたをおぶって帰るのはあたしよ。それ以上、びちゃびちゃになったら、一人で帰りなさいよね」
熱で立っていられないのはわかるが、フィノにすれば「それはそれ、これはこれ」である。





