精霊に認められて
グレイヴァは目を覚ました。
起き上がっても、まだ頭がぼーっとしている。そばには、アルテとフィノがまだ眠っていた。
空を仰ぐと、星はもう見えない程に明るくなってきている。視線を動かすと、少し離れた所で色とりどりの石がほのかな光を放ってそこにあった。
昨日、力命石を求めて探し回った、玉砂利の河原だ。
「ん……? あっ!」
声を出すと同時に、グレイヴァは立ち上がって走り出していた。
その声と気配に、アルテとフィノが目を覚ます。
「グレイヴァ……?」
「あったぜ、アルテ、フィノ。緑の……力命石だ」
グレイヴァの手には、昨日はどうしても見付からなかった緑色の石があった。
透明な、拳大程の緑の石。他の石より、ひときわ大きい。巨大なエメラルドのようだが、違うのは本物のエメラルドなら石の内部にあるはずの傷が全く見えないところだ。
「えー、どうして? 昨日は全然なかったじゃない。その大きさで見逃すなんて、ありえないわ。出現する日が決まってるのかしら」
「そんなんじゃないって。バルシュだよ」
グレイヴァは、昨日の夢の内容を話した。
「バルシュが力命石の精霊、ですか……。まぁ、精霊のような存在だろうとは思ってましたが、まさか探している石の精霊とは」
「何か含んだ感じって気はしてたのよね。人間が好きだって言ってたけど、どうやら人を驚かすのも好きみたいね」
精霊と察しがついていても、何の精霊かまではわからなかった。だが、こんなに都合よく力命石の精霊だったとは、さすがに想像もできない。
夢の中で正体を告げられたグレイヴァは、こりずにまたバルシュに掴みかかり、倒れそうになった。
「グレイヴァ、まだ感情を高ぶらせない方が身体のためだよ。傷も完治してないだろ」
「だ、誰のせいだよ、ったく。アルテから話を聞いた時に、俺達が力命石を探してるってわかってたんだろ。金が目的じゃないってことも知ってて、どうして自分がその石の精霊だって言わないんだよ。俺が水の妖精かって聞いた時も、違うって言うだけだったろ」
夢の中だろうと、相手が何の精霊であろうと、知ったことではない。グレイヴァは憤慨して、文句を言う。
「話していいなら、話していたんだけれどね。直接言い当てられるか、余程のことがない限り、私達は自らの正体を明かすことはないんだ。攻撃を仕掛けられても、反撃する術を持っていないのでね。私にとって、きみ達と会った場所は外の世界だから、何が起きるか予想もつかないし。今正体を明かしたのは、この周辺は安全だからということと、きみ達が間違いなく心のきれいな人間だと確認できたからだよ」
精霊は嘘がつけない。だから、言い当てられたりしたら「違う」と言えない。
種族によっては、例えば魔物に遭っても攻撃できたりするが、バルシュ達はできないのだ。条件が色々とあって、ちゃんと自分のことを話せなかった。
「石の精霊とは言っても、力を司るだけの存在だからね。これでも苦労があるんだよ」
バルシュに言われても、あまり説得力がないのだが……。
とにかく、これでようやく聞きたいことが全て聞けたのだ。
「俺もバルシュからそう聞かされた時は、本当にびっくりした。夢の中だってのに、頭がくらくらしたし」
「グレイヴァ、こんな所で話しているからですよ。せっかく休んだのに、また昨日のようにならないうちに離れましょう」
見えない力を放つ石の上で話をしていたグレイヴァを、アルテが急いで移動させる。
「それじゃ、石も手に入ったことだし、もう一度山登りといくか」
これで、山頂付近にいる妖精達を助けることができる。あの小さなたんぽぽの妖精も、これで安心できるはずだ。
「グレイヴァ、あまり無理しないでくださいね」
「石は手に入ったんだもん。倒れたら置いてけば」
相変わらずフィノが言い放ち、グレイヴァに怒鳴られながら出発した。
「あの周囲にバルシュの仲間がいたんですか? 石の気配にすっかり紛れてましたね」
グレイヴァからバルシュの話を聞いて、アルテが驚く。
精霊がそこに存在するのなら、何らかの気配があるはず。でも、あの周辺は石の力が漂っているから、それが壁になって彼らの存在を隠してしまっていたのだ。
「知らない所で試されてたなんてね。そりゃ、あたしも欲しいと思うようなきれいな石はたくさん見付けたけど、色々ありすぎだもん。取ろうなんて、逆に思わないわ。特殊な場だし、何が起きるかわかったもんじゃないもんね。あそこで石を取るなんて、バカのすることよ」
普通の輝石しかなければ、状況によってはフィノも一つくらい取っていたかも知れない。
だが、あそこは普通ではない石がほとんどだった。まして、正体もはっきりしないバルシュに教えられた場所の石なんて「何かあるのでは」という疑いの気持ちの方が強くなる。
「とにかく、認めてもらえてよかったですね。何か余計なことをしていたら、石が手に入らなくなってしまうところでしたし。そうなると、困るのは妖精ですからね」
シャラの山に現れる魔物はアルテとフィノの活躍で消え、力命石もグレイヴァとバルシュの存在があって手に入った。
これで、今回もようやく役目が果たせそうだ。
道がわかっているので、登る足取りも一昨日より軽い。もちろん、それなりに時間はかかっているが、気分はあっという間に着いた感じだ。
