高熱と医者
「ダメだ、アルテ……」
「グレイヴァ?」
「リュリー、もう……動けないってよ」
グレイヴァには、身体の中にいるリュリーの声が聞こえるらしい。リュリーにもアルテの声は聞こえるが、それに応えるだけの力はもうないのだ。
「人間なら、崩れ落ちるって感じだったもの。ある程度の力が回復しないと、出入りするだけの動きもできないのよ」
「しかし、それではグレイヴァの身体が」
「大丈夫だ、アルテ……。少し……落ち着いた」
大きく息を吐きながら、グレイヴァが応えた。うつむく顔から、汗がしたたり落ちる。
「さっきは焼けちまうかと思ったけど……今は熱いって程度になってるから」
「グレイヴァ、本当に大丈夫なの? へんに我慢しないでいいんだからね」
事態が深刻なだけに、フィノも心配している。
「歩けそうですか、グレイヴァ」
こうなったら少しでも早く宿へ入って、グレイヴァを休ませた方がいいだろう。こんな状態が続いたら、リュリーの回復より先にグレイヴァの身体の方が保たなくなってしまう。
「ああ、今までみたいに、とはいかないけど」
とりあえず、さっきまで歩いていた道の方へと出て来た。
相変わらず人通りはなく、リュリーに気付いた人もグレイヴァの声を聞いた人もいない。幸い、と言うべきか……。
アルテはグレイヴァを支えるようにして、村へ向かうべく歩き出すが、時々グレイヴァがうずくまる。
落ち着いた、と言っていたものの、それがずっと、という訳にはいかないらしい。不定期に焼けるような熱さが襲い、立っていられなくなるのだ。
「アルテ、このままじゃ、まずいんじゃない?」
「ええ……。グレイヴァ、ここに座って」
しばらくはそんな状態で歩いたり休んだりを繰り返していたが、やがてアルテは道端にグレイヴァを座らせた。
何度も身体の中で高熱が発生したため、グレイヴァ自身の体温も上がり、足下が覚束なくなってきたのだ。
アルテが掴んでいるグレイヴァの腕が熱く感じられ、額に手を当てるとかなりの高熱。これ以上は歩かせられない。
グレイヴァは、崩れるようにして座った。アルテにされるがまま、横になる。
顔が赤く、息が荒い。意識も、だんだんもうろうとなりつつある。
「あたしが運ぶって訳にもいかないもんねぇ」
フィノなら、その身体の大きさを変えて、村までグレイヴァを運ぶことは可能だ。しかし、村の人がその光景を見て、騒がないはずがない。
「フィノ、グレイヴァを見ていてもらえますか」
グレイヴァの首筋や脇に、魔法で出した氷を置くと、アルテは立ち上がった。
「いいけど。アルテはどうするの」
「飲み水を探して来ます。このままだと、グレイヴァの熱が上がる一方になって、脱水状態になってしまいますから。お願いします」
魔法で水を出すことも可能だが、魔の力にさらされているグレイヴァにその水を飲ませることはためらわれた。
水分補給はできても、グレイヴァの身体にどんな影響が出るかがわからないからだ。
「わかったわ」
フィノは、人に姿を変えた。
ねこのままでは、親切な誰かが通り掛かり、意識の薄いグレイヴァを連れて行ってしまうかも知れない。一度そんなことがあったので、同じことが起きないためにだ。
それに、ねこの手ではグレイヴァの汗を拭いてやることもできない。
アルテはその場を離れ、川か池が近くにないか探し始めた。飲用に難があっても、魔法で浄化すればいい。木が生えているのだから、水はどこかに必ずあるはずだ。
きょろきょろしながら歩いているうちに、アルテは脇道らしい所から人が現れるのを見付けた。
二十歳前後であろう、長い金の髪の女性だ。手に持つカゴの中に草が入っているので、薬草を摘んで来たのだろう。
「すみません。少しお伺いしたいのですが」
「はい。あら、旅の方? フロイデの村なら、もう少し歩けば着くわ」
本当ならアルテの方が年上なのだろうが、アルテの見た目はグレイヴァとほとんど変わらない。そのためか、相手の口調はとてもくだけたものだった。
「いえ、その前に少し水が欲しいんです。この近くに、川はありませんか」
「水? 水くらいなら、うちででももてなすわよ」
「ありがたいんですが……ぼくの連れが熱を出しているので」
アルテの言葉に、相手が強く反応した。
「まぁ、熱ですって? 大変じゃない。旅の疲れが出たのかしら。早く休ませてあげなきゃ。すぐに馬車を取って来るから、あなたはここで待ってなさい。わかったわね」
そう言うと、彼女はアルテの返事も待たず、村の方へと走り去ってしまった。
「え、あの……」
アルテはあっけにとられ、そのまま彼女の後ろ姿を見送る。
見た目はたおやかな感じなのに、実際は活発と言おうか、ずいぶん元気な女性だ。
