魔物の出所
「これは普通、手に入らない。あ、人間の手に、ね。で、ちょっと彼の石を見せてもらったけれど、とてもきれいだよね、この石。邪気が全然ないんだ。何か悪いことをして手に入れたなら、そうはならないから……誰かが信用してるってことで、それならってね」
誰か。特定の名前がバルシュにはわからなくても、それが妖精だとわかっているはず。
グレイヴァがこの石を妖精からもらったと推測し、妖精が信用する人間なら、ということで、バルシュは彼を助けてくれたのだ。
「知ってるかい? この石はね、鏡のようなものなんだよ」
「鏡……ですか? いえ、初めて聞きましたが」
そのまま「姿見」という意味ではないだろうが、何を映すのだろう。それに、そんな話は水の妖精達もしていなかった。
「ほら、水は姿を映すだろう? この石は、心を映すんだよ。心にくもりがあれば、石だってくもる。これをいつ手に入れたかは知らないけれど、グレイヴァの心はきれいなようだね」
グレイヴァが倒れているのを見付けてそばへ寄ったのは、単に好奇心からだ。
もしグレイヴァが何も持っていなかったら、応急手当てくらいはしたかも知れない。
だが、守水石に気付き、石がきれいだったから助けた。
もし、石がくもっていたら、たとえバルシュが「人間が好きで興味がある」とは言っても、放っておいただろう。邪な精神を持つ人間に、関わりたくはないから。
バルシュはあくまでも、純粋な人間が好きなのだ。
バルシュの言葉を聞いて、グレイヴァが眠っていて正解だわ、とフィノは思った。こんな言い方をされればきっと真っ赤になって、ますます熱が上がるに違いないから。
「手に入れたのは、ほんの数日前よ。グレイヴァは、単純でおバカなだけ」
相手が人間ではないので、フィノも遠慮することなくしゃべり出す。
グレイヴァが無事とわかり、安心したようで、内容もいつものように遠慮がない。
「時々、言い方が素直じゃない時もありますけれどね」
「ふぅん、そうなのか。……まぁ、私はほとんど彼と話をしていないからわからないけれど、この子がきみ達を頼りにしているのは、間違いないと思うよ」
「話してないのに、どうしてそんなことがわかるの?」
「ここへ入って来た時、すぐにぼく達の名前を口にされましたが……グレイヴァが言ったんですか?」
「そうだよ」
バルシュはうなずいた。
「きみ達が入って来る、少し前にね。とは言っても、ちゃんとした会話で聞いたんじゃない。うわ言みたいに、きみ達の名前を口にしたんだ。意識がはっきりしてない状態で名前が出るってことは、それだけ心の中にいるってことで……信頼されてるってことだろう? 仲間がいるのはわかっていたけれど、名前が出るとは思ってなかったよ」
「仲間の存在がわかっていた? グレイヴァが言わなくても、ですか」
「この子の傷口に、毒消草があてられてた。倒れてる場所にはそういうものはないし、だとすれば他の誰かが別の場所で手に入れたものを使ったんだ。で、その場にいないってことは、別の誰かを呼びに行った、と考えれば自然だろう? そこまでしておいて放って行く、というのも妙だしね。もちろん、考えれば他にも可能性はあるだろうけれど」
ついでに付け加えれば、多少なりとも薬や毒の知識を持つ者だろう。
一見しただけでは、普通の獣の噛み傷と変わらない。
それなのにグレイヴァの傷を見て、ただの薬草ではなく毒消草をあてていた。グレイヴァの傷に、毒が含まれている、とわかっていたからだ。
「それをやったのは、あたしよ。無駄だろうとは思ったけど、何もしないよりはいいかなって」
「消すには至らなくても、毒の効果は薄れていたよ。機転の利く才色兼備な女性というのは、なかなかいいものだね」
「……ほめても、何も出ないわよ」
ひょうひょうとした口調で説明するが、その口調とは裏腹に細かい所まで見てちゃんと推測している。
フィノがあてた毒消草だけでそこまで推測するのだから、なかなかあなどれない相手だ。
それに……彼はまだ、自分の正体を明かしていない。
「そうだ。さっき魔物に襲われて、と言っていたね。最近、上の方が騒がしいと聞いたけれど、ここらはそんな危険な地帯になっているのかな」
「ええ、そのようです。人間よりも、妖精にとっては」
アルテはバルシュが勧めてくれたイスに座り、自分達の旅の話をした。
魔物によって被害を受けた、妖精を助けるための旅。そして、今回はこのシャラの山で問題が起きているために来た、ということを。
「ふぅん、そんなことが起きているのか……。それにしても、ずいぶんと難しい旅をしているんだなぁ。妖精を助ける、なんて一言で言っても、人間には大変なことが多いだろう?」
「ええ、まぁ。その都度、協力者が現れたり、いい偶然が重なったりで、ここまできました。今回は力命石というものがあれば、魔物に襲われた妖精達の力は戻る、と聞いたんですが」
どこにあるのか、まではわからない。グレイヴァが回復して探し始めるにしても、どこから探せばいいのか途方に暮れる。妖精にわからないものが、自分達にわかるだろうか。
「この石について、何かご存じありませんか?」
「力命石……これは緑命石とも書くんだよ。緑の命のための石なんだ。だから、きみ達の言う緑の妖精達が、この石を欲しがる。緑の自分達に、力を与えてくれる石だからね」
