石の情報
木の根元に、火がついた。火はあっという間に、木全体を飲み込んでしまう。
途端に、現れた魔物の身体にも火がつき、すぐに消滅した。
老木は大きな火柱をあげて燃えるが、そばにある雑草一本にも燃え移らない。アルテが起こした魔法の炎だからだ。
それでも、周囲の木々はまるで何かを言いたげなように、枝や葉を揺らしてざわめいている。
炎の中から、悲鳴のような音が聞こえた。木の悲鳴だろうか。
最初は焼かれる恐怖の悲鳴かと思ったが、どこかほっとした気配があるような気がした。
じわじわと命を削られる苦しみから、ようやく解放されるからだろうか。
そんなことを考えながら燃える木を見ていると、木から何かの影が現れた。
「あれは……グレイヴァの夢に現れた魔物?」
火の中でゆらめく影は、夢の妖精アージュと共にグレイヴァの夢の中を歩き回っていた時に現れた魔物と同じ姿だった。
「あいつが、この木に取り憑いていたってこと? で、妖精の力を奪ってたって訳ね」
アルテ達を襲って来るかと思ったが、木が炎に包まれたことで力を失ったらしい。
木から逃げようとしたのだろうが、もやのような身体は炎に包まれ、すぐにその姿は見えなくなる。
「この前は姿がありませんでしたが、守水石の時もあの魔物が関わっていたかも知れません」
「そうね。妖精の力を奪う魔物があちこちにいるなんて、偶然にしてはできすぎだわ」
妖精を襲う魔物が他にいたとしても、力を奪う魔物の存在はあまり聞かない。一連の魔物とつながっている、と考える方がスムーズだろう。
「状況によって、やり方を変えてるのかも」
「どういう形でも、妖精の力がほしいようですね」
「あたし達が思う以上に、かなりしつこいかも」
今、木に取り憑いた魔物を消したので、新たな魔物は出なくなった。あの魔物を生み出した、さらに先にいる大本の魔物を消せば、妖精が襲われることもなくなるはず。
だが……手がかりは少なく、先は長そうだ。
やがて、炎は小さくなって消えた。後には、灰だけが残る。
それも、風が吹くと簡単に飛んで行き、灰すらもなくなった。地面には、引き抜かれたように、老木のあった穴がある。
魔物は老木と一緒に焼かれ、しばらく待っても二度と現れなかった。山犬のような姿の魔物が生まれる元を、完全に断てたのだ。
「力命石があれば……あるいは、この木も助かったかも知れませんね」
緑の命のための石なら、多少年月を重ねた老木でも助けてくれたかも知れない。
しかし、それを探している間にも、魔物は現れて攻撃を仕掛けてきただろう。
そうなれば、この木の生気もまた吸われるということで……どちらにしろ、やはり救うのは難しい。
「十分生きたんじゃない? それにああいう状態で生きていれば、結果として妖精が襲われることにつながるんだし、きっとそういうのは望まないと思うわ。こうしてもらうことを、待っていたのかもよ」
「だといいですが……」
木一本とは言え、犠牲にしてしまった、という気がしないでもない。
「バルシュが、火の魔法を使えって言ったでしょ。案外、こういうことだってわかってたんじゃないかしら。知らないようで、実は何でも知ってるって感じだったし」
「そうですね。……魔物もどうやら消えたようですし、戻りましょうか」
アルテとフィノは、グレイヴァとバルシュが待つ山小屋へと急いで戻った。
さっきは魔物の出現で中断されてしまったが、今度こそ最後まで話が聞けるはずだ。力命石のことが。
しかし、アルテ達が戻った時には、一人で眠るグレイヴァ以外、誰もいなかった。
☆☆☆
広い草原の真ん中に、グレイヴァは一人で立っていた。
向こうには、鮮やかな緑の高い山がある。目に入るのは、空の青の他は緑ばかりだ。
どうしてここにいるんだろう。どうやってここへ来たんだろう。どこへ行くんだろう。誰もいないのかな。だいたい、ここってどこなんだ。……ま、いいか。
「ちょっとお邪魔するよ、グレイヴァ」
ふいに、横から声をかけられた。
まるで気配を感じなかったのだが、不思議とグレイヴァは驚かなかった。ただ、相手がやたら背が高いことには驚いたが。
「強引に入って来て、悪かったね。……うん、どうやら落ち着いているみたいだね。安心したよ」
「あの……誰? 入って来るって、何に?」
どこかで見たような。でも、覚えがない。
「きみの夢の中に、だよ」
「夢? これ、夢なのか」
言われると、そうなんだ、と認識できる。
夢の妖精アージュと話をする時は、彼女の顔を見ると「これは夢だ」とすぐにわかるのだが。別の誰かに、夢と告げられたのは初めてだ。
「私はバルシュ。覚えてないかな。……まぁ、意識があってないような状態でしか話をしていないから、無理もないね。……ほら、きみにひどい味の薬を飲ませただろう?」
豊かな黒髪。その髪と同じ色の、穏やかな瞳。男だか女だかわからない容姿。声で男のようだと思われる。
……そういう形容を、つい最近したような。
「薬? ……あ、あのとんでもなく苦い奴」
今までに飲んだことのないような、苦い物を飲まされた。飲ませたのは、目の前にいる彼だったような気がする。
「そう。思い出してくれたかい」
「あの味は、二度と思い出したくない。……夢の中ってことは、夢の妖精だったのか?」
