隠された石
守水石を手に入れる、少し前。
水の妖精達がいた滝のそばで、グレイヴァが倒れた。
その時は「昼の疲れが出たんだろう」と話していたが、たぶんあれは守水石が放っていた力の影響を受けたためだろう、とアルテは説明した。
あの時は、まだ状況が把握しきれていなかったので言わなかったのだ、と。
洞窟の中には、守水石でできた壁があった。そのそばにいてグレイヴァが倒れなかったのは、石の目的がグレイヴァを呼び込むことだったので、それ以上力の放出をしなかったためだろう……とアルテは考えている。
「俺、そんなやっかいな体質なのか」
「やっかいなのは体質だけじゃないでしょ。性格とか、行動とか」
「フィノ……。厄介とは違うと思いますよ、グレイヴァ。まぁ、こうして具合が悪くなってしまうのは、本人にとっては厄介かも知れませんが。この話は、また別の機会にしましょう。今はゆっくり休んでください」
「けど、まだ石が見付かってないし」
昨日のように意識のない状態ならまだしも、こんな訳のわからない症状で自分だけがのほほんと休んでいる、というのも、グレイヴァにすれば気がひける。
「ぼく達も今日は引き上げますよ。ほら、もう夕暮れですし」
「薄暗い所で探したって、色すらもわかんないんじゃねぇ」
空を見上げれば、いつの間にかすっかり茜色に染まっている。あの山小屋からここまで来て石を探しているうちに、もう一日は終わりかけていたのだ。
「今日はここで野宿ですね。幸い、水や薪に困ることはなさそうですし。この空模様なら、雨に降られることもないでしょう」
☆☆☆
気配と言おうか、視線のようなものを感じて、グレイヴァは目を開けた。
「うわっ」
「やあ」
横たわっているグレイヴァを、あのバルシュがすぐそばで座って見ていたのだ。
「な、何だ? あれ、ここって……また夢の中なのか?」
周囲を見てみると、現実世界で今日来たはずの山の中。すぐそばに、例の様々な石を敷き詰められた所と、その中央を流れる小川。
だが、すぐそばにいるはずの、アルテやフィノの姿はどこにもない。
ダウンしたグレイヴァは休んでいたが、そのうち眠ってしまった。その時、近くで食事の準備をするべく、アルテ達が動いている音を聞いていたはずで……。
現実とほとんど代わり映えしないが、景色がどことなくぼやけている。
それに、アルテとフィノがいなくて、バルシュがいる。ということは、これは夢なのだ。
「よく来たね。迷うような道でもないし、楽だったろ?」
グレイヴァはゆっくりと起き上がった。
「まぁ……楽は楽だったんだけどさ……」
ひたすら川に沿って歩けばいいのだから、確かに迷うことはなかった。この流れで本当にいいのだろうか、という迷いはあったが。
「なぁ、バルシュ。教えてくれた場所って、ここでいいんだよな?」
「そうだよ。あそこを見れば、それっぽく思えるだろ。力命石がありそうな感じで」
「ありそう、じゃなくて、なきゃ困るんだよ。俺達は、それを探しに来てるんだからっ」
まさか「それっぽく見えるだけの場所」を教えたのでは、という不安が一瞬よぎる。
「あ……れ……」
「おおっと」
食ってかかろうとしてグレイヴァはめまいを起こし、バルシュの方へ倒れる。それをバルシュが支えた。
「俺、どうして夢の中でめまいなんか起こしてるんだよ……」
それとも、これは「そういう夢」なんだろうか。
「身体の変調が、精神の方にも影響してるんだよ」
バルシュがゆっくりと、グレイヴァを座り直させる。
「石の力を侮っちゃいけない。たぶん、グレイヴァが思ってるよりも、ずっと強いよ。特にきみのような人間は、それを全て受け取ってしまうからね」
「受け取るって……石の力を?」
「ため込んでしまう、という方がいいかな」
バルシュも、アルテと同じようなことを言う。
「けどさ、前に鼓動石の原石の前にいたことがあったけど、その時は何もなかったぞ」
「石にも色々あるからね。何もしなくてもその力が自然に放出されているものもあれば、魔法によってその力を引き出さなければならないものもあるんだ。鼓動石は手を加えないと、特別な力を発揮しないタイプだね。あれは人間も持っていたりするだろ? 特殊な力を常時出していたら、グレイヴァのように倒れる人間がもっと出てるよ。魔法がいらない石でも、大きさや数によっても変わってくる。ここには……放出型が多いかな」
「で、その放出された力を受け取ったら、俺は倒れてしまう訳?」
「普通なら、力が右から左へ流れるはずなんだ。でも、グレイヴァの場合は流さないで、身体にためてしまう。そうなると、身体は魔法使いと違って魔の力に順応していないから、飽和状態になるんだ。身体という器にあふれるまで水が入り、重くて倒れてしまう、という状態だね」
「ちぇ……。やっぱり、やっかいな体質だよな」
自分が倒れてしまった理由が、実は特殊な体質のせいだなんて、教えられるまではもちろん知らなかった。
しかも、アルテの話では、どうやら今回で二度目らしい。
妖精を助ける旅、という性質上、同じように魔の波動を受けることはこれからもあるはずだ。その度にこんなふうに倒れてしまうようでは、自分のことながら気が重くなってくる。
面倒を見ることになるアルテやフィノは、なおさらだろう。体力にはそこそこ自信があったのに。
ふてくされるグレイヴァの額に、バルシュが手を伸ばした。熱を測るように手をそえ、そのまますっと髪をかきあげる。
「大丈夫だよ、グレイヴァ。すぐに慣れるから」
「他人事だと思って、あっさり言ってない?」