だが、勢いに押されたものの、馬車に乗せてもらえるならアルテとしても助かる。このままグレイヴァをどうやって村まで運ぶか、水を探しながら考えていたのだ。
それほど待つことなく、さっきの女性が馬車に乗って現れた。後ろの荷台には、わらが山のように積まれている。
「村を入ってすぐの所に近所の人がいたもんだから、そのまま借りて来ちゃった。でも、わらがあればクッションになるから、ちょうどいいでしょ。さぁ、早く乗って。あなたのお連れさんのいる所へ案内してちょうだい」
主導権は現在、完全に彼女のものだ。
「この道を少し行った所で休ませてます。すみません。ご迷惑ではなかったですか」
「いいのよ、そんなに気を遣わなくても。あたしの父は、医者なの。母は薬剤師。そういう環境だから、あたしも病人は放っておけないのよ」
厳密に言えば、グレイヴァは病人とはちょっと違うのだが、ここで細かいことは説明できない。話がややこしくなる。
彼女の名前は、エルデンといった。アルテと会った時、やはり薬草を摘んでいたらしい。
この森の道を外れた所に、薬草のたくさん生えている場所がある。彼女は時々、そこへ採取に来るのだ。地元の人間しか知らない、穴場のような所らしい。
「エルデンも、お医者様ですか?」
「んー、一応の勉強はしたけどね。父は主に内科で、あたしは外科なんだけど。ただ、あたしは薬で治すんじゃなく、魔法を使うの」
「じゃあ、エルデンも魔法使いなんですか? 魔法医師、ということですね」
「……もって? まさか、アルテも魔法使いなの?」
エルデンが青い瞳をくるくるさせて、アルテの顔を見た。
「へぇ。普通の旅人にしては、空気がちょっと違うなぁ、とは思ってたのよね。魔法使いって言うのなら、納得だわ」
話している間に、アルテが乗せてもらった馬車はグレイヴァとフィノのいる場所へ戻って来た。
「フィノ、グレイヴァの様子はどうです?」
「変わらないわ。熱はあれから上がってないみたいだけど、ほとんど意識がないのよ」
エルデンもグレイヴァのそばへ行き、身体に触れたり脈をとるなどして具合をみる。
「ひどい熱ね。それに汗も。アルテ、荷台に水があるわ。それを取ってくれる?」
アルテが荷台を見ると、カゴの中に水筒が入っていた。その水筒をエルデンに渡すと、彼女はそれをグレイヴァに飲ませた。
「いつからこうなの? この子、相当無理してたんじゃない? とにかく、こんな所で寝かせてちゃ、かわいそうだわ。うちで休ませて。いいわね」
確認と言うより「そうしなさい」という指示だ。
「それは……エルデンさえ構わないのであれば」
「こんな病人を連れて、遠慮なんてしないの」
みんなでグレイヴァを荷台に乗せ、フィノとアルテもそのそばに乗った。
「自分のペースで事を運ぶ人ねぇ。アルテ、誰なの?」
お互いを紹介する暇もなく馬車に乗ってしまったので、フィノはエルデンのことがよくわからない。
まぁ、悪い人間でないのは、見ていてもはっきりするのだが。
「外科医も兼ねている、魔法使いだそうです。水を探している時に会って、連れが熱を出していると話したら、こうやって馬車まで取りに行ってくれたんですよ」
「ふぅん。アルテの日頃の行いがいいから、こうやって都合のいい人間に会えたのよ」
「特に何もしてませんけれどね」
でも、確かに運がよかった。本当の病気ではないにしろ、半病人のようになってしまったグレイヴァを診てもらえる人に出会えたのだから。
休む場所を提供してもらえるのなら、なおさら運がいいと言える。
「うわあっ」
苦しそうにうなっていたグレイヴァが、がまんできずに声を上げた。石の熱が異常に高温になる時が、まだあるらしい。
「大丈夫?」
たづなを握るエルデンが、心配そうに振り返った。
「ねぇ、そのグレイヴァって子、何か持病でもあるの?」
「いえ、そういう訳では……」
「本当? でも、普通じゃないわよ」
医者でなくても、普通じゃないことはわかるだろう。
アルテは少し迷ったが、ここは話しておくべきかも知れない、と考える。
いつまでグレイヴァがこんな状態のままでいるか見当もつかないし、ちゃんと診察されれば病気でないことはすぐにわかるだろう。
黙っていて妙な誤解をされ、グレイヴァの熱が下がらないうちに放り出されるのも困る。
それに、エルデンは魔法使いだから、妖精という存在について話しても、普通の人よりは受け入れてもらえるはず。
「もう少し落ち着いたら、ちゃんとお話します」
「そう? 事情があるなら、突っ込むつもりはないけど」
「いえ、彼の容体は少しばかり複雑なんです。でも、魔法使いのあなたになら、わかってもらえるはずですから」
アルテの言葉が終わる頃、馬車はフロイデの村へと入って行った。





