身体の中に
青焔石
全十二回です
もうすっかり真夏だ。この季節、誰も太陽の元気さには太刀打ちできない。
今の時期は、暑さが頂点に達する。加えて、現在グレイヴァ達は南へ向かっているから、北よりも南の方がやっぱり暑い。
まだこの界隈はジメジメしていない分、ましなのかも知れない。南東へ行くと、この暑さに湿気が加わる地域がある、とアルテから聞いて、それだけでグレイヴァは歩く気が失せてしまった。
妖精を助けるため、旅を続けているグレイヴァ達。今は夢の妖精達から「次の目的地」が知らされるのを待っている状態だ。
今のうちに村か街にでも入って少し身体を休めようか、ということになって、森の中を通り抜けている最中である。
この森を抜ければ、フロイデの村へ着く。地図で見ると、村と呼ぶより町に近い。アルテが持つ地図には、人口までは載っていないのでわからないが、地形を見る限りは大きな村だ。
森の中を抜ける道は舗装こそされていないが、馬車が余裕で二台は通れそうな幅がある。今は人通りはないが、多くの人が行き交う道なのだろう。
「森の中は木が影を作ってくれてるとは言え、やっぱり暑いよなぁ」
ため息をつきながら、グレイヴァがグチる。
北国、とまではいかないが、出身がそんなに気温が高くない土地だったので、暑さにはちょっと弱いのだ。これまでにすごしてきた夏は、こんなに暑くなかった……はず。
「そうですね。今は太陽が一番高い時間ですから、余計ですよ」
グレイヴァに同意はしても、アルテはこの暑さに参っている様子はあまり感じられない。
「少し休みましょうか。歩き続けましたからね。この分なら、思ったより早く村へ入れそうですし」
「賛成っ」
「休むとなった途端、元気になるのね」
足下でフィノがあきれたように言うが、グレイヴァは放っておく。
グレイヴァ達は、道端の他より少し大きい木の根元に腰をおろした。わずかなことだが、こうして休めるとほっとする。
「こういう日は、川か湖で泳ぎたいよなー」
「泳ぐだけ?」
「魚がいたら、捕ってやるぜ。俺、そういうの得意だし」
「へぇ、間抜けな魚が多いのねぇ」
今日も一言多いフィノである。
「うるさいな。俺の方が素早いんだよ」
ぷいと横を向いたグレイヴァの目に、何か青いものがよぎった。道から外れた木々の間だ。
視界の端に少し映っただけだったので、錯覚かと思った。だが、見直してみても、やっぱり青いものが見える。
間違いでなければ……宙に浮いて。
「アルテ……あれ、何だろ」
グレイヴァが指差す方を、アルテとフィノも見た。
「花……じゃなさそうね。浮いてるし」
「かと言って、虫の類でもなさそうですね」
その場であれこれ言ってもわからない。
グレイヴァは立ち上がると、その青いものが浮いているそばへ寄った。
「グレイヴァ、気を付けてください。無闇に触らないで」
アルテもついて来ながら、注意を促す。
「ああ、わかってる。これ……石?」
青いものは、グレイヴァの腰辺りの位置で浮遊していた。そのため、座った状態でちょうど視界に入りやすい高さだったのだ。
そばで見ると、親指と人差し指で輪を作ったくらいの大きさで、青く光る石のように思える。
「あれ……?」
見ているうちに、その青い石に薄い赤の羽が生えた。いや、今まで見えなかったものが、徐々に見えるようになってきたらしい。
「もしかして……」
「妖精じゃないの」
フィノが先に答えを口にした。
石が飛んでいるように見えたのは、実は妖精が石を持って飛んでいたからだ。羽が生えたように見えたのは、妖精がだんだん姿を現してきたため。
「あたしが……見えるの?」
人間なら、グレイヴァと変わらないくらいの年頃だろうか。
くせのある、赤く長い髪。金色の瞳。身に着けているものも、髪と同じ明るい赤。
姿だけを見ればとても明るい印象なのに、その声はひどく弱々しい。
よく見れば、その声と同じくらい、弱々しい表情だ。力尽きて今にも倒れそうな、見るからに体力を消耗したような様子だった。
「ええ、見えています。何があったんですか。ぼく達が力になります」
「ありが……とう……」
ふらふらと石を抱いたまま妖精は地面へ落ちそうになり、グレイヴァが慌てて手を差し出す。妖精は、その手の中に落ちた。
「あたしは……リュリー。氷結の力を使う魔物に襲われて……仲間が……カーミスが捕まったの。壁に……氷の壁に封じられて……」
途切れ途切れに、リュリーは言葉を紡ぐ。
リュリーは火の妖精。昨夜、人間が持つ松明の炎にくっついて、仲間のカーミスと一緒に移動をしていた。特に目的地がなければ、こんな方法で楽をして移動するのだ。
その時、闇の中から黒い魔物が現れた。
暗い中に、黒い魔物。完全に闇に紛れている上に、何の声も音も出さない。そのせいか、人間には魔物の姿が見えていなかったようだ。
魔物は妖精だけを襲い、リュリー達は氷の風を吹かせる魔物から逃げた。だが、追い詰められた所が、この森の奥にある……よりによって、氷穴だったのだ。