「本当だよ。ここは特殊な場所だし、そう頻繁にこういう状況にはならないだろ。色々な石と関わっているうちに、身体が覚えるようになる。多少の力の石なら、ひっくり返ることもなくなるよ」
「……そうかなぁ」
事情が事情だけに、ちゃんと慣れるのか信じがたい。
「心配しなくていいよ。石の魔力を受け入れやすいということは、私達のような存在も受け入れやすい、ということだ。そういう人間相手の方が、妖精も心を開きやすくなる。世の中には、そういうものを全て跳ね返す、グレイヴァと逆の力が強い人間もいるからね」
「本当に慣れてくれればいいけどさぁ。……そ、それよりも。力命石!」
もう少しで、話がそれてしまうところだった。
「俺の瞳を探せって言ってたけど、それって緑ってことでいいのか? でも、どこにあるんだよ。ここには、ざっと見た限りだと緑の石なんてなさそうだったぞ」
「緑でいいんだよ。グレイヴァの瞳のような、きれいな緑。フィノの瞳の緑もきれいだったけれど、グレイヴァの方が明るくて、より力命石に近いんだ」
「でも、緑の石なんて全然見付からなくて」
「うん。隠してあるからね」
「はあっ?」
バルシュのとんでもない言葉に、グレイヴァの目が点になる。
「か、隠してあるぅ? それ、どういうことなんだよ、バルシュ」
グレイヴァは思わずバルシュに掴みかかるが、さっきと同じことが繰り返される。
「ほらほら。夢の中でも、ちゃんと休んでいないと駄目だよ。私が割り入って来たのもいけないんだけれどね。説明しておかないと、きみ達も困るだろうし」
「もう十分に困ってるって。説明って、何の説明だよ」
尋ねながら、ちゃんと本当のことを最後まで話してくれるか、またまた不安が残る。教えておいて隠している、なんてどういうつもりなのだろう。
「そもそも、この場所を人間に教えること自体、タブーみたいなものなんだ。私達の間で、暗黙の了解みたいになっていてね。私はそのタブーを破ったんだ」
「……どうしてそこまでして、俺達に教えてくれるんだよ」
「きみが、守水石を持っているからさ。そのことは、前にも話したよね?」
グレイヴァの持つ守水石を見れば、大抵は心を許すはず。
前の夢で、バルシュはそう言った。
でも、なぜ自分が持っているとそうなのか。
グレイヴァは、肝心なことを聞けていない。
「アルテとフィノにしか、話してなかったかな。その石は、きみの心を映す鏡でもあるんだよ。で、その石がきれいだということは、きみの心もきれいだ、ということ。そういう人間なら、石を悪用することもないだろうし、教えてもいいかなってね」
「……」
黙って聞いているグレイヴァの顔が赤い。フィノがそばにいれば、間違いなくからかっているはずだ。
「でもね、まだきみのことを知らない仲間は、人間に教えるなんて、という訳だ。で、きみ達の目的の石を隠して、様子をうかがっていたんだな、これが」
「……それって、人間が嫌いで意地悪してるとか?」
バルシュのように人間好きがいるなら、逆に人間嫌いがいてもおかしくない。
「違うよ。みんなはきみ達を試していたんだ。目的の石が見付からないで、関係のない石を持って帰ったりしないかってね」
「そんなこと、するはずないだろ」
力命石がなければ、シャラの山の妖精は助けられないのだ。探している時も思ったが、違う石なんか手に入れても意味がない。
「うん。私はそうだと知っているよ。でも、仲間は知らない。人間は、ないものを欲しがる。あっても、欲しがる。美しさに魅せられて欲に目がくらんだり、魔力に魅せられて力を欲したり。目的とは違う行動をすれば、つまり別の石とわかっていて取ろうとすれば、すぐにおしおきがなされる準備までされていたんだよ。そういうところは、用意周到だろ。でも、きみ達はひたすら、果たして緑かどうかも定かじゃない、力命石だけを探していた」
アルテなら、どれがどんな力を持つ石か、おおよその見当がつくだろう。その中で、自分の力を増幅させるものがあれば、手に入れようとしたかも知れない。
それは、魔力を持つフィノだって同じことだ。人間でなくても、そういう欲はあるかも知れない。
人間にとって、価値のある石もある。持ち帰ってそれを売り、富を得ようとグレイヴァが持って帰ろうとしたかも知れない。
だが、グレイヴァ達がここへ来たのは、妖精に必要な力命石を手に入れるためだ。アルテに話を聞いて、それならばとバルシュはわざわざグレイヴァの夢に入って場所を教えてくれた。
それなのに自分の欲に目がくらみ、違う石を取って持ち帰ろうとすれば、その気がなかったとしてもバルシュを騙し、妖精を裏切ることにもなる。
だから、グレイヴァ達は他の石には目もくれず、力命石だけを探し続けた。目の前のことしか見えていない、と言う気がしないでもない。
でも、それでバルシュの仲間は、グレイヴァ達を認めてくれたのだ。
この人間達なら、信じてもよい、と。
「だから、さっきは隠しているって言ったけれど、今度はすぐに見付かるようになっているよ」
「じゃあ、力命石は本当に、ちゃんとわかる場所にあるんだな」
つい、念押しして聞いてしまう。
「そうだよ。それを持って、妖精達を助けてあげて」
バルシュがはっきり言ってくれた。さすがにこれは、意味ありげな遠回し表現ではないだろう。
色々大変だったが、ようやく石が手に入りそうだ。
「なぁ、一つ聞いてもいいか?」
「何だい?」
「バルシュって、何者なんだ? アルテやフィノにも、ちゃんと話してないんだろ」
「私かい。私は力命石の精霊だよ」
「なっ……何だってぇ?」