「緑命石……ですか。なるほど」
今回の件にふさわしい石のようだ。
「石の講釈より、場所を知らない?」
フィノは単刀直入に聞いた。
「緑命石のある場所かい? ……どうやら、会話の時間は一時中断みたいだね」
バルシュに言われるまでもなく、アルテとフィノにも感じられた。
自分達のいる小屋の周りに、何かがいる。恐らく魔物。鋭い殺気が、小屋の中にまで伝わってくる。
「こんな所にまで……」
「しつこいったらありゃしない。今度は、報復のつもりで来たのかしら」
「外の方は、きみ達にまかせるよ。私は残念ながら、攻撃する術を持たないし……この子を一人にしておくのも、心配だろう?」
気配からして複数。隙を突かれ、眠るグレイヴァを狙われたら……。
「グレイヴァをお願いします。フィノ、行きましょう」
「もう……本当にこりない連中なんだから」
「アルテ」
「はい?」
外へ出て行こうとしたアルテを、バルシュが呼び止めた。
「ここは山の中ではあるけれど、この付近に緑の妖精はいないんだ。火の魔法も使えるよ」
さっきアルテが火の魔法を使わなかったのは、植物の中にいる弱った妖精を怯えさせないため。
だが、ここには怯える妖精がいない……。
「わかりました」
にこやかに見送るバルシュを残し、アルテとフィノは小屋の外へ出て行った。
☆☆☆
外へ出ると思った通り、さっきと同じ姿の魔物達が小屋の入口に集まっていた。
ここに妖精はいないのに、どうして集まってきたのだろう。アルテは魔法を使っていないから、もしかするとバルシュの気配のせいか。
もしくは、やはりアルテ達が持つ守水石を狙っているのかも知れない。
アルテとフィノが小屋から現れたのを見て、魔物達はすぐに攻撃姿勢をとる。
「どこから来たのかしら、こいつら」
「何とか元を断てたら……。ぼく達が石を手に入れて妖精が元気になっても、この魔物が存在する限り、いたちごっこが続くだけですからね」
「聞いても答えないでしょうけど、言葉がわかる程、頭もよくなさそうよね。大量生産されて働かされてるだけの、駒じゃないかしら」
どこかに「魔物を生み出す何か」が存在するのではないか。だから、いくら退治しても、次が現れる。
だとすれば、その何かを壊してしまわない限り、同じことが繰り返されるだけ。
「フィノ、ぼくが一旦魔法で一掃します。フィノは木の上から新手がどこから来るのか、見ていてください」
魔物は、自分の命惜しさに逃げる、ということをしない。数が減ると、新手が来る。
利用するなら、そこだ。
次の魔物がやって来る方向を見極めれば、魔物を召喚もしくは生産している場所を見付けられるはず。
「わかったわ。……いいわよ、アルテ」
フィノは素早く木に登り、合図を送る。
アルテはとりあえず風の刃で、その場にいた魔物を斬った。十匹近くいた魔物は、全て一気に消されてしまう。
さっきと同じパターンなら、すぐに次が現れるはずだ。
「来たわよ、アルテ。前方向からまた五匹……さらに二匹追加」
木の上から、フィノが報告する。アルテは、魔物が向かって来ている方向へと走った。ある地点でその新手の魔物と遭遇し、撃破する。
同じことを何度か繰り返すうちに、アルテとフィノはどんどん山の奥深くへと入って行った。
この周辺に、人間が踏み込んだような跡はない。
やがて、枯れかけた大きな老木の前に出た。大きさだけを見ると、かなりの年月を感じさせる。人間でたとえるなら、骨と皮だけでかろうじて立っている、という状態だ。
幹にはうろと呼ぶには不自然な、まるでえぐられたような穴がある。骨格は大きいのに、肉がそげ落ちてあばらが見えてるような、どこか痛々しい姿だ。
枝には葉がついているが、それらも全て色が悪く、残り少ない。動物なら、恐らく臨終間近だ。
「この木なんじゃないの? 魔物生産工場は」
フィノが言ってるそばから、木の穴から魔物が飛び出して来た。アルテがそれを一気に消滅させても、またその穴から次の魔物が現れる。
確かに、魔物の出所はここだ。
「きっと、魔物の種でも植えられてるのよ。魔物が出る度に、葉っぱが減ってるわ。あれが、あたし達を襲ってた正体なのよ」
「かわいそうに……。利用されているんですね」
恐らく、全ての事件につながっている魔物が、この付近の妖精の力を得るためにこの木を利用したのだ。
魔物を生み出すように仕組み、生気を吸い取られたのであろう老木はあっという間に枯れ木と化した。
周囲には、この木程ではなくても大きな木が多い。この木が枯れれば、別の木が犠牲となるのだろう。
もう、この木は助からない。魔物を追い払ったとしても、再び青々とした葉を茂らせるまでには回復しないだろう。力を吸われすぎている。
また魔物が現れ、手前に見えていた葉っぱがなくなった。やはり、この木の葉が魔物の正体なのだ。
現れる魔物が大したレベルではないのも、次々に現れるのも、これで納得できる。さっきまでアルテが魔法でかなり消滅させていたから、予定以上に葉の減少が早かったはずだ。
葉がなくなれば、この木の最期。
「今……楽にしてあげます」
アルテは呪文を唱えた。
目の前に現れた雑魚の魔物には、もう構っていない。アルテを狙おうとした魔物は、フィノによってあっさり消された。