夏でも氷が溶けない、一年を通して冬の状態になっている穴である。
魔物の冷気ならどうにかできても、大地に氷が根付いている場所では、エネルギーのレベルが違いすぎた。
火の力を奪うその穴は、火の妖精にとっては最悪の場所でもある。火の神でもなければ、こんな所では耐えられない。
結局、カーミスは魔物から逃げ切れず、氷穴の壁に封じられてしまう。
リュリーはと言えば、とにかくその場から逃げるだけで精一杯だった。
彼女は魔物の出す氷の風を何度も浴びて、現在も命の灯が危うい状態なのだ。弱々しく見えたのは、そのせいだった。
リュリーが今持っているのは青焔石という、火の妖精だけが持つ石。彼女達にすれば、力の源にもなる大切な石だ。
移動する時に持っていたその石を、魔物に追われた際に落としてしまったのだが、どうにか見付けることができた。
だが、ここまで自身の魔力や体力が弱っては、石の力を借りても完全に回復するまで時間がかかるだろう。
それに、この石だけでは駄目だ。
「生き物の温かさが必要なの。でも……」
「何をためらってるんだよ。俺達で何とかできるなら、やるから」
「すぐには信じられないかも知れませんが、ぼく達は妖精を助ける旅をしているんです。あなたの仲間を助けるためにも、あなた自身が回復するためにも、何をすればいいか言ってください」
言いにくそうにしているリュリーに、グレイヴァとアルテが説得する。
「……とても……迷惑かけるわ」
「そんな青白い顔して、何言ってんだよ。俺の手の上で死なれた方が、よっぽど迷惑だ」
妖精を助けるために動いているのにそれもできず、それどころか自分のせいではないにしろ、目の前で死なれてしまっては、こんなに後味の悪いものはない。
「グレイヴァ、相手は病人みたいなものなのよ。あまりきつい言い方、しないの」
フィノに言われ、グレイヴァは詰まる。
「あ……ごめん。だからさ、遠慮するなよ。アルテは魔法使いだし、多少のことならどうにでもなるからさ」
「……ありがとう……」
グレイヴァの気持ちが伝わったのか、リュリーはうなずいた。
力を取り戻すため、リュリーはこれから青焔石の中へ入る。その石ごと、身体の中へ入る。回復するまで、身体にいさせてもらいたい。
リュリーはそう説明した。
「そうか。身体の中へ入れば、魔物が来たって簡単に石に手を出せなくなるもんな」
「わかりました。それでは、リュリー。ぼくの……」
「……ごめんなさい」
アルテが自分の身体を使うように言おうとしたが、もうその時にはリュリーの姿は石の中へ消え、その石はふわりと浮き上がってグレイヴァのみぞおちあたりへ入って消えた。
しばらく沈黙が降りる。身体の中へ入る、と聞いてはいても、実際に目の前で見ると呆然となってしまった。
それに、石が身体に入った当人であるグレイヴァにすれば、まるで夢の中のできごとにしか感じられない。
いくら妖精と関わるようになり、不思議なことが起きたり、体験する回数が増えたと言っても、さすがにこんなできごとは初めてだ。
もちろん、アルテやフィノも見たことがない。
「うわああっ!」
「グレイヴァ?」
突然、グレイヴァが声を上げ、腹部を抱えるようにして身体を曲げた。
「グレイヴァ、どうしたんです」
アルテがグレイヴァの肩を掴んだが、グレイヴァはそのままひざを折る。
「あつ……い……」
「え?」
「アルテ……腹ン中……焼けそうだ……」
息も絶え絶えになり、倒れそうになったグレイヴァはアルテの腕を掴む。
アルテがグレイヴァの腹部に手をかざすと、普通ではない熱を感じた。さっき、リュリーが石と共に入った辺りだ。
「アルテ、あの石の力が働く時に、熱を出してるのよ。火の妖精の石だから、かなり熱いんじゃないかしら」
青焔石。青い焔の石。火は青い方が、温度が高い。
あの石がどういう形で力を発揮するのかわからないが、石の名前からして高温を発しているはず。
それが人間の身体の中で熱を放出しているのだから、平気でいられる訳がない。
今更ながらに、リュリーが謝っていた理由がわかった。
こうなってしまうことを知っていたから、すまながっていたのだ。
「ぼくがもっと、早く手を出していれば」
後悔先に立たず。グレイヴァがリュリーを手の平においた時に、自分の方へ渡すように言うべきだった。
まして、石ごと身体の中へ入ると聞いたのだから、なおさら早くそうしなければならなかった。
グレイヴァは、力のある石に過剰に反応してしまうのだ。そんな彼の身体の中に妖精を包み込んだ石を入れるなんて、危険すぎる。
そして、不安は的中してしまい、グレイヴァは苦しんでいる。
これは彼の過剰な反応か、石の持つ力の強さによるものか、どちらとも言えない。
だが、現実にグレイヴァは倒れかけているのだ。
「リュリー、聞こえますか。グレイヴァの身体から出てください。代わりはぼくが引き受けますから」
アルテはリュリーの消えた辺りに声をかける。だが、これという反応はない。
代わりに、グレイヴァが首を横に振った。