「グレイヴァ!」
いきなり名前を呼ばれ、次の瞬間に何かが顔に張り付いた。
「うわっ。な……何だ?」
「よかった。無事だったのね」
ひとしきり「よかった」を連呼して、ようやく離れてくれたのは、あの名前のまだないたんぽぽの妖精だった。
グレイヴァが魔物からかばってくれたのはいいが、川へ落ちてしまった。その後、戻って来ないし、アルテまで行ってしまったので、ずっと心配していたのだ。
「ああ、俺はもう大丈夫だから。ほら、力命石だってちゃんと持って来たぜ」
グレイヴァは自慢げに、力命石をたんぽぽの妖精に見せた。
「これがそうなの? すごいすごい」
妖精は人間の子どものような仕種で喜んだ。
「グレイヴァ。この石の使い方、バルシュから聞いてるの?」
「ああ。弱った植物の近くに埋めろってさ。この辺りはほとんどが被害を受けてるから、だいたいでいいって言われたけど。それから、アルテに魔法で太陽の光を集めてもらえって。埋めた上から光を当てれば、土の中で石の力が行き渡るとかって言ってた。えーと……この辺りでいいかな」
バルシュに教えられた通り、適当に場所を選び、近くにあった枝で土を掘る。その穴の中に苦労して手に入れた力命石をそっと入れ、グレイヴァは土をかぶせた。
アルテが呪文を唱え、自分の手に光を集めると、その光を石が埋められた所へ向ける。
「これで……大丈夫なのかな」
光が当てられても、これという変化は起こらない。土がかぶされているから、その下で石がどうなっているのか、何が起きているのか、グレイヴァ達には見えないのだ。
「うん。力が地面の中を走ってるわ。とても……身体の中がきれいになる感じ」
たんぽぽの妖精が教えてくれた。たんぽぽの根は当然地面の中にあるから、その力を感じ取っているのだ。
「見て、緑が……」
フィノの声で見上げると、生気のなかった木々の葉がどんどんつややかな緑に変わってゆく。
葉のついていなかった枝にも、新しい葉が現れた。もちろん、瑞々しい緑だ。
葉だけではない。
花を持つ草木は、奥に引っ込めていたつぼみを外へ出し、待ちかねていたように一斉に開花させた。
周辺は急に、緑と花の香りに包まれる。
「うまくいったようですね。魔物ももう現れないですし……解決、ですか」
元気を取り戻した草木から、次々に妖精が現れた。植物の中に隠れていた妖精だ。
緑の妖精達はそれぞれに羽を伸ばし、唄を歌い始め、踊り出す。その姿はまるで、風に踊る木の葉か花びらのようだ。色鮮やかで、とても美しい。
「ありがとう、魔法使い達」
「おかげで元気になれたわ」
「太陽の光が気持ちいい」
「前よりステキな気分よ」
妖精達は、口々にお礼の言葉をつむぐ。
力は戻り、魔物はもう現れない。
二重の喜びに嬉しくてたまらない、という気持ちがこちらにも十分に伝わってきた。
「ねぇ、もう一つ、お願いしていいかしら」
ひとりの妖精が、ふわりと飛んでこちらへ来た。
「何でしょう。ぼく達にできることでしたら」
妖精の頼みを、アルテは快く承諾した。
「よかった。ありがとう。あのね、この子に名前を付けてあげてくれない?」
他の妖精達に手を引かれて飛んで来たのは、あのたんぽぽの妖精だ。
「そうか。名前がまだないって言ってたっけな」
「だったら、グレイヴァがつけてあげたら?」
「ええっ。お、俺がぁ?」
「その子を直接的に助けたのは、グレイヴァでしょ。だったら、最後まで面倒をみてあげなさいよ」
うまいことを言って、グレイヴァにまかせてしまうフィノ。いきなり名付け親を任命されて、グレイヴァはしばらく考え込む。
「んー……」
「悩まないで、直感でいけばいいじゃない」
「えっと……じゃあ、フルーリーってのは」
ふと頭に浮かんだ音を、口にしてみる。何の脈絡もなく、もちろん意味もない。
「フルーリー……かわいい名前ね」
命名されたたんぽぽの妖精は、何度もその名前を繰り返してつぶやいてみる。
その笑顔からすると、グレイヴァの付けた名前を気に入ってくれたようだ。
「さてと。ぼく達は山を降りましょうか。グレイヴァの傷をずっと放っておけませんし」
「え……俺の傷なんか大したことないし、気にしなくていいぞ」
「バルシュは毒は消してくれたけど、傷そのものは最後まで治してくれた訳じゃないのよ。まぁ、腕が腐ってなくなってもグレイヴァの身体だから、あたしには関係ないけど」
「腐ってって……怖いこと、言うなよな」
「薬草なら、近くにあるわ。それを飲めば、傷にもいいはずよ」
妖精達が指差しながら、薬草のある方向を教えてくれる。
「飲む……薬草? いいっ。いらない。傷薬くらい、村で買うから。じゃな」
いやな記憶が、舌の上によみがえる。
グレイヴァは、その場から急いで逃げ出した。
「どうしたのかしら。飲み薬によっぽどいやな思い出でもあるのかしらね。……ふぅん。グレイヴァー、妖精の好意を無にしちゃ悪いわよー」
妙に嬉しそうに、フィノがグレイヴァの後を追う。
「わーっ、バカ。こら、フィノ、放せよっ」
ここからでは見えないが、大きくなったフィノがグレイヴァを掴まえたらしい。
元気になってくれたのは、喜ばしいんですけどねぇ……。
「……すみません、騒々しくて」
アルテが謝り、妖精達の笑い声が山に響き渡った。