「いや、そうじゃないよ。言ったろ。ちょっと強引に入ったって。それよりも、きみに伝えておきたいことがあってね」
「どうしてわざわざ夢で?」
「現実世界で、アルテとフィノに会ったよ。彼らに話せたらよかったんだけれど、時間がなくてね。それに、ぐっすり眠ってるきみの夢の方が、私も入りやすかったんだ。夢の妖精程には器用じゃないんでね。専門外は人間であろうとなかろうと、難しいんだよ」
可能ではあるものの、少々無理して入って来た、ということだろうか。
「アルテとフィノは、ちゃんときみのそばにいるから安心するといい。彼らから聞いたけれど、きみ達は力命石を探しているそうだね。その場所を言うから、魔法使い達に教えてあげて」
「場所って……力命石のある所ってことかっ」
夢なのに、その言葉で目が覚める気がした。
「そう。きみが倒れていた、あの川。あれに沿って下って行くと、二本に分かれている所がある。そのうちの、細い流れの方へ進むんだ」
「あれ? あの川って……確か来る時はずっと一本だったと思うけど。支流があるのか?」
「みたいなものかな。普段は人間に気付かれないように結界が張ってあるから、山を登ってる時にはわからなかったんだよ。でも、次に来る時だけ、無力化しておくから」
「結界って……ああ、見えない壁みたいな奴だよな。川にそんなのがあるのか?」
「無闇に踏み込まれたりしないようにね」
人間で言えば、壁や門を作って他者が入って来ないようにしている、ということ。
バルシュのような人間ではない存在がそこまでするということは、絶対人間に入ってほしくない、ということではないのか。
「いいのか、俺達がそんな所へ行っても」
「駄目なら、教えなければ済むことだろ。きみが持っている守水石に免じて、入っていいよ」
守水石を持っていたら、他の水の妖精にも好意を持たれるはずだ、とエシナが話していたはず。だとすれば、彼もそうなのだろうか。
「なぁ、バルシュって……水の妖精なのか?」
「いいや。でも、その石のことを知っていれば、そしてきみの持つ石を見れば、大抵は心を許してくれるはず。私はそう思うよ。そこいらに転がっている石とは、訳が違うからね」
グレイヴァはそれを聞いて、目を丸くした。
バルシュの言い方だと、エシナが話していたよりもずっと石の力が大きくなっている。
「あれって……そんなにすごい石だったのか」
「違うよ、グレイヴァ。石を持っているのが、きみだからさ」
「……え? 俺だからって、どういう意味?」
聞き返しても、バルシュは答えてくれなかった。
「ああ、残念だが、もう時間のようだ。私は戻らないと」
「待ってくれよ。場所はわかったけど、力命石ってどんな石なんだ?」
姿形を知らなければ、ある場所に着いても探せない。
だが、それを話す前に、バルシュの姿はすでに薄れ始めている。
「あー、そうだなぁ。グレイヴァの瞳を探すといいよ」
そう言い残して、バルシュの姿は完全に消えてしまった。
「俺の瞳って……どういう意味だよ」
悩んでいるうちに、目が覚めた。
☆☆☆
「よかった。熱は下がったようですね」
「明日には下がるって言われたけど、本当に下がったわね。傷も化膿してないようだし」
「一体、どういう魔法を使ったんでしょうね。毒の反応は、完全に消えているようですし。傷口だけでなく、身体に回った全ての毒まで消すなんて……」
「結局、バルシュが何者かも、わかんないままだしね」
耳元で、聞き慣れた声が会話している。額に温かい手が置かれ、安心のため息が聞こえた。
「……ん……アルテ……?」
目を開けると、銀の髪の魔法使いがすぐそばにいた。隣りには、黒ねこが。
アルテとフィノはきみのそばにいるよ、というバルシュの言葉を思い出す。
「気分は悪くありませんか、グレイヴァ」
グレイヴァは、ゆっくり起き上がった。
まだ頭の芯がぼーっとしているが、気分が悪い訳ではない。左腕の傷も、痛みはなかった。昨日の河原での苦しさが、嘘のようだ。
「うん。……ここ、どこなんだ?」
「かなり古くなった、山小屋のようですね」
「バルシュが、あの河原からここまで運んでくれたみたいよ。……グレイヴァ、バルシュのことは覚えてる? 傷の治療をしてくれたのよ」
「うん……最初はうろ覚えみたいな感じだったんだけど、薬を飲まされたことを思い出して……あ、そうだ。俺の夢の中にバルシュが出て来た」
その言葉に、アルテとフィノは顔を見合わす。
「力命石のある場所を教えるから、アルテとフィノに教えてくれって言われたんだ」
グレイヴァは、夢の中でバルシュに言われたことを、アルテとフィノにそのまま伝えた。
「川に結界が張ってあるんですか? ……気付きませんでしたね」
「たぶん、上の方に妖精がいるってことに意識が向いてたせいよ。あるって知っていれば、何となくでも気付くんじゃないかしら。気付いたとしても、用がなければ気にしないしね」
「とにかく、場所がわかって行くべき方向が見えました。小屋へ戻って彼の姿がない時はどうしようかと……。何か知っていそうな雰囲気でしたからね」
「どこか思わせ振りなのよねぇ。悪い奴じゃなさそうなんだけど、全部は見せてくれない」





